2.
「いた! 一平がいた!」
「ほらね」
「絵本の中に入っちゃった!」
美久が言うのに、お母さんは、
「そりゃたいへんだ!」
と、うかれていて、ちっとも本気にしていない。
美久は絵本を持って、お母さんのところに行くと、スカートを引っぱって
「ねえ、見てみて」
と、うったえた。
「美久! あぶないよ! 今コロッケ作ってるから、油のそばによったらだめよ。はねるから! あっちで一平と遊んでてね。おねがい」
美久は半分なき顔になりながら、お母さんにうったえるのをあきらめて、ソファの横にもどると、本を振ってみた。
でも、一平は本の中に入ったきり、落ちてこない。
「ああ、一平!」
美久はソファに座ると、絵本を開いてみた。 最初のページ…、一平はうさぎのくにの雪の中に、ちょこんと座っていた。
絵本はいつものように
『しずかなゆきの朝です』という言葉ではじまっている。
今日はあたたかかったから、一平は半そでいちまいだ。
「ああ、寒くないかしら」
こんなことになるとわかっているんだったら、せめて長そでのシャツでも着せておけばよかったものを…。
美久は心配になり、次のページをめくってみた。またまた、いつものように、ウサギのくにのおくさまがたが、三人、おつかいかごを下げて、出てきた。
一平は、同じようにちょこんとすわって、ぽかんとしている。
そして、お話は少し変わっていた。おくさまがたが、一平に気がついたのだ。
「あら、赤ちゃんよ。こんなところに」
「にんげんの赤ちゃんって、うわさに聞いていたけれど、ずいぶんと大きいのね」
「どこからきたのかしら」
一平の方は、ウサギのおくさまがたのことなんか、ちっとも気にしていないようすだった。
美久は、先が気になって、つぎつぎにページをめくって、お話をたどっていった。
一平は空を指さしていた。そして、おくさまがたは、みんなで、その指の先を見上げている。
「ああ、あそこ、あの空の穴から落ちてきたのね」
「雪といっしょに!」
そして、三人のうさぎは気がついた。
「雪の王子かもしれない!」
さて、もともとのお話はどうだったか、美久は思い出してみたけれど、頭の中はまっしろで、よく思い出せなかった。
「ぶぶぶぶー」
一平のいつもの言葉が、お話になって書かれていた。
そうそう、いつも一平は、あらぬ所を指さして、ついつい美久もその指先を見てしまうのだ。
「ぶわぶわぶわ」
一平が言うと、おくさまがたは、声をそろえて
「ぶぶらばー王子!」
とさけんだ。
そして、美久はハタと気がついた。そうだ、いつもだったら、「ラビット王子」が出てくるところだ。このおくさまがたときたら、一平のことを知りもしないで、なんていいかげんなんだろう。
「おとなって…、とくにおくさまがたって、絵本の中でも同じなのね」
出番を失ったラビット王子は、馬に乗って、通りかかっただけだった。一平が絵本の主人公になってしまったのだ。
だけどこの先どうするのだろう。いつもだったら、ラビット王子が悪いフォックス大臣の所にのりこんで、たいじするんだけど…。ラビット王子は剣を持っているからいいけれど…。一平ときたら、水色のしまのシャツ一枚きり。
美久は、心配になり、もう一度お母さんにうったえてみた。
「お母さん! お母さん! たいへん! 一平がぶぶらばー王子だって! フォックス大臣にやられちゃうよ!」
「あら、一平が王子さまなんてステキじゃない、美久」
やっぱりだめか…。お母さんは、コロッケの方から目をはなそうともせず、振り返りもしなかった。
これは、もう、美久一人で一平のゆく末を見届けるしかない。美久はかくごを決めた。
ラビット王子は、通りすがりに、王冠と剣を落として行き、おくさまがたは、それを一平に持ってきた。
「もう、お話までいいかげん…」
美久は、ページをめくる。
一平の頭に、大きい王冠が目の上までかぶさって、剣を持ち上げることもできず、おくさまがたに、そりで運ばれていた。
よく見ると、剣はきらきらと光っていて、一平の顔が近づいている。
「なめちゃ、だめよ!」
美久は声を荒げた。
絵本の中とはいえ、剣は剣。そんなものなめたら、べろが切れてしまう。
「はーい! 一平! おねえちゃんの言うことを、ちゃんと聞くんですよ」
お母さんは、あいかわらず、コロッケを揚げる手を休めもせず、楽しそうに声をあげた。美久はじっとお母さんのお尻をにらんだが、お母さんにかまっているひまはなかった。




