勇者召喚された時のお話
一話からなんか説明口調が多くなりがちですが、話が進むにつれ少なくなっていくと思いますのでご容赦ください。
勇者召喚――それは、異世界より勇者を召喚し、魔王を滅ぼすための儀式。
度々ラノベなどで登場し、その度に様々な種類の勇者召喚が行われてきた。
主人公が勇者として召喚される王道な物から、召喚された物のなんの力も無いというパターンや、そもそも主人公が勇者ではなく巻き込まれた人間だったりなどだ。
そして俺『神多明継』もその勇者召喚を体験した人間の一人だ。
俺は巻き込まれた訳でも、なんの力も得られなかった訳でもなく、普通に勇者として召喚され、勇者としての力も持っていた。
いわゆる王道の勇者召喚によって召喚されたのだが…一つ、いや二つだけ違っている事がある。
それは一人、俺の召喚に巻き込まれた人物が居るという事、そして――
「うぅぅぅ!返してください!返してください!私の力をかえしてくーだーさーいー!!」
召喚に巻き込まれたのが神様であり、俺がその力を得てしまったという事だ。
ポカポカと殴ってくる神様から視線を逸らし、俺は自分のステータスを確認する。
ステータスのその殆どがステータス欄から完全にはみ出しており、30桁を超えたあたりで見えなくなっていた。
俺はその欄外まで突き抜けた出鱈目な桁数を叩き出すステータスを眺めながら呆然としていた。
「どうしてこんな事になったんだろうな…」
俺はそう呟きながら、ここに至るまでの経緯を思い返す。
俺はどこにでも居る普通の高校生だ。
マンガやアニメ、それにライトノベルなんかも読む、多少のサブカル知識を持つどこにでも居るような普通の人間だった。
別にこれといった特技がある訳でもなければ、何か特殊な力がある訳でも無い。
そんな俺が何時ものように学校から自宅に帰る途中、自宅近くにある山の麓を歩いていた時だ。
突如足元が輝きだし俺は一瞬にして光に飲まれた。
そして気が付いた時には何処とも知れぬ場所、どこかの城の謁見の間のような場所に俺は立っていた。
辺りを見回してみれば俺の足元には魔法陣のような物があり、その魔法陣の側に立つ姫らしき女性とその周りには鎧を着た兵士のような人間が大勢、さらに謁見の間の奥には王冠を被った男性と貴族っぽい人間が多数。
最初こそ混乱していたが、俺はこの段階で『もしかして俺は召喚されたのでは?』という考えに至っていた。
こういうシチュエーションはよくマンガやラノベで見てきたし、そうとしか考えられなかった。
ただ一つマンガやラノベなんかと違うのはその場に居る全員が召喚された俺に一切視線を向けておらず、天井を見上げている事だ。
――ゴッ!
「あいた!?」
頭上から石ころ落ちてきて俺の頭にヒットする。
「いってぇぇぇ…あーもう…石?なんで石が上か…ら――ッ!?」
頭を摩りながら回りの人間と同じように天井に視線を向け、目に映った予想外の光景に言葉を失う。
だだっ広い謁見の間の、無駄に高い天井に人間の姿があった。
しかもその人間は天井に張り付いているという訳ではなく、深々とめり込んでいるのだ。
長い黒髪が天井からぶらんと垂れ下がり顔を隠していたが、丁度真下に居る俺はその顔を見る事が出来た。
綺麗に整った顔立ちに、白く何処か神聖な物を感じる不思議な衣装を身にまとった恐らく美人だと思われる女性。
恐らく…というのはその目は大きく白目を剥き、生気を感じさせないその表情は完全にホラーに出てくるお化けのようだったからだ。
その場に居る全員が天井にめり込んだ人物に視線を向け、一言も発せずにいた時、天井にめり込んでいた女性の身体が少しずつ剥がれ、そして完全に天井から剥がれ落ち、顔から俺に向かって落下してきた――ホラー顔のままで。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあああ!?」
俺は思わず絶叫しながら横に飛び退き、女性の落下地点から離れる。
受け止める者の居ない女性はそのまま顔面から勢い良く地面に落下する。
「ふぐぅ!?」
そんな奇声を上げ、女性は地面に力なく倒れ伏す。
それからまた数秒、無言の時間が続いたが女性がむくりと身体を起こし、次の瞬間大声で泣き始めてしまった。
「うわぁぁぁああん!!避けるなんてあんまりです!!受け止めてくれたっていいじゃないですかぁぁぁあ!!」
顔面から落ちた割には元気そうなその様子に、その場に居た全員があんぐりと口を大きく開けて言葉を失う。
わんわんと泣く女性の声だけが謁見の間に響く中、謁見の間の奥の玉座に座っていた男性が立ち上がるとわざとらしく咳払いをし辺りの注目を集めた後、両手を広げる。
「良くぞ参った!我らが勇者よ!」
え?このまま進めるの?。
まずはこの女性をどうにかしろよと思ったが、どうやら王様と思われる男性は話を進める気満々のようだったので、それ以上何かをいう事は出来なかった。
それから、王様によってこの世界の説明がなされたのだが、正直言って殆ど耳に入ってこない。
単語一つ一つは聞き取れるのだが、自分の足元で泣いている女性の声が煩く聞こえなかった。
だからと言って「聞き取れないんでもう一度お願いします」なんて口が裂けても言えない。
相手は王様なのだ、下手な事を言って反感を買ったら目も当てられない。
こっちはここに来てまだ間もなく、この世界の事も良く分かっていないのだから。
だが、幸いにも単語だけでも大よその事情を知る事は出来た。
その事情というのは俺の予想通りであり、やはり魔王を倒すために勇者として召喚したという事だった。
ただ、少し違ったのは世界に危機が訪れているからという訳ではなく、ただ単に魔王が出たから倒してきてというような物であった事だ。
というのも勇者というのは各国に一人ずつ存在し、現在は12ヵ国、俺を含めて12人もの勇者が存在して居るのだそうだ。
いつの時代も最低10人以上もの勇者が居たため、魔王が地上を支配するような事もなく、むしろ出現する度に勇者達にボッコボコにされるのだそうだ。
そのため、この世界の人間は魔王という物に対してそれ程の危機感を持っておらず「どうせどっかの勇者が倒すだろう」くらいの認識でしかないのだ。
だったら何で他の国に任せて勇者召喚なんてしなければいいじゃないかと思ったが、どうやら政治的な話が絡んでいるようだった。
勇者の誰かが魔王の討伐に成功すれば、次の魔王が現れるまでの間はその勇者を召喚した国が外交で有利になれる。
それに加えて不参加の場合は非常に立場が悪くなるため、参加せざるを得ないのだという。
(まるでスポーツ、オリンピックみたい感じなのだろうか。そんな感覚で狩られる魔王が不憫だな)
魔王の事をそう不憫に思いつつ、そうは言っても魔王は魔王なので倒さなければ人間側の被害が大きくなるのは間違いない。
魔王には悪いが倒させてもらう事にしよう。
自分もやはり年頃の男だ、こういう勇者だとか魔王だとかいうシチュエーションには燃える物があるのだ。
俺がこれから始まるであろう、出会いや別れ、幾多もの戦いに胸を膨らませている間に王様の説明がひと段落する。
「さて、説明はこんな所だが……所で、どっちが勇者なのだ?」
王様がそう言って、俺と俺の足元で泣いている女性に視線を向ける。
王様のその言葉に、足元で泣いていた女性がピクリと反応を示し、泣くのをやめる。
目じりには大粒の涙が溜まっており、まるで捨てられた子犬のような視線を俺に向けてきた。
女性が一体何を考えているのかは皆目見当が付かなかったが、俺が言わなければ話が進まないだろうと思い、口を開く。
「おそらくですけど、俺が…自分が勇者です」
「おぉ!それはよか――コホン……ちなみに、根拠はあるのかね?」
俺が勇者だと名乗り出た時、王様が凄いほっとしたような顔をして見せたが、すぐに表情を引き締めて俺にそう聞いてくる。
まぁ、流石にこっちの女性が勇者だとしたら、王様としては嫌だろうなぁ…。
「えーっと、自分が元の世界に居た時、足元に自分を中心に魔法陣が現れたんです」
「ふぅむ……どう思う、エリーゼよ」
「はい、私はこのお方が勇者様だと思います。このお方は確かに私が描いた魔法陣から現れたのですから」
エリーゼと呼ばれた、姫らしき女性がそう答えた。
その答えに王様が満足そうに頷いた後、こちらに視線を戻す。
「だとすると、こっちの女は一体…?」
「ひぅ!?」
王様がそう言って地面にへたり込んでいる女性に視線を向けると、女性は小さく悲鳴を上げながら俺のズボンの裾を掴み俺の後ろに隠れる。
俺と同じ黒髪に黒い瞳である事を考えると同じ日本人ではあるらしいのだが、俺が召喚される間際にこんな女性はおろか、他の人間は俺の周囲に居なかったはずだ。
とはいえこの女性が俺とは全く無関係とも思えず、どうにかしてやれないかと考えていたその時だ。
「勇者よ。お主はこの者について何か知っておるか?」
「え?いや、えーと…良くは知らないですけど」
「お父様、私は見ましたわ。地面に描かれた魔法陣が輝いた際、その上に覆いかぶさるようにもう一つ魔法陣が現れ、そこの女性がその魔法陣から勢いよく飛び出してきたのを」
状況が良くは分からないが、どうしてこの女性が天井にめり込んでいたのかだけは理解する事が出来た。
どうやら魔法陣によって転移した際に、勢い余って天井に激突してしまったようだ。
一体何がどうなったらそうなるのか理解できないが、そういう事もあるのだろうと無理やり納得して頭の片隅に追いやる。
しかし、何やら話の雲行きが怪しくなってきているような気がする。
「勇者召喚の魔法陣に合わせて別の魔法陣が現れた………まさか!他国が我が国を妨害するために偽の勇者を送り込んだのか!?」
王様がそう言うと、俺の足元に縋り付いていた女性に厳しい視線を向ける。
「ぴぃ!?」
王様のその視線に女性が短い悲鳴を上げて、今度は袖ではなく俺の足にガッシリとしがみ付いてくる。
その様子が、まるでライオンに睨まれた小動物のように見え、非常に可哀そうに思えてきた。
どう考えてもこの女性に間者の真似事が出来るとは思えず、どうにかして疑いを晴らせないかと考えるも王様はそんな時間を与えてはくれなかった。
「おい、誰かこの女を地下牢に連れて行け!他国の間者かもしれぬ、拷問してどこの手の者か情報を「わー!わー!あぁーーー!思い出した!君近所のマチ子ちゃんだよね!?」」
拷問という物騒な言葉に思わず声を上げて制止し、咄嗟に出まかせを口にする。
俺自身に全く身に覚えはないが、俺の召喚に巻き込まれたと思われる女性をこのまま見捨てるのは色々と問題がある。
「ゆ、勇者?」
突如大声を上げてそんな事を言い出した俺に王様が狼狽した様子を見せるも、俺は女性の両肩をガッシリと掴みながら構うことなく続ける。
「なっつかしいなぁぁあ!ほら覚えてる!?近所に住んでた明継だよ!覚えてる!?覚えてるよな!?なぁ!?そう言えマチ子ぉ!!」
「うぇ!?あ、は、はい覚えてます!覚えてますとも!」
「ほら王様!俺達知り合い!勇者の知り合いだから問題無し!」
「い、いや…だがその者は別の魔法陣から現れた―――」
「嫌だなぁ!そんな訳ないじゃないですか!きっと俺の召喚に巻き込まれちゃったんですよ!」
俺は女性の後頭部を掴み上げ、俺の顔の横に並べて見せる。
「ほら!俺と似たような顔立ちしてるでしょう!?俺と同じ世界から来た何よりの証拠ですよ!!」
「う…うむぅ、確かにこの世界ではあまり見ない顔立ちだが…」
「でしょう!?だからマチ子ちゃんも俺と同じ扱いでお願いします!!俺、マチ子ちゃんが居ないと夜も眠れない身体なんです!!」
「いや…でもさっき久しぶりって…」
「たった今そうなったんです!俺はもうマチ子ちゃん無しでは生きられない身体になってしまったんです!!」
俺のあまりの剣幕に、王様は数歩あとずさりをしながらも小さく頷いて見せた。
「わ、分かった。ならばその者は勇者と同じ扱いとしよう…どうやら勇者も疲れているようだしな。今日は部屋でゆっくりと休むとよい」
「はい!ありがとござまぁっす!」
体育会系のような声を張り上げながらも女性の後頭部を押さえつけ、無理やり頭を下げさせ自分も腰を九十度曲げて礼を述べる。
その後姫様に先導され、謁見の間を出る際に背後から「今年の勇者はまともだと思ったのに…」という王様の嘆きが聞こえてきたがスルーした。