かまくらと風花のお客さま
「風花、ふうかちゃん、起きて」
いつもより弾んだ声でお母さんが起こしてくれました。
眠い目をこすりながら起き上がる風花の肩にふわりとカーデガンを羽織らせてくれたお母さんは、ほら、とカーテンのところに風花を連れていきます。
カーテンの向こうの光は、いつもより眩しいように思いました。
「ほら見て」
お母さんが風花を優しく見つめながら、しゃっと勢いよくカーテンをあけます。
背伸びをした風花の目には、真っ白の世界が飛び込んで来ました。ガラスはびっくりするほど冷たくて、でもそんなのが全く気にならずに風花は真っ白になった外に魅入られました。
「お母さん、お母さん。すごい、お外、どうなったの?」
「雪が積もったのよ。あとでお庭で出てみたら? 今日は小学校がお休みってメールが回ってきたし」
わくわくしたまま、風花は部屋を出ます。
いつもはもうお仕事に行っているお父さんが家にいました。テレビを観ながら風花に気付くと、おはようと笑ってくれます。
「お父さん、お外が真っ白」
「ああそうだね。お父さんのお仕事も今日はお休みだ」
「一晩で積もっちゃって、これ溶けるかしらね」
「明日まで降るらしい。まあ明日は休日だから……」
お父さんとお母さんが話しているのをなんとなく聞きながら、風花はぴたりとおでこをガラスに付けて外に目をこらしました。
いつもならたくさんの色の屋根が、どこもみんな白です。お庭の木にも白い雪が重たそうにのっています。お母さんの大事な花壇もどこかわからなくなっていました。
「どうして真っ白なの?」
「雪が積もったんだよ。そうか、風花はこんなに降ったのを見たのは初めてか」
冷えるよ、と注意したお父さんは風花をダイニングテーブルに呼びました。
風花が自分の椅子に座ると、あたたかいミルクを入れたカップを渡してくれます。ガラスにぴたりと押しつけていた手のひらに、カップはいつもより熱いと思いました。
お父さんとお母さんと三人で朝ご飯です。お休みの日なら三人で食べますが、いつもはお父さんはいない時間です。そのお父さんが家にいて一緒に食べられるから風花は嬉しくて、いつも美味しいお母さんのご飯をもっと美味しく食べられました。
ご飯の後は着替えです。
小学校に行く時とおんなじように、厚いコート、マフラーはグルグル巻き、手袋もはめます。ただ靴は違いました。大好きなピンクの靴じゃなくて、赤いレインシューズが玄関にありました。
「スノーブーツなんてないから、転ばないようにお父さん気をつけてね」
「ああ、注意する。さあ風花、庭に行こう」
玄関を開けたとたんに、たくさんのキラキラが風花に押しよせます。
思わずぎゅっと目をつぶりました。
そうっと目を開けると風花の周りが眩しく白く輝いていました。
「雪で光が反射しているんだよ」
「はんしゃ?」
「そう、鏡に光を当てると暗いところが明るくなったりするだろう? 雪がおんなじように働くんだ」
夜の間に世界を鏡みたいにする雪を風花はすごい、と思いながら手を伸ばしました。
冷たくて、白くて、思ったよりも固いものでした。
「ほら風花、こうやっておにぎりを作るみたいにしてごらん」
三角おにぎりじゃなくて丸いおにぎりだよ、お父さんはそう言いながらぎゅぎゅっと雪玉を作りました。
風花も両手に雪をすくっておにぎりおにぎり、と握ります。
手の大きさの雪玉ができました。
「次はそれを地面の上で転がしてごらん。だんだん大きくなるから」
ころころ、お父さんの真似をして風花は雪玉を転がしながら大きくしていきます。
夢中で転がしているうちに、両手で押さないと動かなくなりました。そうしてお父さんに手伝ってもらわなければならないくらいに大きく、固くなりました。
お父さんの雪玉と、風花の雪玉ができあがります。お父さんは風花の雪玉を乗せて、そこに黒い画用紙で目を、赤い画用紙で口をつくって貼り付けました。
「雪だるまだよ。雪の妖精さんだ」
「雪だるまさん。お父さんと風花の雪だるまさん」
風花は夢中で雪だるまの周りをぐるぐると歩いて、前から後ろから雪だるまを眺めます。雪だるまはにっこり、まん丸な目で立っていました。
お父さんはガレージからスコップを持ってきました。まだ柔らかい雪に差し込みます。側にバケツも置きました。
「この雪の量ならかまくらもできるかな」
「かまくらってなあに?」
「雪の、お家かな」
「雪のお家? 風花知ってる。えいって踏ん張ったらできるんだよね、お父さん」
体を斜めにして風花はえい、と赤いレインシューズで雪を踏みしめました。でもなんにも起こりません。風花はえいえいと雪を踏みましたが、足跡がつくだけです。
お父さんは風花に笑いかけました。
「踏んでもだめだよ。雪を集めて固めていくんだ」
お父さんは汗をかきながら雪を集めます。なぜか水を時々かけます。
庭の雪はお父さんの手で高くなります。風花の背丈を追い越し、とうとうお父さんの背丈くらいになりました。
「これくらいかな」
独り言を呟いて、お父さんはもう一度水をかけ、スコップでたたいて上をまあるくしていきます。
ちょっと待っていて、とお父さんは家に入りバケツを持ってきました。
「お父さん、お水をまたかけるの?」
「いや、塩水だよ。お母さんの花壇から離れたところだから、いいだろう」
こうすると雪が固くなるんだよとお父さんが教えてくれたので、風花も雪だるまに塩水をかけました。
よし、とお父さんの声が明るくなりました。
まんまるなかまくらが庭の真ん中にできています。初めて見るかまくらに、風花のわくわくも止まりません。
「ちょっと休憩な。あとで中を削ろう」
「作ったのに削るの?」
「中に入れるようにするんだよ」
外は冷たいのにお父さんは汗をうっすらかいています。
お家であたたかい飲み物を飲もう、お父さんはふうっと息をはいてスコップをかまくらの側に立てかけました。
お母さんはクッキーとお父さんにはコーヒー、風花にはココアを用意してくれました。
こくり飲み込むと甘くてあったかくて、体の中からほっとします。
ガラス越しにかまくらと雪だるまがきらきらしています。風花はすぐにでも雪だるまのところに行きたくて仕方ありませんでした。
休憩が終わり、また風花はお父さんと庭に出ます。
お父さんは菜箸を何本も持っていて、かまくらに突き刺しました。そうしてお父さんは慎重に、スコップの先を使って雪を削っていきます。風花も小さなスコップを手にしてお手伝いをします。
中を削って菜箸の先が出てくると、そこでやめます。
「こうやって掘ると中の厚さがおんなじになるんだよ」
お父さんは背中を丸めながらスコップを使います。
風花も菜箸の先に気をつけながら、中から固くなった雪を掘りました。
とうとう、お父さんが掘るのを止めました。
「よし、掘るのは終わり。あとは床を平らにすればできあがり」
お父さんは立てないけれど風花はかまくらの中に立つことができました。
お外に、雪の家ができました。雪でできているのに中は寒くありません。風花は何度もかまくらの中と外を出入りし、そばに立つ雪だるまを見つめました。
お父さんが床にレジャーシートを引いてくれたうえに、座布団も置いてくれました。
「できた。風花のかまくらだよ」
「風花のかまくら、風花の?」
「お父さん、風花。おじゃましてもいい?」
お盆をもったお母さんも庭に来ました。三人で入るとかまくらはぎゅうぎゅうです。
お母さんはぜんざいを作ってくれていました。かまくらの中で食べると、ほっぺたがおちるくらいに美味しいのです。風花はおもちを二個も食べてしまいました。
その後は雪合戦をして、風花とお父さんとお母さんは楽しい時間を過ごしました。
「かまくらは夜がステキなんだよ」
お父さんがLEDのランプを用意して、嬉しそうです。
風花もドキドキしながら夜を待ちました。
夜ご飯を急いで食べて、三人で夜の庭に出ます。家の電気は全部消してありました。
レジャーシートに座って、真ん中にランプを置きます。ぼうっと優しいあかりがかまくらの中に広がり、昼の時と違いました。お父さんもお母さんも黙ってランプを見つめています。
風花もかまくらの中から、また降り出した雪を見ていました。
お母さんが肉まんをくれました。小さな水筒にココアも入っています。
まるで遠足のおやつみたいで、風花はとても嬉しくなりました。
「お父さん、お母さん、風花もう少しここにいたい」
「そう? あまり冷えないうちに戻っておいで」
かまくらの入り口は家から見えるので、お父さんとお母さんは家に戻りました。風花は座布団の上で三角座りをして、自分のお城にいます。
雪が音を吸い込むんだよとお父さんが教えてくれました。確かにしんとして、車の音も聞こえません。
少しずつココアを飲んで、ちょっとだけオトナになった気分でいた風花は、小さな声を聞き取りました。
「――ふうかちゃん、僕もかまくらに入りたいんです」
「だあれ?」
「僕だよ、出てきて」
レインシューズをはいてかまくらの外に出た風花は、きょろきょろしましたが誰もいません。
でも確かに誰かが風花の名前を呼びました。お父さんだったのかなあ、と窓ガラスからのぞこうとした風花は、またおなじ声を聞きました。
「ふうかちゃん、ここだよ」
「え? ええっと、雪――だるま、さん?」
「そう、雪だるまだよ。入れてくれる?」
「風花のお客さまだね、どうぞ」
「ありがとう」
足がないので雪だるまはすべるようにかまくらの中に入りました。するんとレジャーシートの上に乗ります。風花もレジャーシートに戻って、正座をして頭をさげました。
「いらっしゃいませ」
「お招き、ありがとう」
にこにこしている雪だるまが、風花にオトナみたいなあいさつをしました。
風花もおおまじめに頭を下げて、お客さまの雪だるまとおしゃべりします。遠い、あたたかいところの海から運ばれてきたんだと雪だるまはお話します。
湿った空気だったのが、信じられないくらい高いところに連れて行かれたら冷たく、冷たくなってしまって雪としておちてきたのだと風花に教えてくれました。
「大きな海も、高い山も見てきたよ」
「お魚はいた?」
「たくさんいたよ」
ココアは熱すぎて飲めないと雪だるまは言いました。風花はコートのポケットに入っていたキャンディをあげます。甘くておいしいと雪だるまはキャンディをなめて、嬉しそうでした。
雪だるまは風花の知らないことをたくさん教えてくれます。風花もお返しに、お父さんのことやお母さんのことを話しました。
あっという間に時間が過ぎました。
「ふうかちゃんは寝る時間だね。今日はありがとう」
「雪だるまさんおやすみなさい」
「お休みふうかちゃん」
風花はバイバイと手を振って家に入りました。お風呂の気持ちよかったこと。ほかほかになった風花は、ベッドに入るとすぐに眠ってしまいました。
次の朝、がばりと起きた風花は窓から外を見ます。かまくらと雪だるまはちゃんとありました。
おはようとあいさつをして、風花は雪だるまのところに急ぎます。でも風花が何を言っても、雪だるまは返事をしてくれませんでした。
がっかりした風花がかまくらをのぞきこむと、シートの上に何かが乗っています。
銀色にぴかぴか光る筒のようなものでした。
お父さんに見せると、びっくりした顔で筒をのぞきこみました。
「風花、のぞいてごらん。これは万華鏡だ」
お父さんの真似をして筒の横からのぞきこんだ風花は、びっくりしました。
中に白い模様が広がっているのです。よく見ると同じ模様が六つあり、それがずっとひろがっているのです。
「お父さん、きれい」
「これは六花、雪の結晶だ。不思議だね、見るたびに模様が変わっている」
「ほんとう?」
お母さんも見たがり、のぞいたまま筒をぐるぐる動かして小さな声をあげます。風花もぐるぐるしながらのぞきこむと、どんどん六つの模様がつながり広がっていました。
夢中で不思議な万華鏡を見ていて、風花はぐしゃっという音を聞きました。外からです。
庭のかまくらの天井がつぶれていました。
「お父さん、かまくらがこわれちゃった」
「暖かくなったから、雪が溶けたんだ。危ないからもう入っちゃだめだ」
風花の胸がどきんとします。かまくらが溶けたら――雪だるま、は?
お父さんに万華鏡を渡して風花は庭に出ました。雪だるまはそこにありましたが、口が落ちています。ちょっと縮んだようにも見えました。せっかくお友達になった雪だるまが消えてしまうかと思うと、風花は泣きそうです。
お父さんにどうしたらいいか、聞きました。
「小さい雪だるまにして、冷凍庫に入れておこう。小さなお客さまになってもらえばいい」
そうして風花の家の冷凍庫には小さな雪だるまがちょこんと入りました。
アイスを食べるために開けても溶けないように、一番奥に雪だるまはいます。
風花は素早く扉を開けて話しかけます。
「また雪が積もったら大きくしてあげる。かまくらにも入れてあげるからね」
六花の万華鏡は風花の宝物になりました。
風花も雪のことなんだよ、生まれた時に花のように雪が舞っていたからね、とお父さんが教えてくれました。
それを聞いて風花は冬と雪が大好きになりました。六花の万華鏡をのぞいては、模様を画用紙に描いたりします。
いつかまた雪の日に、大切なお客さまとお話したいと強く願います。
風花は雪だるまにたくさん教えてあげようと、勉強もがんばることにしました。
物知りな雪だるまに負けていられません。
また会える時が来たら、と、風花は雪の結晶の本を開いてほほえみます。