勇者が課金キャラだと知った時のお話
冒険者ギルドと思わしき場所に足を踏み入れた俺達に、受付で気だるげにしていた女性が気が付き声をかけてくる。
「あら?今年の勇者様は随分とお早い到着ね?これは期待できるかしら?」
何でもう勇者である事がバレてるんだ…って、そうか俺の服装か。
ここに召喚されたのは学校帰りだったし学生服の人間なんてこの世界の何処にも居ないだろうしな。
この受付の女性の反応を見るにやっぱりここが冒険者ギルドで合っているようだが、一応念のために聞いておく。
「ここは冒険者ギルドで合ってますか?」
「えぇ合ってるわよ。私はエメリア、よろしく」
「あー明継です、こっちは椿」
「椿です」
そう俺達が自己紹介すると受付に居た女性がこちらに歩み寄りながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「あら…勇者様ったら早速女の子を侍らせて手が早いのね」
「なんかあらぬ誤解してるようですけど、彼女は俺の同郷ですよ。俺の召喚に巻き込まれただけです」
「あらそうなの?残念、私も勇者様のお情けを頂けるかなとちょっと期待したのだけど」
そう言って胸元を強調しながら押し付けてくるエメリアさん。
それと同時に背後から無言をプレッシャーを感じる。
俺は背後から来るそのプレッシャーに後押しされるように、視線が胸にくぎ付けになりそうになるのを必死でこらえ、視線を逸らす。
「なんで初対面の人間に対してそこまでグイグイ行けるんですか」
「今年の勇者様は随分と有望みたいだし、召喚された翌日に城から出てくるなんてSSR間違いなしだもの、今の内に唾付けておこうかなって」
「唾って…いやちょっと待て、今『SSR』って言いました?」
「えぇ、言ったけど?」
「それ、どういう意味ですか?」
「どうって」
エメリアさんが指先を顎にそえながら考えるそぶりを見せる。
「大昔に召喚された勇者が居たんだけど、その勇者が広めた格付けみたいな物…と言えば分かるかしらね?」
文字通りそのままの意味だったようだ。
どうやら俺の聞き間違いでも、勘違いでもないらしい。
しかし、こんなファンタジー世界でそんな単語を聞くことになるとは思わなかった。
一体何を考えてその勇者はそんな物を広めたんだか。
「なんだか一気にソシャゲっぽくなったな…例えるなら勇者はガチャキャラって所か」
俺が少し皮肉っぽくそう呟くと、エメリアさんが小首をかしげる。
「あら、貴方ってもしかして『廃課金の勇者』と似たような世界から来たの?」
「廃課金の勇者?」
なんかさらに場違いな単語が飛び出てきたぞ。
なんだ廃課金の勇者って。
「さっきも言った格付けと勇者ガチャをこの世界に伝えた、伝説のLR勇者よ」
駄目だ、エメリアさんが口を開くたびに訳が分からない単語が増えていく。
何だよ勇者ガチャって…一体何を伝えてるんだ廃課金の勇者、しかもLR勇者って。
俺が困惑している中、お構いなしにエメリアさんが説明を続ける。
「廃課金の勇者はかつて帝国が召喚した伝説の勇者なんだけど、召喚された際に持っていたスキルに『ガチャ』という物があったの。これは硬貨を消費する事でランダムにアイテムや武具を獲得できるというスキルだったのよ。それを知った帝国は莫大な量の硬貨を用意して、勇者にガチャを回させたの。そうやって手に入れた伝説級の装備で身を固めた勇者は、召喚されて僅か三日で魔王を討伐してしまったわ」
「金に物を言わせたゴリ押しか…ひでぇ」
「廃課金の勇者は僅か3日の間で多くの物をこの世界に残していったけど、その中に一つこんな言葉があったの『出るまで回せ、妥協しないのが廃課金の基本だ』」
なんつー言葉を残していったんだ…。
「それ以来勇者召喚は勇者ガチャとも呼ばれるようになって、資金が潤沢にある国なんかは納得できる勇者が出るまで召喚を繰り返したりしてるの。でも勇者は一国一人までって制限があるから、新しく召喚するなら前に召喚した勇者は送還しなきゃいけないし…うちみたいな弱小国じゃ一回呼ぶのが精一杯なの」
まるで廃課金と無課金のような構図だな、完全に勇者が課金キャラのような扱いになってるじゃねぇか。
俺がそんな事を考えていると、エメリアさんが妖しく笑う。
「だ か ら」
エメリアさんが今度は胸だけでなく全身を押し付けてくる。
「貴方みたいな有望株が来てくれてお姉さん嬉しいなぁー。ねぇ、今夜どう?」
「いや…それはちょっと」
俺も男だ、綺麗な女性にそう言い寄られると心が動きそうになるが、背後に居るはずの椿が先ほどから一言も発さないのがすげぇ怖い!。
「あのー椿さん?さっきから一言も喋ってないけど…どうし――」
恐る恐る背後を振り返った俺が見たのは般若の形相で俺を睨む椿の姿などではなく、視線を地面に向け表情を強張らせたまま身体を小刻みに震わせた椿の姿だった。
「椿?」
「え、あ…はい、なんですか?」
「今、凄い怖い顔してたけどなんかあったのか?」
「そ、そんな顔してましたか?すみません、ちょっと考え事をしてて」
そう言って椿は笑ったが明らかに空元気なのが見て分かる。
しかしそれを追求しても答える事はないだろうと思い、それ以上追求するような事はしなかった。
「…無理はすんなよ」
俺はそれだけ言うとエメリアさんに向き直り、本題を切り出す事にする。
「エメリアさんも冗談はそれくらいにしておいて、俺は色々と聞きたい事があるんですけど良いですか?」
「私は冗談じゃなくて本気なんだけどなぁ…まぁいっか、それじゃお仕事しましょうか。それで、聞きたいことって?」
「装備を整えたいんですけど、武器や防具を売ってる店ってどこら辺にありますかね?あと冒険に役立つアイテムを売ってる店の場所も」
「冒険者向けの品は全部東区に固まってるわ。武具や野営道具とか、冒険に役立つ物は東区で全部揃うわ。他には?」
「えーと、職業についてなんですけど」
「はいはい、職業ね。もう自分のステータス見た時に分かってると思うんだけど、勇者は一般人と違ってメイン職とサブ職っていう項目が存在するわ。メイン職の勇者は完全に固定で変える事は出来ないけど、変わりにサブ職の方は好きなように変えられるわ。変える時は教会でやってね、ギルドから出て右のほうを見ればそれらしき建物があるからすぐ分かるわよ」
やっぱ転職するには教会とか行かなきゃいけないのか。
恐らく職業によって覚えられるスキルやステータスに補正やなんかが入ると思うんだが、異世界に来たばかりの人間にする説明としてはちょっと簡単すぎやしないかとも思う。
まぁ、転職の仕方さえ聞ければ俺としては十分だったので次の質問に映る。
「次はスキルの使い方と覚え方についてなんですけど、スキルってどうやって発動させるんですか?」
「え?スキルの使い方?」
エメリアさんがキョトンとした表情を浮かべる。
なんだ?なんか変な質問したか?。
別段可笑しなことは言ってないはずだが。
「貴方、スキルの使い方も知らないで騎士を倒したっていうの?勇者の特権である特別なスキルも無しで?」
「あ…」
やべぇ、完全に失念してた。
勇者が他者より優位なのは特別なスキル、いわゆるチートスキルを持っているからだ。
だと言うのにそのスキル無しで召喚されたばかりの人間が騎士に勝つなんて、普通じゃあり得ない事だろう。
俺が騎士に勝つ事が出来たのは椿の力のおかげだ。
だが、出来ればその事を他人に知られるのは避けたい。
それは俺が神の力を持っている事を知られた時、変な輩に付け狙われる事を避けるためだ。
いや、俺が狙われるだけならまだ良いが、元の持ち主であり神でもある椿が狙われたら正直守り切れる気がしないというのが一番大きい。
だからこそ、俺のこの異常なステータスについては知られる訳には行かないのだ。
「えーとそれは…そう!パッシブ!パッシブスキルなんですよ!」
「パッシブ?あー、常時発動系スキルの事?なるほどね」
エメリアさんはそう言って納得した表情を見せたが、すぐにまた小首を傾げる。
「でも常時発動系のスキルって、常に発動してる分そこまで強くもないハズレスキルだった気が…」
「勇者だから!勇者のスキルだから!勇者のパッシブスキルは特別なんです!」
「そ、そうね、勇者だものね。分かったから落ち着いて?ちょっと怖いわよ」
エメリアさんにそう言われ、ハッと我に返る。
自分の目と鼻の先にエメリアさんの顔があり、必死に良い訳をしている時にグイグイと行き過ぎたらしい。
「す、すみません…」
「いいのよ。えーと、それでスキルの使い方と覚え方だったかしら?。まず使い方から説明するけど、使い方は単純で覚えているスキルの名前を言うだけよ」
スキル名を叫ぶだけで発動する感じか。
随分と簡単だなと思ったが、イメージだとかそう言った小難しい事が無いだけ俺としては楽で助かる。
「ちなみに常時発動型のスキルも名前を言えば発動するかどうか切替出来るわ」
「パッシブスキルも出来るんですか」
「えぇ、常時発動型のスキルの中には魔物を寄せ付けたり遠ざけたりするスキルもあるから、出来ないと不便でしょ?」
「なるほど」
俺がそう納得して見せると、エメリアさんが次の説明に入る。
「で、次はスキルの覚え方だけど、覚えるためにはレベルアップ時に取得できるスキルポイントが必要になるんだけど、このスキルポイントには二種類あるわ」
「二種類?」
「本人のレベルアップによって得られる『マスターポイント』そして職業のレベルアップによって得られる『ジョブポイント』の二種類よ」
エメリアさんによると、まずジョブポイントは現在の職業で得た分しか使えない。
転職などをした場合、ジョブポイントは引き継がれず転職した職業に依存する。
マスターポイントの方はどの職業にも使う事が出来る。
そしてここが一番重要なのだが、マスターポイントによって取得したスキルは転職してもそのまま使用する事が出来るらしい。
なのでスキルを取得する際はマスタ―ポイントとジョブポイント、どちらで取得するのかはちゃんと考えてから取得するようにと言われた。
で、肝心のスキルの取得方法についてだがステータスウィンドウ内にスキルタブが有り、そこからスキルツリーに行けるとの事だった。
どうやらステータスの値にだけ目がいっていて、完全にその存在を見落としていたらしい。
実際に見てみれば確かにスキルタブが存在し、現在メイン職である勇者のスキルツリー画面が表示された。
サブ職も取得していればその分のスキルツリーも表示されるとのことだった。
その他にも本人のレベルと職業、スキルのレベルの違いについてや街の外に出るにあたって知っておく事、東区では一体何を買えばよいのかなど様々な事を聞いた。
それから聞けるだけの事は聞きそろそろもう聞くことも無くなってきた頃の事だ。
「あら?随分と時間が経ったわね。今日の所はこれくらいにして、もうそろそろ宿屋に向かった方が良いわよ。夜遅くに探すのはしんどいでしょ?」
「そうですね。自分も聞きたい事は聞けましたし、椿も話をずっと聞いてて疲れたろ?」
「え?あ、はい」
やっぱり…どこか上の空っていうか、なんか様子が変だな。
今日の所はここで切り上げて、買い物や転職は明日にしよう。
「それじゃあエメリアさん、自分達はこれで、今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
俺達がそう礼を言って踵を返したその時だ。
「あぁ、ちょっと待って」
「はい?」
エメリアさんのその声に足を止める。
「一つ言っておかなきゃいけない事があるんだけど、邪神の使徒って言葉に聞き覚えはあるかしら?」
「邪神の使徒ですか?城から出て寄り道も殆どしてないので何も知らないですが」
「そらなら今覚えて行きなさい。邪神の使徒は魔王なんかよりも危険な奴らよ。邪神から力を与えられ、ステータスが異常なまでに強化された者達なの」
神の力を与えられてステータスが異常に強化されている?。
あれ、なんだか凄い身に覚えがある気がする。
「邪神の使徒は邪神復活のために裏でコソコソやってるらしいんだけど…その中に勇者を攫って邪神の生贄に捧げるっていう話もあるの」
「なるほど、ちなみに普通の人と見分ける方法とかってあるんですか?」
「正規の手段以外で得たステータスは与えられた本人と、その元の力の持ち主にしか見る事が出来ないわ。だから実際のステータスと異なる力を持った者には気を付けなさい」
…やばい、なんか聞けば聞くほど身に覚えがあり過ぎる。
というかそれ、完全に今の俺じゃないのか?。
いやでも椿は俺の元居た世界の神であってこの世界の邪神とかではないし…。
「ちなみにその邪神の使徒って分かった時はどうすれば?」
「見つけた時はすぐ傍に居る兵士でも衛兵でも良いから報告する事、絶対一人で戦おうなんて思っちゃ駄目よ」
「分かりました。あのー参考までに聞きたいんですけど、使徒の処遇とかってどうなるんですかね?」
恐る恐るそう尋ねてみる。
実際、今の自分はまさにその使徒と似たような状態であり、下手をすれば邪神の使徒と勘違いされかねない為、これだけは聞いておかなければなるまい。
俺が冷や汗を浮かべながらエメリアさんの返答を待っていると、エメリアさんがにっこりとした笑顔を浮かべたまま、右手の親指を立て首の端に押し付けるようにして見せ――
「こうよ」
――親指を横に動かし、首を斬るジェスチャーをする。
…どうやらステータスの事がバレてはいけない理由に、もう一つ追加されたようだ。