冒険者と初めて接触した時のお話
何時ものように冒険者ギルドへと赴き依頼を受けようとしていたある日の事、俺達は受付でエメリアさんに呼び止められた。
「あ、二人共来たわね」
「どうしました?まるで俺達を待ってたみたいに」
「待ってたのよ。実は二人に合わせたい人達が居てね」
そう言ってエメリアさんが視線を俺達から外し依頼書が張られた掲示板の方へと向く。
その視線に釣られるように俺達もそっちの方に視線を向けると掲示板で依頼書を眺めている五人の冒険者の姿があった。
「あー相変わらずここの依頼はシケたのが多いなぁ。50レベル超えの魔物の討伐依頼とか無いのかね」
「首都の近郊にそんな魔物が現れたら大騒ぎになるよ、ギルドに依頼が張り出される前に討伐出来る冒険者に直接連絡が行くさ」
「そうそう、それに私達は魔物を討伐する為にわざわざ呼び戻された訳じゃないのよ?」
「こんな時くらい、魔物の事は忘れてのんびりするのも良いのではないでしょうかー」
「のんびりとは言っても仕事には変わりないけどね。ほら、どうやら来たみたいだよ」
五人の内の一人がチラリと俺達の方を見ながらそう言うと、残った四人も俺達の方へと視線を向ける。
「お、来たか。今年の勇者は平均だったな」
「先代の勇者は早かったよね…日が昇る頃にはもう街を出てたし」
「あの露出狂の話はやめて、思い出すだけでも吐き気がしてくるわ」
「私的には三代前の勇者が一番精神的に堪えましたけどねー」
「というか勇者全員キツかったじゃん」
そんな話をしながら五人の冒険者が俺達の前まで歩いて来る。
「お前が今代の勇者か?」
「あ、はい、神多明継と言います。家名が神田で名前が明継です」
「エメリアからなんか話は聞いてるか?」
「いえ、たった今ここに来たら会わせたい人達が居ると言われたばかりでしたので、まだ状況は飲み込めてないです」
俺がそう答えると男は云々と頷き、背後に控えている四人へと向き直りヒソヒソ話を始める。
「なぁ今代はえらくまともそうじゃねぇか?」
「そうですね。受け答えもしっかりしてますし、何より目上の人間に対しての礼儀も弁えているようです」
「油断すんじゃないわよ。三代前の事忘れたの?礼儀正しそうに装ってるだけの可能性もあるでしょ」
「三代前の子は凄いにこやかな笑顔で綺麗な敬語を使ってましたねー。綺麗すぎて一瞬悪口を言われている事にも気付かない程に」
「毒舌の勇者…達人の剣は得物に斬られた事を気付かせないと聞くけど、彼女の毒舌はまさにそれだった」
「気付かないというより脳が言葉を理解する事を拒んでたって感じだったがな」
「それでも心にはしっかりと傷を刻み込んで行く…恐ろしい子だったわ」
円陣を組み内緒話に花を咲かせる五人組に対し、エメリアさんがわざとらしく咳き込んでみせる。
それに気付いた五人は慌てて俺達に向き直った。
「っと、話の途中に悪かったな。俺はこのパーティでリーダーをやってるグレッグだ」
そう言ったのは真っ先に俺に話しかけてきた男で、背中には巨大な斧を背負っており如何にも戦士といった装いの人だった。
「僕はリーライ」
次に名乗りを上げたのは長身で細見の男性、腰には長剣を指しており剣士風の人だ。
「わたしはジュリアよ」
三人目は鋭い釣り目でトンガリ帽子を被った如何にも魔法使いといった格好の女性。
「私はクロエと申します」
四人目はおっとりとした雰囲気で椿と同じくメイスを携えた神官らしい女性だった。
「ライザだよ」
最後の一人は何とも気だるげな表情をした女性で、他の四人と比べても肌の露出が激しく腰に巻かれたベルトには何本もの短剣を携えていた。
「さっきも言いましたけど、俺は神多明継です。それでこっちが」
「明継さんのパーティメンバーで椿です」
「明継と椿な、覚えたぜ」
そう言うとグレッグさんが俺と椿に向かって握手しようと手を伸ばしてくる。
俺と椿はそれに応えるようにグレッグさんの手を握った。
「エメリアから説明されてないんなら俺が説明するぜ。俺達はお前らに冒険者として、この世界で生きていく為に必要な事を教える為にここに来たんだ」
「教えにとは言ってもただ話して終わりって訳じゃない。実際に僕たちと街の外に出て数日を街の外で過ごしたりするんだ。過去に来た勇者の言葉を借りるなら合宿って言えば伝わるかな?」
「はい、大丈夫です。確かに俺達は朝から出かけて夕暮れまでには街に戻るを繰り返してて、街の外で夜を過ごした事は無いですからね。どうやって過ごしたら良いかも分からないですし、教えて貰えるのは素直に有難いです」
俺がそう答えると、五人は目を瞑って難しそうな表情を浮かべる。
「お前らどうだ?」
「僕は何も感じませんでした」
「心に刺さる感じは無いわね」
「一言一句咀嚼して見ましたが、極普通の事を仰ってますね」
「ステータスに異常も無い」
「貴方達、いい加減毒舌の勇者の事は忘れなさい。そろそろ怒るわよ?」
エメリアさんが額に青筋を浮かべながら五人を睨みつけると、全員が顔から冷や汗を滲ませながら話題を逸らすべくこちらに話しかけてくる。
「さーて冗談はこれくらいにしておいて、明継いきなりで何だがお前の勇者としての力について教えて貰えるか?」
グレッグさんの口から飛び出た言葉に俺はついに来たかと心の中で呟いた。
何時かはされるであろうと思っていた質問だが、これに馬鹿正直に答える訳には行かない。
俺は以前エメリアさんにスキルについて触れられた時「勇者のパッシブスキルは特別だから!」というようなゴリ押しで乗り切っていた。
この手は有無を言わせず相手を納得させるだけの説得力がある為、この先も何度もお世話になって行きたい所なのだが、ここで迂闊にスキルについて話してしまうとそれ以降俺の持っているスキルはそういうスキルだと認識されてしまう。
下手なスキルをでっち上げると今後この手で説得する際に齟齬が生まれる可能性があるし、何よりエメリアさんの前で俺は「パッシブスキル」だと言ってしまっている。
これ以上嘘を重ねるような真似をすれば何時かボロが出るのは目に見えていた。
(どうする?ステータスアップ系のパッシブスキルだと説明するか?。でもそれだけだとまだ弱い、何か特別な条件を満たすとステータスが爆発的に伸びるとかそういう設定を盛るとか)
これからの事を考えると迂闊な事は言えず、俺が考えを巡らせているとグレッグさんが思案顔をする。
「ふむ…自分のスキルについて良く分かっていない、というよりは話したくないって感じだな」
まずい、疑い出したか?。
これ以上返答を長引かせると余計な疑いを持たれるだけだと判断し、俺は意を決して口を開こうとした。
「上出来だ」
「へ?」
グレッグさんはそう言って俺の肩にポンと手を置いて笑みを浮かべた。
「この世界において他人にスキルを知られるってのはリスクでしかない。魔物だけじゃなく賊や異端者、時には冒険者にだって襲われる事がある。そういう時にこちらのスキルを知られていると対策を立てられ不利になる。迂闊に自分のスキルを話そうとしなかったお前の判断は正しい」
ただ単になんて説明するか迷っていただけだったのだが、どうやらそれが良い方向に勘違いされたようだ。
というかてっきり話さなきゃまずいものかと思っていたが、まさか話さないが正解だったとは。
「そんな警戒心の強い明継に俺からのアドバイスだ。椿が抱いているソイツはアルミラージだな?」
「はい、そうですけど」
「お前の勇者スキルで仲間にしたのか?」
「違いますけど」
「ふーん、本当にそうなのかぁ?」
グレッグさんがニヤニヤとした笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「通常魔物を仲間にするには獣使いの職業に就かなきゃならないんだが、獣使いになるには盗賊系列から狩人になって、狩人のレベルが30になってから特殊条件を満たす事によって初めて転職する事が出来るんだ。その特殊条件ってのはこの世界に存在する魔物に最低100種類以上遭遇する事。ここに召喚されてまだ間もない、しかもこの街からロクに遠出もした事がないような奴じゃ絶対に達成不可能な条件だ」
グレッグさんはそこまで説明すると俺の眼前に人差し指を突きつける。
「つまりお前は通常では在り得ない手段を用いてこのアルミラージをテイムした事になるんだよ」
グレッグさんの言葉に俺は動揺し、そんな俺の姿に満足したのかグレッグさんは満足げな顔をする。
「まぁこれくらいの推察は序の口よ。本気で隠したいならもっと慎重になる事だな。ナーッハッハッハ!」
大笑いするグレッグさんを見つめながら俺は考えていた。
グレッグさんの推察では俺の勇者スキルによってシャーロットをテイムした事になっているようだが、事実は違う。
実際は椿の心を読めるという力によってシャーロットの心の内を探り、会話する内に流れで仲間になっただけなのだ。
でもグレッグさんの推察の全てが間違っている訳では無い。
椿の心が読めるという力が無ければ俺はあの時シャーロットの角をへし折りそのまま野に放していただろう。
つまりグレッグさんが言った「通常では在り得ない手段を用いてテイムした」という推察は間違いではないのだ。
ただそれを俺の勇者スキルによるものだと勘違いしているだけで、俺達が何か特別な力を使ったという事は完全にバレてしまっている。
この世界に来て数日、随分とこの世界に馴染んだつもりでいた俺達がやはりこの世界の住人の目から見ると可笑しな部分はまだまだあるのだろう。
(このままだとボロが出るのも時間の問題だ。早くこの世界の冒険者について学ばないと)
俺はそう決心し、グレッグさん達の元でこの世界の冒険者について、そしてこの世界での生き方について学ぶ事となった。