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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6章 危険な時代
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14話 小屋のような家

 ゼネリアは南西の森へ向かって走っていたので、その方向に向かって裸足のマナが追いかける。


 空からの日差しが森の中を美しく照らしていたが、徐々に雲が掛かっていき、まるでゼネリアの髪と同じ灰色のような森となった。

 その森の様子はどこかで見た景色と一緒だという事に気づく。夢の中で見たのだ。緋倉がこの道を走って言った夢を――。


「いたっ!」


 足の裏に痛みが走る。落ちていた草木や小石で傷ついてしまったらしく、無数の傷があった。この場に緋媛がいたら、馬鹿な事をするなと呆れた顔で怒られていただろう。


 それでも探すこと約十分。ようやく小屋のような家を見つけた。入口より左手前には色とりどりの花が歪んだ長方形の形で無数に咲いているが、所々枯れている。周りを覆っているレンガはなく、花壇ではないようだ。

 夢の中では、この花の前で緋媛が手を合わせていた。あれは何の意味があったのだろう。


 すると、ぐすぐすという鳴き声が、僅かに開いているから漏れ聞こえる。そっと覗くと、最低限の家具しかない家の中にポツンとあるベッドの上で突っ伏したゼネリアが泣いていた。


「ゼネリア、私です。マナです」


 優しく声を掛けるマナへの返事はない。


「入っていいですか?」


 泣きながら首を二、三度横に振る。

 思えば両親が亡くなった時、悲しさで自室で泣いたことがあった。ゼネリアが泣いている理由は分らないが、マナはその時のように一人になりたいのだろうと思っている。


 マナは地面に座って待つことにした。しゃがんでも良かったが、足が痛くてそんな事は出来ない。

 黙って待つか、話しかけるべきか悩み、声をかけてみる。


「綺麗なお花ですね。育てているのですか?」


 返事はなく、まだ泣いている。そっとしておいた方がよさそうだ。


 それから数十分経っただろうか。

 脚を前に出したり正座したり崩したりと何度も直しながらずっと座っていたが、その時間がとても長い。時々ちらちらと、部屋の中からベッドに突っ伏しているゼネリアの様子を確認していた。ただただ、じっと待つしかない。


 それから間もなくして、雨が降ってきた。

 ぽつぽつと振ってきたと思ったら、いきなり土砂降りのような大雨となったのだ。地面が泥のようになりそうなので、思わず立ち上がったマナ。


 放って帰る事も、入れてほしいとも言えない。無理やり連れて帰るのも気が引ける。

 悩んでいた時、少し開いていた扉から小さな手が伸びてマナの脚を叩く。入っていいよ、と言いたいようだ。


「……入れてくれるの?」


 こくん、と頷くゼネリア。


「お優しいですね」


 少し照れるゼネリアがぱたぱた走ると、箪笥の中をごそごそと漁っている。


 マナが家の中を見渡すと、左手に大きめのベッドが一つ、真ん中にはテーブル、左奥に台所があった。扉が二つあるので、おそらくトイレと風呂場だろう。生活しているような気配はない。


 すると、タオルがマナの足元に飛んできた。ゼネリアが放り投げたようだ。足元に落ちたタオルを拾うと今度は部屋の天井に届きそうなぐらい大きな氷が急に現れ、ゼネリアが首を傾げる。


「おっきすぎた」


 今度はその氷を炎で燃やそうとするが、手からはちょろちょろとした炎しか出てこない。少し氷が溶けると、マナをぐいぐいと押してベッドに座らせる。ゼネリアは溶けていく氷から水をすくい上げ、マナの足へ掛けるとタオルを奪い、足を拭いていく。


 擦り傷だらけの足に冷たい沁みる。痛くて体が強張っても子供が懸命に汚れを落とそうとしているのだと我慢した。汚れが落ちると、箪笥の中から今度は薬箱を取り出し、消毒液を吹きかける。

 マナはゼネリアの頭を撫でた。


「ありがとうございます」


 にこっと笑う彼女に、ゼネリアはきゅっと抱きついた。マナも抱き返し、ぽんぽんと落ち着くように肩を叩く。

 子供の体温が高く、ぷにぷにした体が気持ちよく可愛い。将来、緋媛との間に子供が出来たらこのように甘えてくるのだろうか。等、頭にふと妄想が浮かぶ。一体何を考えているのかと、マナは自分自身を恥ずかしく思う。


 窓から差し込んでいた日差しが落ちていく。もう夕方になるのだろう。緋媛の体も心配なので帰らなければ。


「落ち着きました?」


 ゆっくり頷くゼネリアの頭をなでる。


「日が落ちてきたみたいですし、そろそろ里に帰りましょう」


「……やだ」


「皆さま心配していますよ」


「嘘だ、心配なんてしてない」


 ぎゅっとマナと抱きしめる力が強くなる。少し苦しい。子供とはいえ、異種族の力が強いとは思ってもいなかった。


「そんな事ありません。イゼル様も緋倉も帰りをお待ちですよ」


「待ってないもん。ゼネ捨てられたんだもん」


「捨てられ……! どうして、そう思うのです?」


 子供の嘘だろうか。とても信じられずに動揺していると、ゼネリアはまた泣き始めた。

 雨が強くなる。


「イゼルが言ったんだもん。出ていけって、ゼネの顔見たくないって。ゼネ捨てられたの。龍族じゃないから」


 あの人間も見捨てないイゼルそんな事を言うとは思えない。何かの間違いではないだろうか。


「それはきっと本心ではありませんよ。私だって時々一人になりたい時があります。たまたまそんな気分だったのでしょう。イゼル様と仲直りしましょう。きっと分かって下さいます」


「やだ! イゼルに嫌われてるんだもん! あんなとこヤダ!」


「緋倉も待ってますよ」


「追っかけて来ないもん。嫌われた……」


「そんな事はありません」


 現代では四六時中一緒に居たいと言うほど惚れている緋倉を見てきたのだ。そんな彼がゼネリアを嫌うなど、考えられない。それにこの時代に来て直ぐに会った緋倉は、ゼネリアを追いかけて来たのだ。

 ……そう言えば、なぜ今来ないのだろう。それはともかく、まずは里に帰らなくては。


「さ、一緒に帰りましょう。わたしも一緒にイゼル様の所に参りますから」


「やだ! お母さんとお父さんと一緒にここにいる!」


 と、再びベットに突っ伏してしまった。

 彼女の両親は見当たらない。幼い頃亡くなったことは知っているが、この時代ではまだ生きているのだろうか。辺りを見渡すが、見当たらない。


「ご両親はどちらに?」


「……お花」


 だから夢の中の緋倉が外の花に手を合わせていたのだ。亡くなった後、外の花の下に埋められたのだと気づく。

 一つ疑問が解消したマナだが、気持ちがスッキリしない。というのも、自分より早く両親を亡くした悲しみが伝わってきたから。


「すみません、そんな事を聞いてしまって……」


 両親の事はこれ以上言わない方が互いの為だ。


 しかしこれ以上はどうしようか悩む。無理やり連れ帰る訳にもいかない上に外は土砂降り。

 今夜はこのままこの家にいた方が良さそうだ。



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