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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6章 危険な時代
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19話 人間の皮を被った悪魔

 三日経って、マナはようやく船の中を動き出した。


 まず先に風呂に入りたかったが、シーツ一枚しか体に巻いていない為に厭らしい男の視線が突き刺さり、襲われるのではないかと思い、風呂は我慢せざるを得なかった。

 マナを嫁にすると言った男は夜になるとベッドの上で大きな鼾をかきながら眠るので、床で身を縮めて横になっていたマナはあまり眠れず耳を塞いでいたのだ。おかげで睡眠不足である。

 空腹とこのストレスで苛立ち始めたマナは、自分の事しか考えられなかったのだった。


 ――が、部屋の外を歩いていたであろう船員二人の会話がマナを動かす。


「国まであと四日も掛かるのかよー! それまであのガキ共見てなきゃいけねーのかよ」


「毎日毎日泣き喚いて、迷惑ったらねえ。一匹は生意気な目つきしてやがるしよ」


「おうおう、俺の顔に唾吐きやがったあのガキな! いくら殴っても気が収まらねえ!」


「次騒いだら見せしめにそのガキをぶっ刺して鱗剥いでやろうぜ」


「龍族はそう簡単に死なねえからな……。ははは」


 怒りと企むようなこの会話に、自分の事しか考えていなかった、愚かだという罪悪感がマナに覆い被さった。

 この場にいない、助けに来てくれるかも分からない――いや、必ず助けに来るであろうが、この場にいない緋媛を頼る事など出来ない。彼を待っていては、子供達の身が危険なのだ。


 マナの脳裏に龍の子が刺され、鱗を剥がされる想像が浮かぶ。首を横にぶるるっと振ってその想像を打ち消したマナは、裸にシーツを巻き付けたままそうっと部屋を出た。


(私が、子供を救わなければ……!)


 ぺたりぺたりと、裸足で廊下を歩いていく。

 部屋の扉は片側に五つの計十部屋あり、そこそこ大きい船のようだ。奥には階段もあるようだが、何階あるのかも船の構造も分からない。

 たまたま今は誰も廊下にいないが、部屋の数からみてミッテ大陸のゼネリアの家で襲ってきた約五名だけではないはず。


(手当たり次第探していくしかないのかしら)


 眉を八の字にして考え込んでいると、大きな人影がマナの足元に現れた。驚いて後ろを見ると、マナを嫁にすると何度も口にしていた醜い男が彼女をじーっと見下ろしている。

 逃げ出したと勘違いされてしまっただろうか。上手く言葉の出ないマナは目を大きく見開き、固唾を飲んだ。


「……嫁っ子ぉ」


 気に障る事をしてしまったのだろうかと、マナは体を震わせた。

 ところが男はにこーっと笑い、


「そうかそうか、ワイを探しに来ただな! 一人で寂しいのか、そうかそうか」


 汗臭い加齢臭のする体でマナを力一杯抱きしめた。

 上機嫌なのは結構だが、臭くて息が出来ない。そして体が潰れそうだ。

 鼻が曲がりそうなマナの心境など察する様子もなく、男は言葉を続ける。


「今夜、夫婦になる宴を開くでな、ようやく準備が終わったんだぁ。嬉しいじゃろ、そうじゃろ!? その為に腹を空かせていたんじゃな!?」


 はっきりと「貴方方の施しは受けません」と答え続けていたのだが、この男の脳内はどうなっているのだろう。

 確かに空腹で喉も乾くが、自分達を誘拐した男の出す食べ物に手を付けては、彼らに屈したも同然。一切施しを受けなかった理由は他にもあるが、それを口に出すのは得策ではない。


 マナは機嫌のいい男を遣い、上手く龍の子の所へ行けないかと頭を回転させた。

 ぱっとマナを放した醜い男は、まだ満面の笑みで言葉を続けていた。


「ワイの嫁になる心構えが出来たんじゃろ。それでワイを探してたんじゃな? な?」


「え、ええ、探しておりました」


「ほっほう! では早速寝所に……いや、それは宴が終わってからにしよう。今食っては勿体ない……!」


 べろりと舌で唇を嘗め回す男。マナの足のつま先から頭の天辺まで、強烈な悪寒が走った。

 この悪寒にさえ負けてはいけない。マナは気丈に振る舞う。


「い、いえ! 私が貴方を探していたのは、この船を案内して頂きたかったのです」


「案内、とな?」


「ええ。私は貴方の事も今乗っているこの船の事も何一つ存じ上げません。貴方の事は今後少しずつ知る事が出来ますが、私達を運んでいるこの船にはあと数日お世話になるのでしょう? ですから私一人でも自由に動いても迷わぬよう、()()()部屋に何があるかを知りたいのです」


 穏やかな微笑みで理由を述べたマナ。

 あえて全ての部屋と言ったのは、必要な場所だけの案内では子供達のもとへ辿り着けない可能性があったからだ。案内と言うと、通常は必要最小限しか案内されない。全てと言うと意欲があり、前向きに捉えられる。

 つまり、男の嫁になる気があると思い込ませる事が出来ると考えたのだ。


 案の定、男は目をぱちくりさせて少し考えると――「しょうがないのう」と照れた表情で快諾した。

 すると男はべらべらと話し始めた。


「まず今いるこの階層は船員の部屋じゃ。各部屋に四人ずつ入れるんじゃ。最初は最大の四十人だったんじゃがの、今は二十九名しかおらん」


「何故、十一名も減ったのです?」


「家畜の龍族に邪魔されたんじゃ」


 家畜――その言葉がマナは不快になり、心を痛めた。だが――


「その十一名全員龍族に殺されてのう……。皆、刀傷での失血死じゃ。脚は焼けたり凍傷になってたり、いやー、捕まえるのも命がけじゃ」


 全員ではない、十名だ。十一名中一名はこの男が斧で頭を潰した男のはず。

 全て龍族のせいにする男もどうかと思ったマナだが、刀傷での失血死と聞き、ゼネリアの顔が頭を過った。刀で人間を傷つけてない、氷漬けにしただけだとイゼルに叫んでいたゼネリアの顔が――。


(そういえば、それは誰がやったの? 西側の森……確か緋媛が……もしかして、緋媛?)


 と考えていると、男は「降りるぞー」と階段を下りながらドスンドスンと足音を立てた。

 ハッとしたマナが後を付いて行く。


 降りた先の階は部屋が二つあり、手前の部屋には見張りの男が一人、壁に寄りかかりながら立っていた。先ほど鱗を剥ぐなどと言っていた男達だろうか。それに、手前の部屋の中から男の怒鳴り声が聞こえる。


「奥は冷凍室じゃあ。食料も詰まっとる。寒いからここは開けたくねんだ。んで、この部屋は――家畜部屋じゃ」


 思ったよりあっさり子供の所へ辿り着いたようだ。やはり手前の部屋にいるらしい。この部屋の中へ入るには外から掛けられている南京錠を開錠しなくてはならない。

 ――が、開いている。どうやら誰かが入っているようだ。


「何で開いてんじゃい」


「中のガキ共がうるせえんすよ。だから躾てんです」


 躾、という言葉と中から聞こえてくる怒鳴り声に、マナは嫌な予感がした。

 見張りの男が部屋を開ける。すると――


「このガキ! よくも! 商品を! 逃がしやがって!」


 もう一人の男が子供に殴る蹴るの暴行を加えていたのだった。

 子供は一瞬で誰か分かり、マナは「ゼネリア!!」と叫び、すぐさま駆け出した。

 マナの声に振り向いた男は、扉の前にいる醜い男の顔を見るなりピタリと行動を止める。

 その男から護るように、マナはぐったりと横たわっているゼネリアを抱き上げた。


 人型を保てず角が生え、片手と両足は龍の姿。生暖かい何かがマナの手を濡らした。それは――血。ゼネリアの着物から血が滲んでいる。腹を刺されたらしい。

 息を飲んだマナは「何てことを……!」と怒りと悲壮感ある声で呟いた。


「何かあったんかの」


「このガキ、せっかく捕まえた異種族共を逃がしやがったんでえ! この倉庫の中で怪しい音がしたんで見たらこのガキ、異種族全員の檻を開いてたんですよお! そしたらパッと消しやがった……。煙を消すようにパッ……と」


 必死に説明する暴行を振るっていた男は、まるでカトレアの芸事で噂さえている手品のようだと訴えた。


 マナの脳裏に、初めて江月――龍の里へ行った時の思い出が浮かぶ。レイトーマの町外れの森の中から、イゼルの屋敷へ移った時の事を。もしやこのゼネリアはこんな小さな時から、大きな術を使えたのだろうか。だとすると、異種族が何処へ飛ばされたか知るのは彼女しかいない。


 暴行男は地団太を踏みながら叫び続け、マナはそれを考えるのは後だとハッとする。


「くそっ! せっかく高値で売れるとこだったのによぉ! 何てことしやがったんだあああ!!」


「それは、こちらのセリフです」


「あ゛!?」


 きゅっと優しくゼネリアを抱きしめたマナは、男達を睨んだ。

 彼女の腕から、ゼネリアの血がぽたぽたと木製の床に滴り落ちる。


「人間も異種族も、意思疎通の出来る同じ生物ではありませんか! それなのに貴方方は! 子供達を誘拐した挙句このような暴力を振い、傷まで負わせて……! 恥を知りなさい! それでも人間ですか!」


 マナの怒りの訴えは、男達に届かなかった。何故なら、彼女の足元とゼネリアが横たわっていた所等、血が落ちた複数個所から花が生えたのだから。

 それを見たマナを嫁にするといった醜い男は、ドスドスと近寄って来るとマナからゼネリアを取り上げ、まるで雑巾を絞るように幼い子供の体を捻りだした。

 ゼネリアの悲鳴が船内に響き渡る。


「止めなさい! 何を、何をするのです!」


 腕にしがみついて引きはがそうとしたマナだったが、男にあっさり振り払われてしまい、その衝撃で壁に激突した。


 ゼネリアからボタボタと落ちる血が木製の床に染み込み、芽が出ると双葉が生え――やがて花に。

 醜い男は、目と口を歪ませてこう言った。


「こりゃあ……聞いた事ないぞ。変種、珍種じゃ! こりゃ高額で売りさばけるぞ! どうせ龍族はすぐ回復する。この血と鱗があれば、一生遊んで暮らせる金が手に入る! ぶはははは!」


 高笑いする醜い男に釣られ、見張りの男達も笑い出す。

 痛む体を起こしながらマナは思う。


(この者達は私と同じ人間? いいえ、何かに取り付かれた……人間の皮を被った悪魔だわ)


「おん? おーおーおー、すっかり人型が解けたのう。んー? 鬣の色黒かったのにのう、白くなっていく? こりゃ面白い! 今日の宴の見世物と出し物が決まったぞい! この変種龍族の鱗剥がしじゃ!」


「そりゃいいや! 分け前、貰えるんすよねっ」


「鱗一枚ずつならええぞ。この一枚、相当価値ありそうじゃわい」


 男達は幾らで売れるか、今一枚剥いでみたい、滴り落ちる血が勿体ない、袋に入れろ、等と子供のように楽しそうに浮かれている。

 とても信じられない光景に、マナはの心に「ここは、この時代はこんな考えの方が多いの?」と疑心暗鬼が生じた。


 はっきりと判ったのだ。この時代の人間は、異種族にとって危険なのだと。



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