第十七楽章【幻想】
―コーラスコンクール当日・・・
マキ 「・・・。」
マキは朝の光が、いつもより眩しく感じた。
マキ (とりあえず、学校に行って・・・練習してから会場行くんだっけ)
調子が悪いというわけでもないが、どこかふわふわしたような気持ちだ。
―予定通り学校で二、三回ほど練習をして、
マキ達は会場へと向かった。
カレン 「いよいよ・・・いよいよ本番・・・」
高野 「緊張してんなー」
カレン 「当り前よ!指揮者なんだからっ」
高野 「まぁ、気楽にやろーぜ」
カレン 「そうしたいけど・・・緊張~」
マキ 「・・・。」
カレン 「あ。マキちゃん、電車来たよ!乗ろう!」
マキ 「うん」
カレン 「も~昨日本当に寝れなかったんだから~」
高野 「あんなに練習したんだから平気だろ」
カレン 「励ましてくれてるのね・・・ありがと」
高野 「俺様がサッカーしないで歌に参加させられたほどの練習量だからな☆」
カレン 「はいはい、歌声に期待してるわ」
高野 「それにピアノは我らが黒川真希様だからな、これはもう優勝だろ」
カレン 「そうね!」
―三人は会場に着き、自分たちの席についた。
カレン 「はぁ・・・ラストだと、待っている間が長くて緊張しちゃう!早く終わらないかなぁ」
生徒 「ドキドキだよね~」
カレン 「手がガチガチになって振れなかったらどうしよっ」
生徒 「カレン~緊張しすぎだよー」
生徒 「そうだよ、いつも通りテンション高く行ったほうがいいよ!」
カレン 「う、うん・・・」
生徒 「高野、俺たちがデカい声出さないと勢いがつかないから頑張ろうぜ!」
高野 「そうなのかー?まぁ、声量とかポイント入りそうだけどさ・・・」
生徒 「マキ様とカレンちゃん、二人だけでも何度も特訓したらしーぜ!」
生徒 「くぅ~マジか!俺も混ざりたかった~」
高野 「ふっ、お前ら何言ってんだよ」
生徒 「高野ぉ~~お前だけずるいぞ!あの二人といつも一緒じゃないかっ。うらやましい・・・」
高野 「そうでもねーって!」
先生 「みなさん、もう少しで開演ですよ~」
カレン 「はああああう」
生徒 「カレン、声やばい・・・」
生徒 「まだ始まってからも時間あるから落ち着いて!大丈夫!」
カレン 「その待ってる時間が緊張するんだって~」
マキはカレンの隣で、静かに一点を見つめていた。
ブー・・・
開演の合図が鳴った。
先生 「はい、始まるよ~静かにー!」
音楽の先生が舞台上で、今日の審査員の紹介をしている。
真っ暗な空間の中、壁の木の色に包まれて、
どこか幻想的なステージだ。
さっそく中学一年生の発表が始まった。
♪~~~
マキはまだ、どこかぼんやりしていた。
今、目を閉じたらそのまま眠ってしまうのではないかと思うほどだ。
パチパチ・・・
―気が付けば、自分たちのひとつ前のクラスの発表が始まった。
カレン 「ねぇ、『次だからすぐ出れるように準備しておいて』って隣の人に伝えて!」
指揮者であるカレンが、こそこそと小声で伝言を回し始めた。
♪~~~
マキ 「・・・。」
パチパチ・・・
生徒 「続いて、高1A組のみなさんです」
カレン 「ひゃああああ」
生徒 「カレン!大丈夫!頑張ろう!」
生徒 「早く行かないと!さぁ!マキちゃんも!」
生徒 「緊張するな~」
―クラスの皆が舞台に上がり、カレンとマキも自分たちの位置についた。
ステージは思っていたよりも広くて。
そして、思っていたより眩しい空間だった。
カレンが手をあげ、クラス全員が半歩足を開く。
マキも鍵盤の上に手をのせる。
そしてカレンがマキを見て、頷いた。
手を振り始め、いつものように前奏が始まった。
―しかし、マキの視界は徐々に暗くなっていく。
このままではだめだ、と思いながら必死に鍵盤を叩く。
クラスの皆が歌い始めた。
自分がどこを弾いているのか、そもそも自分はここにいるのか分からないまま、頭痛と共に目の前に見えたのは、自分が忘れようとしていた光景だった。
上からバラバラと落ちてくるボールペンが、鍵盤に当たって自分の手を見えなくする。
乗り切らなくなったペンは、床に落ちて山積みになっていった。
過去の記憶が襲いかかり、恐怖と息苦しさで
呼吸が荒くなった。
生徒 「ねぇ・・・マキ先輩が・・・」
生徒 「えっ・・・」
ルイさん (マキちゃん・・・!)
―マキに内緒で見に来ていたが、彼女の異変に気付いた彼の隣には、マキの母親がいた。
カレン 「・・・!?」
親友の異変に気付いたカレンは、このまま演奏を続けるべきか、やめるべきか戸惑った。
―聞こえてきたピアノの音は、まるで子供が弾いているかのように不安定で、マキの音とは思えないほどガタついていた。
生徒 「黒川さんが・・・」
生徒 「何、どうしたの?」
生徒 「おい、やばくないか・・・!?」
ルイさん 「まさか・・・フラッシュバックしたんじゃ・・・!?」
マキのお母さん 「・・・!?」
カレン (なんとか音は出ているけど・・・このまま続けたらいけない気がする・・・)
乱れがちなテンポのまま、なんとか歌声をまとめようとカレンも必死に手を振った。
生徒たちも全員マキを心配そうにちらちら見ながら、歌っている。
♪~~~♪♪~
マキは必死に幻想を振り払おうと、演奏を続けた。
相変わらず視界は黒く、今にも倒れてしまいそうな苦しさだが、クラスの皆が一生懸命練習してきたことを、自分のせいで台無しにはできない。
マキのお母さん 「マキ・・・!」
マキの母親は思わず席を立った。
♪~~~
最後の盛り上がるフレーズに差し掛かるとき、
誰かが自分の手を支えてくれているように感じた。いつもの音色を取り戻し、客席からはため息が漏れた。
♪♪~~~♪
最後の一音を弾き終えると、会場はしんと静まった。
なんとかやり切った。カレンと目を合わせ、
安心したかのようなホッとした目で頷いた。
やはり、あれは予知夢だったのだろうか?
『未来はマキしだいだからね』
父の台詞が、ぼんやりとした世界に響いた。
―その後の事は、あまり覚えていない。