勇者のスキルを使った時のお話
ノールとの遭遇から暫くして、あれから俺達は何度か魔物と遭遇し戦闘を繰り返していた。
何度か魔物との戦闘を繰り返す内分かった事があった。
それは俺の異常なステータスだが、どんな時でも常にフルパワーで発揮されている訳では無いという事だ。
最初にノールと戦った際、俺はノールの腕と首を斬り落とした。
だがあのノールは首だけになってもなお生きていた。
それはHPが残っていたからなのだが、もし俺の攻撃のステータスがそっくりそのままダメージに反映されていたらノールは絶命していただろう。
これから分かる事はステータス依存のスキルとは違い、自分の手で剣を振るう分には力加減が可能であるという事だ。
確証を得るために何体かの魔物で実験してみたが、力の込め具合によってダメージが変動しているのは間違いないようだった。
とりあえず攻撃した者全てを即死させる危険生命体みたいな事にはならなくて済みそうだ。
良かったと思える事があった半面、良くないと思える事もあった。
それは俺が一人で魔物を倒しても一向に椿のレベルが上がる様子はないという事だ。
現在俺と椿はパーティを組んでいるのだが、どうやら戦闘で活躍しない限りはパーティメンバーであっても経験値は分配されないらしい。
という訳で次魔物と遭遇した時は椿一人に任せて見ようと思ったのだが
「嫌ですよ!私一人なんて!せめて明継さんも手伝ってくださいよ!!」
「いや俺が手伝うと経験値が1しか入らないんだよ。椿のレベルを上げるには椿が自力で魔物を倒さないと」
「うぅぅ…あ、そうだ!勇者スキルです!明継さんの勇者スキルって確かステータスアップ系でしたよね!!それを私にかけてください!そしたら大丈夫な気がします」
「そういやそんなのもあったな」
椿の言葉で俺は自分が勇者として得たチートスキルの事を思い出す。
”勇猛”――俺の持つチートスキルで効果はステータスアップ、対象の全ステータスをパーティ人数÷100%の値で増やすスキル。
俺がパーティを誰とも組まず一人の状態で勇猛を発動させれば俺のステータスが100%分上昇し、椿と二人で組んでいる場合は人数÷倍率の50%がそれぞれのステータスに加算される。
仲間全員をステータスを底上げし、仲間が居なければその分効力が増すという孤軍奮闘、如何にも勇者らしいスキルなのだが…果たしてこれはチートスキルと呼べるものだろうか。
レベル1の勇者が使えるにしては破格の効果だろうが、チートスキルかと言われるとそんなにバランスが壊れるような代物でも無いように感じてしまうのはチートスキルで無双するラノベなんかを読んでいるせいだろうか、感覚が麻痺しているのかも知れない。
(まぁ今の俺のステータスを考えたら100%でも50%でもとんでもないステータス増加だけどな…ただここまで来るともはやステータスアップの意味がまるでないと思うのは俺の気のせいか)
何せ魔力三億で魔王がワンパンされる世界だ、俺のステータスをこれ以上底上げしたとして一体何の意味があるというのか。
俺がそんな事を考えていると俺と椿の対面から一体の魔物が歩いて来る。
「あれはゴブリンか。攻撃力も防御力も大した事のない奴だ、今の椿の装備ならまず負ける事は無いだろ」
「だとしてもスキルでのサポートはお願いしますよ、私は万全は期す方ですから!」
「分かってる分かってる――『勇猛』!」
俺がスキル名を唱えると俺と椿の身体が淡い光を帯びる。
「おぉぉ!これが明継さんのスキル!何だか身体の底から力が湧いてくるような気がします!『ステータス』!」
――――――――――――――――――――
名前:椿 Lv1
職業:村人 Lv6
HP :2001(+2000)
MP :1
攻撃:51(+50)
防御:276(+275)
魔力:1
精神:1
敏捷:16(+15)
・スキル
創造:Lv-
改変:Lv-
解析:Lv-
・状態
勇猛:全ステータスアップ(50%)
――――――――――――――――――――
「何も変わってないじゃないですか!!」
「ぶっ!?」
ステータスを確認していた椿が唐突にメイスで俺の頭部を強打する。
「急に何すんだ!?」
「装備の補正値抜いたら全部1のままじゃ無いですか!!これのどこがチートスキルなんですか!?」
「仕方ないだろ!!俺のスキルは固定値増加のステータスアップじゃなくて倍率増加のステータスアップなんだから!!元のステータスがダイレクトに影響すんの!!それに見えてないだけで小数点以下は増えてるかもしれないだろ!!」
「それに何の意味があるっていうんですか!?誤差も良い所じゃ無いですか!!」
俺と椿が言い争っている間にもゴブリンはその距離を確実に縮めており、後五メートルといった距離まで来ていた。
「って言い争ってる場合じゃねぇ!ゴブリンがもうすぐそこまで来てるぞ!!」
「あぁもうやってやりますよ!ゴブリンくらいが何ですか!!こちとら管理神ですよ!!格の違いっていうのを見せつけてやります!!」
椿そう意気込むとメイスを構え勇ましくゴブリンへと突撃していく。
攻撃面は兎も角防御面だけで言えばここら辺で負けるような事は有り得ないので安心して見ていられる――と思って居たのだが。
「ぜぇ…ぜぇ…ま、待ちなさーい!」
戦闘開始から早十分、椿とゴブリンの戦闘は未だに続いてた。
既に勇猛の効果は切れており、椿の身体の発光も収まっている。
何故ここまで戦闘が長引いているのかと聞かれれば、それは椿の絶望的なまでの攻撃面の弱さだった。
椿が購入したメイスは防御力が上がる分攻撃力は確かに控えめな部分はあるが、それでも三発も攻撃を当てればゴブリンを倒せるだけの攻撃力はあった。
そう”当てれば”である。
「てやぁ!」
「グギャギャ!!」
「避けるなー!」
ここで影響していたのが椿の絶望的な敏捷の低さだ。
クイックグリーブのおかげで敏捷が16まで上がった椿だが移動速度は駆け足程度であり、しかも移動速度だけでなく武器を振る速度にまで影響していた。
まるでヨボヨボのお婆さんが繰り出したかのような一撃はゴブリンにいとも簡単に避けられ、追撃をしようにも敏捷で負ける椿はあっさりとゴブリンと距離を離されてしまう。
当初は椿に襲い掛かっていたゴブリンだが、椿の圧倒的な防御力とHPを前に無駄だと悟ったのか攻撃する事をやめ、今は椿の攻撃を避けては逃げ笑うというような事を繰り返していた。
(完全に遊ばれてるよなあれ…あの調子じゃ何時まで経っても終わりそうにないし、しょうがない)
ゴブリンが椿に気を取られている隙に俺はゴブリンの背後に回り羽交い絞めにする。
「今だ椿!やれ!!」
「グゲッ!?」
「く…くふふ、油断しましたねゴブリンさん!卑怯だと思うなら明継さんを恨んでください!!」
羽交い絞めにされ動けないゴブリンめがけ椿がメイスを振り下ろす。
一発、二発――
「これで、トドメです!!」
「ぶっ!?」
「ギャッ!?」
椿渾身のフルスイングが俺とゴブリンの横っ面を捉え、その勢いのまま俺とゴブリンは地面に倒れ伏す。
「お?おぉぉ!明継さん見てください!なんか全身から光が立ち上ってます!!きっとレベルアップしたんですよ!!」
「そりゃ良かったな…」
ゴブリン諸共人を殴り倒しておいて気にした様子も見せない椿に腹が立ったが、ダメージは無いし当初の目的である椿のレベルアップは果たせたので良しとしよう。
うつ伏せの状態から身体を起こし椿の方を見ると、確かに椿の身体から光の粒子のような物が天に向かって伸びていた。
「身体の底からドンドン力が――ん?」
どうかしたのかと椿に聞こうとしたその時、椿が気付いた異常に俺も気が付いた。
天に向かって伸びていた光が途中でアーチ状に曲がり俺の元へと降り注いでいたのだ。
椿の身体から発せられた光が全て俺の身体に収まった後、俺と椿は無言のまま顔を見合わせる。
「『ステータス』」
椿がステータスを確認していると、次第に何かを堪えるように全身を振るわせ
「ふんっ!」
「ぶっ!?」
本日三度目のメイスが俺の頭部を襲う。
「何すんだよ!?」
「何するんだじゃないですよ!何してくれてるんですか!!」
そう吠えると椿は俺に向かって手の平を向けステータスと唱えた。
――――――――――――――――――――
名前:椿 Lv5
職業:村人 Lv6
HP :2001(+2000)
MP :1
攻撃:51(+50)
防御:276(+275)
魔力:1
精神:1
敏捷:16(+15)
・スキル
創造:Lv-
改変:Lv-
解析:Lv-
――――――――――――――――――――
なんか一気にレベルが上がってるな。
俺のステータスが高すぎて経験値が減少するように、椿の場合は逆にステータスが低すぎて経験値が増加しているのかもしれない。
(いや、今はそれよりも)
「これはもしかしてレベルアップで得たステータスを俺が吸い取ったって事になるのか?」
「それ以外に何があるって言うんですか!!このままじゃ私一生強くなれないですよ!!」
およよと泣き始めた椿を前に俺は頭を悩ませる。
どういう訳か俺は現在進行形で椿の力を吸い続けているらしい。
このままではいくらレベルを上げた所で椿のステータスが向上する事はない。
(ん?待てよ)
俺はふとある可能性に思い至る。
「なぁ椿、村人のレベル上がってたよな?」
「ぐすん…えぇ、それがどうかしましたか?」
「という事はスキルポイントあるよな、それで何でも良いからスキルツリーでスキルを取ってくれないか?」
「それに何の意味があるんですか…村人のスキルツリーなんてステータスアップ系しか無いんですよ?取った所で明継さんに吸われるだけに決まって――あれ?」
ステータスウィンドウを前に椿が何度も瞬きをする。
「どうした?」
「いえ、試しに敏捷が上がるスキルを取って見たんですがちゃんと上がってるんですよ。明継さんにステータスが吸われる様子もないですし、これは一体?」
「それは多分、そいつがスキル扱いだからだろうな。ステータスは現在進行形で吸い取ってるけど、スキルまでは吸い取って無いだろ?。それでもしかしたらって思ってさ」
俺が椿のステータスを最初に吸い取った後も、そして今も椿のステータスウィンドウには創造、改変、解析の三つスキルが残っていた。
これはつまりステータスは吸い取れてもスキルは吸い取る事が出来ないという事であり、スキルツリーから獲得した物ならもパッシブスキルのような扱いになるのではと思ったのだが、どうやら当たりだったらしい。
「とりあえず椿のステータスを装備以外で補う方法が分かっただけ良かった。後はこのステータスの流出を止める方法、もしくはステータスを椿に返す方法でもあれば良いんだが」
「そう都合の良い方法は無いでしょうね。しかしまさか明継さんと私がまだ繋がりを持っているとは思っていませんでした。ここに召喚された時点でとっくに途切れているとばかり」
「繋がりって何のだ?というかまだ椿が俺の召喚に巻き込まれた時の事を聞いてなかったな。何で世界を管理する神様なんて大層なもんやってるくせして俺の召喚なんかに巻き込まれたんだ?」
「それは…」
俺の質問に答え辛そうに顔を背ける椿だったが、暫くするとこちらに覚悟を決めた様子でこちらに向き直る。
「今更明継さんの前で自分を取り繕った所で仕方ないですね…分かりました、正直に話しましょう」