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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6章 危険な時代
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15話 気分が優れない

 その日の太陽が沈み、月が顔を出した頃に緋媛は目を覚ました。


 気分はあまり優れず、やや気持ち悪い。理性と本能が切り離され、葛藤しているようだ。額に手を当て、ぼんやりとする頭の中を整理する。

 大陸の西側で鬱憤を晴らすように人間を退いた後、マナの血の匂いに釣られた所までははっきりと覚えている。そこから先の記憶が途切れ途切れで、怪我をした彼女の傷を塞いでから今までの記憶がぷっつりと消えてしまったのだ。


 それにしてもここはどこだろう。薬の匂いからすると、どこかの診療所のようだ。まさか変態・薬華のところではないかと推測すると――。


「ああ、思ったより遅く起きたね」


「……………」


「何だい、アタシの顔見るなり嫌そうな顔して。発情したてのガキが」


「体中から薬品の匂いがしやがる……。このババア! 俺の体弄り回しただろ!」


 自分の肩や腕の匂いを嗅ぎ、薬品のツンとした匂いにむせた緋媛の胸倉を、薬華が般若のような形相で掴んだ。ギリギリと服を締め上げられた緋媛から苦悶の表情が浮かぶ。


「誰が! ババアだって!? あん!? もっかい言ってみな!」


「す、すんません……」


 怒ると何をするか分からない薬華は、放り投げるように胸倉から手を放した。


 二、三度咳をした緋媛はある事に気づいた。しつこい程鼻に付いていたマナの匂いがほとんどしない。この診療所内に彼女の残り香があるが、驚くほど発情しない。つい先ほどまでは匂いだけでマナを求めていたというのに。発情期が過ぎたのかもしれないと内心喜んだ。


「んー、その様子じゃ薬の効果はありそうだね。発情しないと効き目がないのがキズだけどねえ……」


「薬? 通りで俺から薬品の匂いがすると思ったぜ。何の薬だ」


「アンタみたいな雄の発情を止める薬だよ。所かまわず襲うような獣をから身を護る為のね」


「お、襲ってねえ! 俺は姫を護るために――」


 人間の男に人間のマナが殺されようとしていた。その人間を始末したのだと、肩の傷も自らの血を使って治したのだと、はっきり思い出したのだ。

 自分がこうして倒れて寝ていたのなら、いつもの彼女ならば今頃傍にいるはず。倒れている誰かを放ってはおけない性格だから。

 ところが、診療所の窓から外を見渡しても近くに居なさそうだ。


「……姫はどこだ」


「……ちょっと色々あってね、外出てったよ」


 焦りの籠った「いつ」という問いに、薬華は「随分前だねえ」とのんびり答えた。窓の外をちらりと見た薬華が凡その時期を口にする。


「まだ日が高かくて晴れてた頃かね。里の外には出てないといいんだけどねぇ……」


 だとすればイゼルの屋敷にいるはずだ。小さい兄の緋倉とゼネリアの面倒を見るように言われているのだから。緋媛はベッドからひょいと降りると、薬華に礼も言わずに診察室から出ていく。

 マナを探したい気持ちもあるが、それ以上にこの診療所に長いすると面倒なことに巻き込まれてしまうので。


「ちょっと待ちな! あんたに幾つか聞きたい事が……!」


 そう、面倒な事というのは薬華の知りたい症状に答え続ける事。マナの安否を確認するまで、底なしのような興味に付き合っている暇はないのだ。いや、確認しなくても付き合いたくない。

 緋媛は風のように逃げ、診療所から傘を持って去って行った。


 外は土砂降りで土と草木の匂いが一層鼻を刺激する。これではマナの匂いを探すのは困難だ。


 イゼルの屋敷に向かっていると、傘も差さずにバタバタと外を走っている緋倉とそれを追いかける緋紙を見かけた。

 両名共に、眉を八の字にして何かを探しているようだ。大切なものでも失くしたのだろうか。雨の日も子供が外に出るのは珍しいことではないが、緋紙は別。ルフト草で作った特殊な薬が必要な体なのだから、こんなに走り回って倒れたらどうする。

 そんな事を考えていると、後ろから南の森へ行っていたフォルトアが、いつの間にか後ろに立っていた。


「慌ただしいね。何かあったのかな」


 汗も返り血も全くないがずぶ濡れだ。それでも、いつもの穏やかな表情をしている。緋媛は差していた傘の中に「さあ。俺も今来たばかりなんで」と言いながらフォルトアを入れてやった。

 その時丁度、緋紙が緋倉を捕らえた。まだ子供なのだから夜に出歩いてはいけないと言い聞かせているようだ。ただ事ではないかもしれないと、緋媛とフォルトアは顔を見合わせ、緋紙達のもとへ駆け寄った。


「母さ――緋紙さん、どうかしたんですか」


 と、フォルトアを入れていた傘を緋紙に差す。

 母親に敬語を使うなど違和感しかないが、この時代ではまだ緋媛は生まれていない。どうすればいいか未だ分からず、言い方にも不自然さがあった。


「ああ、いい所に。ゼネリアとマナちゃんが戻ってこないのよ」


 焦る緋紙の声色に、「姫が!?」と心臓を撃ち抜かれる衝撃が走った緋媛。まだ気分が優れないというのにこの心労はどうしたものか、どっと疲れが押し寄せてきた。

 冷静なフォルトアが「いつからです」と問い掛けると、緋紙は「確か……」と目を瞑って記憶を辿る。


「三時頃からかしら……多分。確かそのぐらいにイゼルが……、いえ、イゼル様がゼネリアを怒ったから……」


「それでゼネリア様が飛び出して、姫様が追い駆けたのですね。それにしてもイゼル様がお怒りになるとは……」


 基本的に龍族が怒る事は滅多にない。中でもイゼルは特に穏やかで、誰も彼の怒りを見た事がないと言われている。緋媛もフォルトアも想像出来ず、首を傾げた。

 すると緋倉が「イゼル様が悪いんだ!」と怒りの声を上げて興奮しだした。角も牙も生え、元の龍の姿になりかけている。

 落ち着きなさい、と緋紙が宥めると大人しくなったが、やり場のない怒りで頬を膨らませた。


「ここじゃ緋倉も貴方達も風邪を引いちゃうわ。何があったか教えてあげるから、お屋敷へ行きましょ」


 探すのは雨が上がってから、と緋倉を抱き上げた緋紙が歩を進め始める。

 緋倉はマナの安否を気にしながらも緋紙達が濡れないよう傘を差しながら、フォルトアと共に屋敷へと向かった。



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