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第二話  蓼食う虫も好き好き

 ゴブリン集落からゴブリンの姫騎士を回収し、藪の中に引きずり込んで介抱する。

 称号:薬草採取をもつこの姫騎士ゴブリンは俺が適当に咥えてきた雑草から必要な薬草を選び取って火傷に貼り付け、俺が狩ってきた魔蜘蛛に大喜びして食らいついた。


「ぎうぎう」


 いや、意味が分かんないから。

 とりあえず快方に向かっているようでなによりだ。オークに鳴かされた姫騎士さんだから心のケアとか必要なのかと思ったけど、案外平気らしい。精神三ケタだし。

 それとも、俺が考えているような事態にはなってなかったのだろうか。

 殺されたくなければ三度回ってワンと鳴け、みたいな感じで。

 いまの俺なら躊躇しないけどな。パグだし。

 姫騎士ゴブリンの回復力はなかなかのもので、保護してから十日で全快した。


「ぎうぎう」


 尻尾を引っ張るんじゃありません。そこは繊細なの。感情表現をする部位だから、云わば犬の心なの。無神経に心へ触るんじゃありません。


「ぎっぎう」


 どうやら、焼け出された集落に戻りたいらしい。

 仕方がない、姫騎士ゴブリンが集落を見たいというならそこまで送ろう。

 かつて集落があった場所は焼け野原となっていた。腐ったゴブリンの死骸が酸鼻を極めている。

 姫騎士ゴブリンはフラフラと集落へ入り、ゴブリンの死骸を一つずつ埋め始めた。

 俺は集落の片隅に穴を掘って暇をつぶす。ほら、犬だから。なんか掘りたくなるんだよ、無意味にさ。

 別に理由があってしたことではないから、掘った穴をどう利用されても気にしない。気にしないったら、気にしない。

 あぁ、なんか棒切れ咥えたくなってきたなぁ。

 本能だからなぁ。しょうがないなぁ。かぁ、つれーわー。犬の本能に振り回されてほんとつれーわー。

 墓標になったけど気にしない。気にしないったら、気にしない。

 オークに蹂躙され命を失った集落のゴブリンたちに黙祷し、俺は集落を後にした。

 姫騎士ゴブリンが後をついてくる。


「ワウ?」

「ぎぎう」


 姫騎士ゴブリンが錆びの浮いたナイフを掲げる。俺の行く先を指差し、自らを指差した姫騎士ゴブリンは俺の横に並んだ。


「ワウ」

「ぎう」


 姫騎士ゴブリンと並んで歩きだす。

 一緒に行くという事か。俺の飼い主になるつもりか。

 俺は風上から漂ってくる臭いに気付き、足を止める。

 姫騎士ゴブリンは気付いていなかったようだが、俺が足を止めて方向を転換するとすぐに後を追ってきた。

 だが、俺の方が圧倒的に足が速い。四足歩行である。4WDである。

 見えた、魔蜘蛛!


「キシァアア!」


 俺を視界に入れた瞬間に牙を開いた魔蜘蛛。

 交戦の意思を確認、死にさらせ!

 その場で跳躍した俺は魔蜘蛛の正面から飛び掛かり、毒の滴る魔蜘蛛の牙を足蹴にして頭を飛び越え、胴体に着地する。

 右前脚を軸に回れ右、がら空きの魔蜘蛛の頭の付け根に技能:噛み千切るを発動する。

 ブチっと不快な音がして魔蜘蛛の頭が胴体とおさらばした。

 俺は口に咥えた魔蜘蛛の頭の付け根部分を吐き出しつつ胴体から颯爽と飛び降りる。

 追い付いてきた姫騎士ゴブリンが俺の鮮やかな手際に口を半開きにしていた。

 姫騎士ゴブリンを介抱していた十日間、俺は魔蜘蛛を狩りまくっていた。もはや魔蜘蛛狩りのプロである。


種族:魔犬(パグ)

LV:10

筋力:20

精神:500

魅力:-555+400

技能:かみつく そうげき なく 閲覧 噛み千切る

称号:子犬 魔蜘蛛殺し


 ふふ。ついにステータスも俺が魔蜘蛛狩りのプロと認めたようだ。魔蜘蛛を攻撃する場合に限り攻撃力が物理魔法に関わらず一割増しになる称号である。

 ゲームでは割増しの効果なんて後々数値がインフレしていく主原因だ。オーク殺しの称号でも得られれば、この森での生活も楽になる。

 取得するための条件がまだわからないから、検証が必要だ。多分、一定期間の内に集中して同一の種類を殺し続ける、みたいな条件だと思う。

 手ごろな獲物がいれば襲いまくるとしようか。

 ゲームといえば、経験値の扱いは分配制だったりもするけど、この世界ではどうなんだろうか。

 出番のなかったゴブリンには経験値が入るのだろうか。

 念のためにと思ってゴブリンのステータスを見る。


種族:ゴブリン

LV:5

筋力:20

精神:180

魅力:45

技能:噛み付く 短剣遊び 薬草採取

称号:姫騎士 ブス専(中)


 何か、おかしな称号が増えてるんですけど。

 称号:ブス専(中)とは、誰もが認める不細工に恋をする者の称号。憎悪さえ抱かれる不遇な者に愛の手を。

 ……詳細なんか見るんじゃなかった。

 パグは不細工だなんていうこの世界こそ醜いんだ。

 見なかった事にして、俺は狩りを再開する。

 最初の狩りにこそ出遅れたゴブリンだったが、技能の短剣遊びは伊達ではなかった。

 遠距離から錆の浮いたナイフを獲物に投げつけて怯ませ、近付いて噛み付く、というのが基本の戦闘スタイル。ナイフの命中率も悪くはない。

 俺が獲物に接近する間にゴブリンがナイフを投げつけ、俺が四足の俊足で接近して獲物に噛み付き、噛み千切った後で追いついたゴブリンが追撃する。そんな連携が確立した。

 行く先々で魔蜘蛛を殺しまくる。

 すると、森が途切れて岩山が見えてきた。

 魔蜘蛛の生息域から外れてしまったのか、目につく範囲には魔蜘蛛が見当たらない。俺の潰れた鼻にも魔蜘蛛の匂いは感じ取れなかった。

 戻るか。それともここらで別の獲物を襲うとしようか。

 悩んでいると、岩山にカピパラのような動物を見つけた。


種族:岩石ラット

LV:22

筋力:185

精神:150+500

魅力:210+200

技能:噛み付く 擬態 落石 岩纏い 待ち伏せ

称号:岩場の愛玩動物 硬い心 不動の心得 潜む者


 強い。

 基本的に待ち伏せで獲物を狩るみたいだが、筋力は三ケタに達しているし、見たところ体のあちこちに岩を纏っている。

 だが、いくら筋力185とはいえあんなに体に岩を纏っていてまともに動けるのだろうか。

 疑問に思ってよくよく観察すると、毛に土がこびりついて岩のように見えるのだと気付いた。

 見た目ほど硬くはないが、機敏に動く事は出来ると思った方が良いか。

 まだ喧嘩を売らずにおこう。


「ぎう?」

「オン」


 疑問の声を上げるゴブリンに答えるように、岩山に背を向ける。

 森で魔蜘蛛を絶滅させた方が安全だ。伸び方はだいぶ緩やかになったが、まだLVは上がる。

 そう思って森に歩き出した瞬間、背後の岩山でゴロゴロと何かが転がる音がした。

 慌てて背後を振り向き、迫ってくる岩に気付いてその場を飛び退く。

 あの岩石ラット、待ち伏せと落石のコンボを使ってきやがった。

 森の外縁にある木をなぎ倒した岩は直径一メートルほど。

 百八十五キログラムは優に超えてるはずだろうと思ったら、なんと先ほどの岩石ラットだった。

 意味が分からない。自爆か?

 岩山に視線を向けると、さっと岩に擬態する別の岩石ラットを見つけた。

 あぁ、同じ岩石ラットをただの岩と間違えて落石に使っちゃったわけね。


「きゅー」


 可愛らしい鳴き声を上げて目を回している岩石ラットを放置して岩場を見る。

 喧嘩を売らないとは言ったが、買わないとは言ってない。

 売られたら買うぜ。


「グルル」


 俺はゴブリンに向かって地面を何度かひっかいてその場に待機の合図を出し、四足で一気に岩場を駆け上る。

 仲間を突き落した岩石ラットは迫りくる俺に対して身じろぎもせず岩の振りを続けている。不動の心得による補正を受けた高い精神値はこいつも同様だ。

 岩の振りをしている岩石ラットを素通りして上を取った俺は、右足を軸に回れ右をして、今まで登ってきた岩山の斜面を下る。

 矢のように疾駆して、一直線に向かうのは未だに岩に擬態している岩石ラットだ。

 距離とタイミングを見計らって、俺は二本の前足を突き出して跳躍する。

 いま、パグは宙を裂く一本の矢と化して岩石ラットの側面へ衝突する。

 喰らえ、パグ流技能:落石!

 俺に衝突された岩石ラットがごろりと岩山の斜面を転がり始める。


「ぢゅ!?」


 意外と野太い声を出した岩石ラットが慌てて体勢を立て直そうとするが、すでに転がりだした体は止まらない。

 おむすびころりんといった風に、岩山の斜面で勢いが付いた岩石ラットが高速で森の木に激突した。直撃を受けた木がへし折れるほどの威力だ。

 岩石ラットは無防備に腹を晒して長い前歯を口から覗かせ、気絶した。

 ゴブリンが錆びたナイフで岩石ラットの喉を斬り裂き、致命傷を与える。


「ギうう」

「オン」


 意味の通じない会話を交わす。

 岩山を降りて仕留めた岩石ラットの肉を貪り食っていると、先に仲間によって突き落とされて気絶していた岩石ラットが目を覚ました。


「オウン?」


 ようやく起きたか。大丈夫か?

 声を掛けると、岩石ラットは自分の居る場所を見回してから岩山を仰ぎ、仲間に突き落とされた事を悟ったようだ。

 災難だったな。称号に敵を騙すには味方からってのが付いてるけど、言わないでおくよ。どうせ犬語なんて分からないだろうけど。

 俺が仕留めた岩石ラットの尻尾を蕎麦のようにずるずるッと啜った時、仲間に殺害されそこなった岩石ラットはその仲間の骸に気付き、ぎょっとした顔をした。


「ちゅー!」


 殺人鬼から逃げ出す様に岩石ラットが俺たちから逃げていく。

 まぁ、仲間の死骸を目の前で喰われてたら怖いよな。さっきまで気絶してたし、次は自分かもって思うだろ。

 それにしても、歯ごたえがある肉だな。硬いのとも違う。筋があるわけでもない。噛めば噛むほどに味が出る感じだ。

 煮込み料理に使えばいいのかね。

 あぁ、牛筋煮込みが喰いたい。近所の駅前の地下にある居酒屋で通しに必ず出てきたあの牛筋煮込みが美味かったんだよなぁ。秋には必ず栗が入ってた。蒸してほくほくにした栗を一晩牛筋煮込みと一緒に寝かせて味を染み込ませた奴。嫌いな客もいたみたいだけど、俺はあの栗を最後にぱくっと口に入れた時に広がる栗と肉の甘さが好きだった。あまり長く楽しまずに酒ですっきり流して、さぁ次の注文をって。


「ハッハッハッハ」


 やべぇ、涎が。

 よし、おセンチな気分に浸りすぎないうちに岩石ラットをたらふく食べるか。

 岩石ラット殺しの称号を得るまではやるとしよう。殺るとしよう。

 そんなわけで、俺はゴブリンと一緒に岩山を歩き回った。

 技能:閲覧の効果により擬態中の岩石ラットは即時発見できる。後は気付いていない振りをして下を通り、攻撃してきたら駆け上って斜面に突き落す。

 攻撃してこない限りは全力スルー。

 岩石ラットを突き落すとドップラー効果を「ちゅううううっぅぅぅぅぅぅぅ」と再現しながら転げ落ちていく。

 途中からはゴブリンも真似して岩石ラットを転がしたり、岩石ラットが技能:落石用に準備していたらしき岩をてこの原理で転げ落としたりしていた。両手が使えるって便利だな。


「ぎっぎう。ぎっぎう」


 ナイフを指揮棒のように振りながら、ゴブリンが上機嫌に歌う。歌詞の意味は分からない。

 突き落とした岩石ラットは合わせて二十七体。LV37の大物は突き落とした後も割とぴんぴんしていたが、俺達に反撃するため岩山を登って来る前に、ゴブリンが追撃で転がした岩に巻き込まれて絶命した。

 俺はLV25、ゴブリンはLV19となり、双方ともに技能:落石、技能:擬態看破、称号:岩石ラット殺しを得ていた。

 断続的に響いた岩石ラットのドップラー効果付き断末魔の叫びが影響したか、俺達に喧嘩を売る岩石ラットも減ってしまった。LVで言えば俺たちの三割増しの岩石ラットでさえ、怯えたように擬態している。

 でも技能:擬態看破で見破っちゃう。

 じっと見つめてやるが、岩石ラットはデフォルトで称号:不動の心得を持っているため、精神的にはかなり我慢強い。俺とゴブリンに見つめられても擬態を解くことはなかった。

 まぁ、いいさ。喧嘩を売ってこないのなら攻撃は加えない。それが俺のパグ道だ。

 着実にワイルド系渋カッコいいパグに近付いている。

 そろそろ岩山を降りようかと思っていると、体の中に石ころを詰めて斜面を登るスライムを見つけた。

 何してるんだろう、こいつ。

 ステータスを確認しようとした時、スライムがこちらを向いた、気がした。

 目がないからどっち向いてるのか全く分からな――


「ワオ!?」


 スライムが猛烈な勢いで俺とゴブリンに向かって這い寄って来た。

 気色悪い。キモカワ系に優しくしようと誓ったパグの俺でさえドン引きする必死さだ。

 うねりにうねるスライムの身体は歓喜に沸き立ってでもいるかのようにぶくぶくと泡立っている。

 敵対する気なのか分からないけれど、ひとまず撤退した方がよさそうだ。


「オン!」

「ぎーう!」


 ゴブリンと一緒にスライムとは反対方向に駆け出す。

 なんだあれ、なんだあれ。

 そうだ、とにかくステータスを閲覧しないと。


種族:スライム

LV:7

筋力:16

精神:50

魅力:25

技能:美醜反転 乾燥劇弱 草花運搬 貫通攻撃無効 形状変化 包み込む

称号:歪な石コレクター 醜い草花コレクター


 こいつ、美醜の価値観が反転してんのかよ。

 なんだよ、このコレクター称号。妙な枕詞が付いてるじゃねぇか。

 猛烈に俺を追いかけてんのはコレクションに加えるためなのか? そうなのか?

 俺の行く先々こんな奴ばっかりかよ!



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