椿から話を聞いた時のお話
「明継さんが召喚される直前、私は空から街の風景を眺めていました。何か特別な理由があったとかでは無いんですが、まぁ日課の散歩みたいなものです」
「散歩って…世界を管理する神様ってのは意外と暇なのか?」
「それは世界によりけりですが、まぁ私の管理していたあの世界ではそうですね。実際の管理は他の子達に任せてたので私は監督みたいな立場に居ました」
「監督ねぇ、まぁそこはどうでも良いんだけど何で空を散歩してた椿が俺の召喚に巻き込まれてるんだ?。俺は空じゃなくて地上を歩いてたはずなんだが」
「あーそれはですねぇー…」
俺の質問に椿が何やら言いにくそうに言葉を濁す。
「なんだよ、さっき正直に話すって言ったばかりじゃないか。勿体ぶらずに教えろよ」
「うー…笑いません?」
「笑わない笑わない、こっちは真面目に話を聞いてるんだ。召喚された経緯が分かれば何か解決先が思いつくかも知れないだろ。良いから包み隠さず話せ」
俺がそう言うと椿は少し悩む素振りを見せながらもゆっくりと口を開いた。
「明継さんが召喚されたあの時、明継さんの頭上に私が居たんです。明継さんは光に意識ごと飲まれて覚えてないでしょうが、光は明継さんを飲み込んだ後空へと打ち上がったんです」
「空へって、まさかその光に飲み込まれたのか?」
「はい…お恥ずかしながら、あの時私は上の空だったと言いますか『あ、あの雲の形駅前の新作ジェラートに似てるなー』とか考えてまして、それで地上から迫る光に気付かなくて」
「仮にも世界を管理する神様としてどうなんだそれ、色々と」
世界を管理する神様が駅前のジェラートの事で頭が一杯になっていたとか、それが原因で地上から迫る光に気付かなかったとか、話を聞いているととてもそんな大層な神様に思えないのは仕方のない事では無かろうか。
そんな俺の心を読んだのだろう、椿が慌てた様子で弁明する。
「ち、違うんです!?ちょっとたまたまドジを踏んだと言いますか不運が重なったと言いますか、管理神の力はもっと凄いんですよ!!世界中に意識を分散させながらも自分の身に迫る危機くらい片手間で払いのけるくらいの処理能力がありますし、そもそも勇者召喚なんて魔法が世界に侵入しようとした時点でそれを察知するくらいお茶の子さいさいなんですよ!?」
「っで、それだけ凄い力を持ちながら察知するどころか巻き込まれたのはどこのどいつだよ。巻き込んだ側の俺があんまり強く言えた立場じゃ無いけどさ、ドジにも程があるだろ」
「うぅぅ…面目ないです。本当あの時の私はどうかしてました。普段からポンコツな方ですけどあの時だけは何時もの100割増しでポンコツでした…」
目尻に涙を溜め、スンスンと鼻を鳴らす椿を前にこれ以上責めるような事も言えず、適当なフォローを入れながら話を進める。
「まぁ人間誰しもそういう時が、いや人間じゃ無くて神様か。まぁ生きてればそういう時もあるさ。とりあえず巻き込まれた理由は分かったが、その後は特に何もなかったのか?そのまま謁見の間に召喚されただけ?」
「いえ、そのままでは色々と問題がありましたのでこちらの世界に到着するまでの間召喚魔法を弄繰り回していました」
「問題?」
「はい、明継さんが光に飲まれた際、既に明継さんの身体は粒子に分解され個としての形を失っていました。その時点で魔法の中に明継さんの遺伝子情報と言うか、召喚された後に再構成する為に必要な情報も書き込まれていたんですよ」
今サラリととんでもない言葉が聞こえてきた気がするんだが、俺一度粒子レベルまで分解されてたの?。
「ただその後私という不純物が混ざり合った事でその再構成する為に必要な情報がしっちゃかめっちゃになっちゃったんですよね」
「おいそれ大丈夫なのか?実は俺の身体何処か欠けてるとかそんな事無いよな?」
椿の話を聞きながら俺は衣服や靴を脱ぎ、自分の身体に異常が無いかを確認する。
「そこは腐っても世界を管理する神ですからね。人間一人の情報を組み直すくらい訳ないです」
「腐ってもって自分で言う辺り既に信用ならないんだが、まぁパッと見異常は無さそうだし良しとしよう」
「それでまぁ巻き込まれた私はとりあえず召喚されるであろう世界に順応するために召喚魔法を弄って自分もその範疇に含めようとしたんです」
「何でだ?そもそも召喚されながらでもそれだけ自由に動けたなら元居た世界に引き返すくらい出来たんじゃないか?」
「そう簡単じゃ無いんですよ。どんな存在も世界と繋がっていなければその存在を保つ事は出来ません。召喚に巻き込まれ既に元居た世界との接続が絶たれてしまった私は早急に何処かの世界と繋がりを持たないと消滅してしまう所だったんです」
世界との繋がりを持つ、そのために椿は自身が巻き込まれた勇者召喚の魔法を利用してこの世界と繋がりを持ち何とか消滅の危機を免れたという事だろうか。
「何とか自分とこの世界を魔法を通して接続し消滅の危機を免れた私でしたが、今度は別の問題が出てきたんです」
「別の問題?」
「明継さんが光に飲み込まれた際、召喚魔法が一人分の情報しか持っていなかったんです。つまり入口を通った時は一人だったため出口が一人分しか用意されて無かったんですよ」
「出口が一人分だと何か問題が有るのか?」
「大いにあります。明継さん一人分の遺伝子情報に対し実際には明継さんと私の二人分の肉体が魔法の中に内包されている状態でしたからね、そのまま同じ出口から出ようとすると私達がミックスされてしまうんです」
ミックスというとアレだろうか、合体とかフュージョンとかそんな感じで男と女、人と神の要素を併せ持った半神が誕生した可能性が?。
「いえ、私と明継さんの四肢や臓物がミンチ状になって混ざり合った物が出来上がるだけです」
俺の心を読んだ椿が冷静にツッコミを入れる。
「それを回避する為に私はもう一つ別の入口を用意したんですよ」
「そういや姫様が俺が召喚された魔法陣の上にもう一つ魔法陣が現れて、そこから椿が出てきたって言ってたな。それがもう一つの入口ってやつか」
しかし俺が光に飲まれて謁見の間に召喚されるまでの間に椿は色々とやってたんだな。
俺からしたら一瞬の出来事にしか感じなかったが、それは俺の身体が粒子状にされていたせいで意識を失っていた為にそう感じているだけだろうか。
「んーしかしアレだな、とりあえず巻き込まれてから召喚されるまでの経緯は聞いたけど、だからなんで俺が椿のステータスを奪う事になったのかは全然分からなかったな。話を聞けば何か糸口が掴めるかもしれないと思ってたんだけど」
「あぁ、私の力が明継さんに流れていった原因は恐らく私が召喚魔法と自分を接続した事だと思います」
「そうなのか?」
「はい、というのもあの魔法は異世界から勇者を召喚するだけでなく、召喚した勇者に力を与えるという役割もあるんです」
勇者に力を与える、そう言われてみると他所の世界から人間を呼び出すだけでソイツが勇者として特別な力に目覚めるなんて考え辛い。
この世界の人間でもない、もっと具体的に言うなら魔法や超能力の類も持ち合わせないただの一般人が勇者となるには何か外的要因が有るのではと考えるのはそう不自然な事ではない。
そしてその外的要因こそが勇者召喚の魔法そのものなのだろう。
「勇者を召喚するという一つ目の役目を終えた魔法は残った魔力を使って勇者に力を与えるんです。明継さんの中にあるその勇者としての力こそ、明継さんをこの世界に呼び出した魔法そのものなんですよ」
「なるほど、それでその魔法と繋がってる椿の力まで魔法と一緒に俺の中に流れ込んできてるって訳か」
つまり椿の力が俺の中に流れてくるのを止めるにはまず俺の中にあるその魔法をどうにかしないといけないという事だ。
そんな方法を都合よくポンと思い付く事なんて土台無理な話だが、それでも何も解らなかった時よりは断然マシだ。
「まぁこれだけ分かっただけでも十分だろ。これ以上話してても進展は無いだろうし今は兎も角椿のステータス上げが優先だ」
俺はひとまずの成果に納得しつつ、狩りを再開するのだった。