過去の勇者達について知った時のお話
職業選択、装備調達を終えて現在時刻は昼過ぎ。
準備も整えた所でギルドで依頼を受け、早速魔物狩りへ――と意気込んでいた俺だったが、依頼を受ける前にエメリアさんに止められてしまった。
「もうお昼過ぎてるのに、今から街を出たら魔物と出会う前に日が暮れるわよ?それとマスターが会って話がしたいそうだからこっち来て」
という訳で俺達はエメリアさんに連れられてギルドの奥、ギルドマスターの執務室まで連れて来られた。
そこにはスキンヘッドのおよそ30代と思われる厳ついおっさんが居た。
「よぉ、お初にお目にかかる。俺はここでギルドマスターをやってるジェラルド=バラーダだ。まぁ立ち話もなんだ、そんな所に突っ立ってないで座ってくれ」
そう勧められるまま俺と椿はギルドマスターの対面に腰掛ける。
「さて、呼び出しといてなんだが名前を聞いといて良いか?」
「俺は神多明継です」
「椿です」
「えーっと、神多明継…お前の場合は神多が家名で明継が名前で合ってるか?」
「それで合ってます」
「そうか、こっちじゃ家名が名前の後ろにあるもんだからな。良く間違える奴が多いんだ」
なるほど、日本的な名前の人はこっちの世界には居ないんだろうな。
「でもマスターは間違えませんでしたね」
「そりゃあ長年色々な世界からやってきた勇者達を見てきたからな。名前の響きから何となく分かるんだよ。お嬢さんの方は名前だけか?」
「はい、そうですけど何か変ですか?」
「変じゃないが、確かお前達は同郷だったよな。身分の差で家名があったりする世界から来たのか?。だとしたら明継は良い所の坊ちゃんだったり?」
「別に俺は坊ちゃんでは無いですよ、ごく普通の一般家庭の生まれです。俺の居た世界は、というか国は身分の差で家名の有無があったりはしません。椿はちょっと特殊な例と言うか…」
椿は世界を管理する神だ、誰しも一度は世界を作ったとされる者を想像した事はあったとしてもその姿を、その存在を明確に思い浮かべる事が出来た者は居ないだろう。
それ故にその存在を知る者はおらず、そしてそれに名を付ける者は居なかった。
家名も無ければ名前もない、それが椿だ。
「ふむ…まぁ事情に深入りするつもりはねぇよ。俺としてはお前が勇者としての使命を全うしてくれればそれで良い。その為に呼んだ訳だしな」
「そう言えば俺達に用があったとか」
「あぁ、でもその前に」
そこで言葉を区切るとギルドマスターは真剣な顔でこちらを見つめる。
「お前、ロクに装備も付けてないみたいだが…それは勇者としてのスキルに関係するのか?」
「え?いや違いますけど」
俺がそう言うとギルドマスターは安堵した様子で息を吐く。
「そうか、とりあえずは安心だな」
「その質問に一体何の意味が?」
「お前は先代の勇者について何か聞いたか?」
「先代ですか?いえ別に…あ、そう言えば召喚された日に謁見の間を去る時に王様が今年の勇者はまともだと思ってたのにだとか何とか呟いていたような」
あの時は特に気にする事も無くその場を去ったが先代の勇者は何か問題を起こしたのだろうか。
廃課金の勇者といい通販タレントの勇者といい、これまで聞いて来た勇者にロクな奴は居なかったが、この国の先代勇者も同様なのだろうか。
「先代勇者は装備を身に付けると弱くなる、というか脱ぐと強くなる奴でな。ヌーディストの勇者と呼ばれていた」
「………なるほど」
ヌーディストの勇者か、その名前だけでどんな勇者だったかは想像に難くない、というか想像したくない。
(マジでロクな奴居ねーじゃねぇか勇者!)
いや待て、そういう可笑しな勇者ほど話題になりやすいだけで真っ当な勇者だって居たはずだ。
各国がそれぞれ勇者を一人召喚するのだ、そう可笑しな奴だけとは思えない。
「最近うちの国で召喚される勇者が色々と酷くてなぁ。露骨にヤバイ奴やパッと見じゃ分からないヤバイ奴とか、少なくともお前は前者じゃないみたいで良かったよ」
「ヤバイ勇者の事は置いといて、そんな勇者ばかりでも無いんでしょう?」
「そりゃあ勿論、この国にだって誇れる勇者は存在したさ。魔法使いの勇者って言うんだがな」
魔法使いの勇者か、名前からして魔法が得意な勇者だろうか。
「俺がまだ年端も行かないガキだった頃に召喚された勇者さ。凄まじい魔法を使う勇者でな、魔王を一撃でぶっ倒しちまったんだ」
「ランクはどうだったんですか?」
「ランクか?その強さから二人目のLR勇者だって言われてたんだが、三日で魔王を倒した廃課金の勇者程ではないって、魔王を倒した後もランクが定まらなかったよ。でもそこは鶴の一声、魔法使いの勇者その人の一言で決まったんだ。そして俺はその一言を聞いた人間でもある、そうあれは魔王を討伐し送還の時までこの国で過ごしていた時の事だ」
「チックショー!帝国の連中、自分達が伝説のLR勇者を唯一召喚した国だからってランク決めにケチつけるなんて」
「兄ちゃんはUR勇者なんかじゃない!絶対LR勇者だって!兄ちゃんだってそう思うよな!?」
「僕は自分のランクにそう拘りはないよ。ランクで人の価値が決まる訳でも無いしURでもLRでもどちら構わない。でもそうだね…もし英字二文字で僕を表すとするのなら」
「表すとするのなら?」
「DT…かな」
「そう言ってあの人は儚げに笑っていたよ。それ以来あの人はこの世界で唯一のDTの勇者として――ってどうした顔を俯けて」
「い、いや…何でもないです」
(魔法使いって、そっちの魔法使いかよぉぉぉぉぉぉおお!!)
結局ロクな奴居ねぇじゃねぇか勇者!というかなんだDTの勇者ってどんなスキル持ってたんだよ!?アレか、女が寄り付かなくなるとかそういうアレなのか!?。
やべーよどう反応すれば良いんだよこれ、あの感じ絶対DTの意味分かってねぇよ、凄い良い思い出風に語ってるよ、真実なんて言えねぇよこれ。
「なぁ明継、お前はもしかしてDTの意味を知っているのか?」
「うぇ!?なんでそんな事を!?」
「DTという言葉が出た所でお前の様子が変だったからな。あの人はDTという新たなランクだけ残して元の世界に還ってしまった。それがLRより上なのか下なのか語らずにな…知っているなら教えてくれ、DTの意味を」
「そ、それは…」
「それは?」
童貞の事ですなんて口が裂けても言えねぇ、ここは誤魔化すしかない!!。
「DTって言うのはその…あれです!永い時を掛けて大切な物を守り続けた男の勲章…みたいなもんかな?」
そして一度も攻め切れなかった男の恥でもある。
「永い時を掛けて大切な物を守り続けた男の勲章か…なるほど、あの人にはピッタリだな」
「ピッタリ?」
「あぁ、あの人は良く語ってたよ。元の世界に還ったら守りたい者を、家族を作るんだって、そう語ってた。あんな素敵な人の事だ、きっとその夢を叶えて今頃素敵な人と素敵な家庭を築いて幸せにやっているんだろうな」
そう言って懐かしそうに笑うギルドマスターの顔を見て俺も椿も何も言えなかった。
勇者召喚の真実、生きて帰れる可能性が殆どないという事実を知っている俺達にギルドマスターにかける言葉など無かった。
だから俺は
「そうだと良いですね」
無機質に、無感情にそう口にするしか無かった。