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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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ナイトレイ家の日常

作者: 遊騎



 とある村の外れに、一つの家がある。


 ナイトレイ家。


 大家族で、村の者たちから好かれ、時には頼られるこの家は、毎日が騒がしい。





 まだ空が青白い時間から、ナイトレイ家の朝は始まる。


「パパー!」


「おやじー!」


「とーちゃん!」


「「「おっきろー!」」」


「ゲフッ!」


 小さな3つの影が、ベッドで寝ていた部屋の主の上に飛び乗り、主はその衝撃に呻いて目覚めた。


「ぅぐ…」


「パパお()てー」


「起きろだめおやじー!」


「だめんずー!」


「誰がだ! …はぁ、おはよう。イース、アベル、バジル」


「おはよっ」


「はよー!」


「かーちゃんとシャルねーちゃんが作ったメシが冷めるぞ!」


「まだ空、白いんだけど…」


 そんな抗議に近い呟きも届かず、ミッションをクリアした子どもたちはさっさと部屋を出て行く。


「かーちゃん! とーちゃん起こしたぜー!」


「ありがと、バジル」


「今日の晩メシなに!?」


「アベル、気が早いわよ! まだ朝食も食べてないじゃない!」


「シャルおねえちゃま、おはようなのー」


「おはよう、イース。今日も天使ねっ」


 キッチンが賑やかにしていると、玄関の方からも騒がしい声が聞こえてきた。


「腹減ったー!」


「兄さん、ご飯の前に汗流さなきゃ」


「フェリスは一々うっせーな」


「昨日、汗だくのままリビング行って、シャルに外まで吹き飛ばされたこと、もう忘れたの!?」


「……めんどくせー」


「ほら早く!」


 声が遠ざかって行くと、お次は地下から謎の振動が。


「あん? またか、オリヴィアー」


「回収済み」


「あらぁ、クリス姉さん、また失敗?」


「失敗ではない! 偉大なる結果への一歩だ!」


「つまり失敗な。エリーゼ、治療してやれ」


「はぁい、お父さん」


「な! 止めろ、エリーゼ! ボクに近付くな!」


「ほらぁ、クリス姉さん逃げないで。わたし特製の傷薬ぬれないでしょお」


「ば、ばか! お前の薬は超滲みて……、オリヴィア!? 何をする、ボクを放せ!」


「大人しくする」


「はぁい、クリス姉さん、イイ子ねぇ~」


「ギャーッッ!」


 その悲鳴に共鳴するかのように、違う泣き声が響き渡る。


「おぎゃあ! おぎゃあああ!」


「ん? ミシェル起きちゃったか」


「オレ見てくるー!」


「オレもー!」


「アベルたちだけじゃミシェルが心配だから、アタシも行ってくるわ」


「よろしくねー。じゃあ、イース。これ机に運ぶの手伝ってくれるかな?」


「あい!」


 机に半端ではない量の料理たちが並べられたところに、半裸の青年たちがリビングへやってきた。


「あ、昨日のブルベア」


「美味しそう」


「こら、2人とも。ちゃんと上を着なさい」


「あちーんだもん」


「薄手のシャツがあったでしょ?」


「ん」


「あ、オリヴィア、持ってきてくれたの? ありがとう」


「サンキュー」


「どういたしまして」


「お母さぁん、これさっき採ってきたトメート(トマト)ちゃん~」


「わぁ、立派な完熟トメート。洗ってサラダに加えといてくれる?」


「うぅ…、痛い。エリーゼのバカものめ」


「ハリー、他はどうした?」


「おはよう、ジャック。今日も凄い寝癖だね。シャルたちならミシェルを迎えに行ってくれたよ」


「そうか」


「パパはぼくのとなりなのー」


「おー、イースの隣なー」


「おぎゃあっおぎゃあっ」


「母さーん、ミシェルのごはーん」


「メシだー!」


「あ! クロにいちゃんおかえり!」


「このブルベア、クロにーちゃんが狩ってきたのか!?」


「おう。5mくらいしかない小者だったから簡単だったぜ」


「スゲー! オレたちまだ2mしか狩れないのに!」


「おぎゃああっ」


「おむつは変えといたからー」


「ありがとー。じゃあ、みんな座ってー」


 わいわいと喋りながら、全員が椅子に座る。


「そんじゃ、今日も自然の恵みとハリーたちに感謝して、いただきます」


『いただきます!』


 全員が揃ったところで順に紹介して行こう。


「肉うめー!」


 長男、クロード。

 24歳。

 ダークブルーの短髪に切れ長の青い瞳は、黙っていればクールに見える顔立ちの美青年だ。黙っていれば。

 外見に反して、ナイトレイ家騒がしい奴筆頭である。

 ハンターを生業とし、今日の朝食の一品も彼が狩ってきたものだ。


「シャルロット、これ新作? 美味しいよ」


 次男、フェリクス。

 23歳。

 金髪に翡翠色の瞳と柔らかな物腰は、まるで物語に出てくる王子様のよう。

 堅実的で真面目な性格の、砦勤務の騎士である。


「ホント? 良かったー。ようやく近い材料を見つけてね、やっと実現出来たわ!」


 長女、シャルロット。

 23歳。

 綺麗な赤毛を一つに束ね、夕日色の瞳をした美女だ。

 村の一角に自分の店を構えている、菓子職人(パティシエ)

 長男のバカな行動に鉄拳を入れられる強者であり、たまに不可思議な言動をする変人でもある。


「おいエリーゼ! 何故ボクの皿にキュカン(きゅうり)ばかり入れるんだ!」


 次女、クリスティーナ。

 19歳。

 美しいブロンドに深紅の瞳、真っ赤な唇からはやけに尖った牙が覗く、芸術品のように美しい姿をした少女だ。

 実態は、地下にある自分の研究室に引きこもっている野菜嫌いのマッドサイエンティストである。


「だぁってぇ、クリス姉さんたら、わたしの育てたお野菜さんたち、いーっつも残すんだものぉ」


 三女、エリーゼ。

 15歳。

 くりんと外に跳ねた肩までの金髪に、草原色の垂れ目。

 出るところ出て引っ込むところは引っ込んでいるナイスバディの持ち主だ。次女のちびっ子体型が可哀想になるくらいに。

 チャームポイントは、毎日着けている耳まで覆い隠すヘッドドレス。

 植物が好きで、自分で開拓した農園や庭園を持っている。


「好き嫌いするから、チビ」


 四女、オリヴィア。

 12歳。

 お尻まである黒髪をツインテールにし、右目は眼帯で隠れ、隠れていない左目は黒色。

 常に無表情で、魔法センスが抜群。よく使う魔法は、薬を嫌がる次女を捕まえるための捕縛魔法である。


「バジルのカツもーらいー!」


 三男、アベル。

 7歳。

 癖っ毛の赤毛に鳶色の瞳の美少年。

 元気盛りのわんぱく坊主で、驚異的な身体能力の持ち主。

 バジルといつも一緒に行動し、することは大概狩りや悪戯である。


「ふふん、甘いぜ! アベルの肉団子もーらい!」


 四男、バジル。

 7歳。

 灰色の髪に金色の瞳の美少年。

 こちらも元気いっぱいのわんぱく坊主である。

 膨大な魔力を保持するが故か、細かい魔力コントロールが苦手で派手な魔法しか使えない。


「ママ、あーんなのー」


 五男、イース。

 4歳。

 ふわふわの白髪に赤色の瞳。

 素直で大変可愛らしく、長女曰わく天使。


「だぁーぶー」


 六男、ミシェル。

 生後半年ほどの赤ん坊。

 毛は金色で、瞳は茶色。

 よく泣き、よく食べ、よく寝る子である。


「ありがとう、イース。ジャック、ちゃんとミシェルにゲップさせてね」


 一家の支え、ハリー。

 40歳。

 銀髪に蒼色の瞳。

 性格はのん気で大らかで、ちょっとズレている。

 長男たちと並べば、兄弟と間違えられるほど若々しい美形である。


「わーってるって。あ、ハリー、そこの野菜炒め食わして」


 最後に一家の大黒柱、ジャック。

 45歳。

 盛大に爆発させた茶髪に、同色の目には隈が出来ている。

 がっしりとした逞しい身体だが、無精ヒゲや髪のせいで子どもたちの言う通りダメンズ感が漂っている。



 親2人、子10人の、計12名。

 これが、ナイトレイ家の者たちである。









 太陽が顔を出し、村の人々が起き始めてきた頃。


「行ってきます」


「行ってきまーす」


「行ってきー」


 上3人が家を出る。

 フェリクスは砦へ、シャルロットは店へ、クロードは行き先不明。


「洗濯物終わった」


「お母さぁん、洗い物終わったよぉ」


「ありがとー。学校の用意は大丈夫?」


「平気」


「ばっちりよぉ」


 オリヴィアとエリーゼは村から少し先にある町の学校に。


「ボクは部屋に戻るから、夕飯が出来たら呼んでくれ」


 クリスティーナは自室に引きこもり。


「バジル早くしろよ!」


「今行くっつーの! イースも来るか?」


「いくー!」


「おし! かーちゃん、遊びに行ってくるー!」


「山行ってくんねー!」


「ぼくもなのー!」


「夕飯までに帰っておいでね」


 アベル、バジル、イースは山へ遊びに。

 イースは日によって付いて行かなかったりするのだが、今日は行くらしい。

 遊びに行くと、夕方まで戻って来ない。

 ちなみに昼食は現地調達だ。


「ばぁぶ!」


「ミシェルは私と遊んでいようねー」


「じゃ、俺も行ってくるわ」


「行ってらっしゃい」


「ああ」


 行ってきますのキスをして、ジャックは仕事へ行く。

 そうして、ナイトレイ家は静かになる。

 騒がしさが戻ってくるのは夕方だ。






「母ー」


 ハリーとミシェルが昼食を食べていた時、クリスティーナが自室から出てきた。

 とても珍しいことだ。


「どうかした?」


「少し出掛けてくる」


「クリスが? 珍しいね」


「研究材料が足りなくて」


「手伝おうか?」


「いや、ボクが飛んで探せばすぐだし、いいよ」


「そっか。行ってらっしゃい。気を付けて」


「行ってきます」


 先程も言った通り、クリスティーナが部屋から出ることは珍しい。

 この日はそんな珍しいことが起こって、家にはハリーとミシェルの2人だけになった。






「ただいま」


 クリスティーナが帰宅したのは夕方だった。

 目当てのものが近場になかったので、時間が掛かったのだ。


「クリス!」


「シャルロット?」


 リビングからシャルロットが飛び出してきた。

 何故か血相を抱えている。


「どうした?」


「姉様、どこ行ってた?」


「研究材料を採りにレレレ山まで…」


「母さんたち見てない!?」


「いや…。何かあったのか?」


 どうも様子がおかしい。嫌な予感がする。


「お母さんたちが居ないのよぉ」


「何だって? 村は?」


「村も探したしぃ、町にはオリヴィちゃんが探索魔法使って探してくれたけど見つかんないのぉ」


「昼過ぎにミシェルを連れて村へ買い物に来てたのは、アタシの店にも寄ってくれたから知ってるけど、その後が…」


「山は?」


「アベルとバジルが探してるわ」


「クロードとフェリクスと父はどこに?」


「フェリスにはイースが伝えに行った。バカはどこに居るかも分かんないから論外。父さんには今からオリーが魔法で…」


「ボクが行くよ」


 クリスティーナには飛行手段がある。

 遠くにいるジャックに伝えに行くことも出来るのだ。


「ありがとう、クリスティーナ。お願いね」


「あともう一つぅ。今日、学校で聞いたんだけどぉ、最近人攫いが多いらしいのよぉ」


「なに?」


「人攫いか、可能性はあるわね」


「母の容姿ならな。しかも母は非力だ。攫うのは簡単だろう」


「人攫いは結構派手にやらかしてるらしくてぇ、騎士さんたちも追ってるんだけどぉ」


「魔道具、持ってる可能性が高い。それも古代の遺物(オーパーツ)。追いきれない、私でも」


「オリヴィアの魔法が効かないのか…。なら、ボクでもダメだな。わかった」


 四女から淡々と早口に告げられた情報を持って、クリスティーナは飛び立った。

 入れ違いにフェリクスとイースが戻ってきた。


「シャル!」


「フェリス!」


「母さんとミシェルが居なくなったって!?」


 シャルロットは幼いイースでは伝えきれなかった情報を掻い摘んで話す。


「オリーの探索魔法が使えないのは厄介だね」


「ごめん」


「オリーは悪くないよ。それにしても、人攫いの奴らがここまで来てたなんてね」


「しっかりしなさいよ、騎士サマ」


「面目ないね。この人攫いたちは山賊一味なんだ。頭目はSランク。しかも王都でもやらかしてきたみたいでね。隣の領主が張り切ってて、騎士たちを追い出してくるんだよ」


「それでこのザマ? 王妃様のお使いさんにチクってやる」


 シャルロットの店には貴人の使いがよく来る。そこには王族の使いもおり、シャルロットのツテは多く広いのだ。


「ただいま!」


「ダメだ! かーちゃんもミシェルも匂いしねぇ!」


 山を探していたアベルとバジルが帰ってきた。

 もうじき日が暮れる。


「わたしが木々の声をちゃんと聴けたら、すぐなのにぃ…」


「エリーゼ姉様、それは言っても始まらない」


「分かってるけどぉ」


 その時。

 おぞましいほどの圧倒的で巨大な威圧感が、ナイトレイ家を…いや山全体を襲った。

 それに反応して山の獣たちが鳴き、飛べるものは飛び立って行く。

 そして、ナイトレイの兄弟たちは、それの正体を知っていた。


「帰ったぞ」


 クリスティーナが軽やかに、玄関へ入ってくる。

 そして、その後ろにいる重圧の発生源。



「ハリーはどこだ」



 ブチギレな一家の大黒柱である。









 一方、攫われたとみられていたハリーとミシェル。


 その通りだった。


 ミシェルを背負いながら、村から家へと帰ってる途中に、ガラも人相も悪い男たちに攫われたのである。

 2人は檻の中。

 2人以外にも若い娘が何人もいる。

 男たち…恐らくそれぞれで娘たちを攫い、集合地点であろう山の奥に集まっていた。

 全員で50人というところか。


 現在、山賊は結界の魔道具を張って酒を飲んでいる。

 この魔道具が、結構な上等品だった。

 効果は結界だが、探知される方法全てを遮断するという恐るべき古代遺物である。

 魔法が得意なオリヴィアや、鼻の利くアベルとバジルが見つけ出せない理由であった。


 さて。

 檻の中の娘たちは、全員自分の今後を想像して、怯え泣いていた。

 そんな中。


「夕飯の仕込みの途中だったのになぁ。どうしよう、即席で作れるものあったっけ?」


 ハリーは献立を考え直しており、ミシェルに至っては爆睡。

 緊張感の欠片もなく、2人はそこにいた。


「仕事が上手くいった時の酒はうめぇなあ!」


「まったくだ!」


「追っ手も来ねぇし、この魔道具チョーすげぇな!」


「そうだ、もっと酒を旨くするためによぉ、ちょいとばかし商品に酌してもらおうぜぇ!」


「それいいなぁ!」


「ワハハハハ!」


「どれがいいかな〜? お、アンタべっぴんだなぁ〜」


 山賊が檻を覗き、目に留めたのは。


「…ん? 私?」


 ハリーだった。


「声もキレェだなぁ! よし、アンタだアンタ。ちょっと出て来て、酌しろ!」


「ちょっと待ってね。ねぇお嬢さん、少しの間うちの子見ててくれない? 寝始めたばかりで起きる心配はないから大丈夫だよ」


「ぇ? は、はい、わかりました…」


「ありがとう。ミシェルっていうんだ。可愛いでしょ?」


 言っている場合か。


「おい! 早くしろ!」


「はいはい。酔っ払いの相手は面倒だなぁ」


 ハリーはどこまでも普通だった。


「うお! 上玉じゃねぇか!」


「おいおい、こんだけの人数を酌するのに1人じゃ足りねーだろーが!」


「すんません!」


 1人が檻へ向かおうとした先を、ハリーが塞いだ。


「私1人の酌じゃ、ご不満かな?」


 妖艶に微笑み、小首を傾げる仕草は蠱惑的であった。

 これに落ちぬ男は居なかった。


「イーオンナだなぁ!」


「不満なんてぇねぇよ!」


「おいこっち来い!」


「こっちだこっち!」


 ハリーはにこやかに酒瓶を手にして山賊たちの間を回る。


「わあ、これ良い酒だよね。どうしたの?」


「んなもん奪ってきたに決まってんだろぉ?!」


「酒屋から?」


「まさか! 山道を通って行く商人からだよ!」


「成程。商人の商品か。あ、はい、もう一杯」


「おう、ありがとよ」


「にしてもネェちゃん、肝が据わってんなぁ!」


「良い度胸してらぁ!」


「ネェちゃん、ガキと一緒にいたよな? ネェちゃんのか?」


「そうだよ、可愛いでしょ? 男の子だよ」


「なんでぇ、ヤロウかよ」


「ネェちゃんの子ならべっぴんになるだろうから、育ててから高く売ろうと思ったのによう!」


「「ぎゃははは!」」


 下品に笑う山賊たちに何を言う訳でもなく、何をする訳でもなく、ハリーはただのんびりと微笑んでいる。


 日も落ち、暗くなった山の中。

 今宵は満月。

 木々の間から、光が差す。


 そんな風流を見ようともしない汚い山賊たちは変わらず酒を飲んでいる。


 ハリーは空を見上げ、それを見た。



 美しい月が、消える(・・・)瞬間を。



 月光も消える。

 魔物や動物、虫の声も聞こえない。

 空は闇色。

 不気味な夜に娘たちはますます怯え、ハリーは笑って言った。


「ごめんなさい、お迎えだ」


『は?』










「ーーっらぁぁああああああ!!!」



 パリン…ッ

 儚い音を立てて、結界が砕け散った。


「なっ、何だぁ?!」


「敵襲か?!」


「何もんだゴラァァ!」


 山賊たちが各々武器を手にし、辺りを見渡すが何もいない。

 居たとしても明かりが不十分で見えやしない。


「ミシェル、おいで。お嬢さん、預かってくれてありがとう。ついでに助かるよ」


「えっ?」


 ハリーが混乱した山賊たちから抜け出し、ミシェルを抱きながらそんなことを言っていた時。


 ズドォォンッ


 山賊がいる中心に、派手な音を立てて一つの影が空から降り立った。


「俺のに手ェ出すたぁ、良い度胸じゃねェか……。死ぬ覚悟は出来てんだろぉなあ!!!」


 ジャックである。

 仕事着のまま、手に大剣を持って、吠えた。

 その声に同調するように、月を消したその存在が(いなな)く。


「グォオオオォォオオン!!」


「ヒッ!」


「ど、ドラゴンだと!?」


「ウソだろ! あの大きさだと、ランクSSSだぞ!!」


「おい待て。あのドラゴン、白くねぇか…?」


「まさか…!」


 ホワイトドラゴン。

 絶滅危惧種であり、ドラゴン種の最強生物。

 そして、最も身体が大きいとされているドラゴンだ。

 大きさについては、幼竜で他の成竜したドラゴンと同じだと言えば異常さが分かるだろうか。

 国と冒険者ギルドで定められている討伐ランクは、幼竜で最上位のSSS、成竜は討伐不可能(オーバーランク)とされている。


「初めまして、砦勤務騎士の『剣聖』と言えば分かるかな?」


 ジャックと同じく仕事着のまま自分の二つ名を名乗り、腰に帯刀していた二刀の剣を抜くフェリクス。


「母さんを返しなさい!」


 籠手を付けて勇ましく構えるシャルロット。


「今が夜で良かった。ボク、昼間は全力出せないんだよ」


 そう呟きながら、彼女の美貌に全く似合わない、黒く禍々しい羽で宙を浮くクリスティーナ。


「うちに手を出すなんて、バカ」


 闇夜に紛れる2つに結わいだ美しい黒髪を靡かせて、自分の背後に数百の魔法陣を展開して待機するオリヴィア。


「ちゃあんと表札の下に『命が惜しかったら、何もせずに全力でこの家から逃げろ。王国騎士団団長より』って札をかけてあるのにねぇ」


 いつものヘッドドレスを外し、先端が少し尖った耳が覗いているエリーゼ。

 尚、札については騎士団長から直々に申しつけられたものだ。


「やっと匂いした!」


「かーちゃんとミシェルの匂い!」


 鼻の利くアベルとバジルが、木の上を伝いながらそう言った。

 アベルにはひょこひょこ動く狼耳にふさふさの尻尾、バジルは頭から捻じ曲がった2つの角と背から蝙蝠羽が生えている。


 長男以外が勢揃いしたナイトレイ家。

 ナイトレイ家は絶対関わりたくない一家として、国の上層部でとても(・・・)有名だ。



 近隣国家の中で最強と謳われる王国第三騎士団隊長、ジャック。


 国境付近砦勤務、剣の達人の称号を持つ『剣聖』、フェリクス。


 世界武闘大会の優勝者の武闘派パティシエ、シャルロット。


 種族の中でもオーバーランクに位置する純血のヴァンパイア、クリスティーナ。


 忌み子の象徴、黒髪を持つ一級魔法使い、オリヴィア。


 禁忌の存在ハーフエルフ、エリーゼ。


 人権が認められていない国が多い獣人、アベル。


 人類の敵である魔族、バジル。


 最強種ホワイトドラゴンの幼竜、イース。



 これを敵に回したいと言う者は自殺志願者くらいだろう。


 げに恐ろしきはその絆。

 ナイトレイ家は家族に害なす者を容赦しない。

 『死よりも絶望を』が家訓にあるくらいだ。自殺志願者も逃げ出す。

 暴走すれば止められない。

 止められるとしたら……。


「みんな、程々にねー」


 こんな状況でものほほんと笑っていられるハリーくらい。

 ちなみに、ミシェルはまだ夢の中である。


「あ、そうだ。オリヴィア、こっちに攫われたお嬢さんたちが居るんだよ。被害を受けないように結界張っておいてくれる?」


「ん。…母様、心配した」


「うん、ごめんね。みんな、助けに来てくれてありがとう」


「グォオオン! グオ!」


「助けにくるのは当たり前よ! 母さんと弟が攫われたんだもの!」


「十分討伐対象だしね」


「母が居ないと、父がウザいしな」


「あらぁ。クリス姉さん、それはわたしも同意するわぁ」


「うん」


「お前らなぁ…。まぁいい。ハリー! あんま心配かけさすんじゃねぇよ! バカ!」


「ごめんね? 頑張って」


「〜〜〜あとでお仕置きな!」


 ジャックがハリーに指差してそう言うと、一斉に非難が飛んできた。


「父さん最低」


「変態」


「攫われた母さんに何てこと言うのよこのエロ親父!」


「えろおやじー!」


「とーちゃんのえろー!」


「グオォォン!」


「お野菜さんたちの養分にしますよぉ?」


「…展開、放出」


 子どもたちは家訓通り容赦ない。


 ナイトレイ家が家族漫才をしている間に、山賊たちは逃げようと駆け出していた。

 戦意はイースを見た時になくなっていた。

 しかし。


「な、何で!?」


「何でここから進めねぇんだよ!?」


「何なんだよ、この見えない壁はよぉ!」


 この辺り一帯は、オリヴィアが本気で仕掛けた結界があり、中から抜け出すことは不可能だった。

 結界を解くには術者、つまりオリヴィアを倒せばいい訳だが、オリヴィアの背後には数百の魔法陣がいらっしゃる。

 無理ゲーとはこのことか。


「それじゃ、やりましょうか」


 ナイトレイ家が一歩踏み出した。

 やるが『殺る』に聞こえたのは果たして気のせいか。





「コレどうする?」


 山賊はあっという間に倒された。

 一瞬の出来事であった。

 現在、山賊たちは捕縛され、ナイトレイ家の方々に囲まれている。


「普通なら捕縛完了後、速やかに牢へ入れるね」


「それが騎士としての普通なのね」


「そうだよ。でも、ここには僕らとコイツらしか居ない訳だし、ね?」


 攫われていた娘たちはジャックと共にイースの背に乗せて、砦へと運ばれた後である。


「うふふふ。そうね、アタシたちがしたことに騎士たちは言及しないでしょうしね」


「第三隊長がいるんだよ? 間違いは起こらないさ」


「うふふっ」


「はははっ」


 知人の中で笑顔が恐ろしいと評判の次男と長女だった。


「お、お前らぁ!」


「こんなことしてうちのお頭が黙っちゃねーぞぉ!」


「黙らっしゃい」


 喚く山賊にシャルロットが躊躇なく男の急所を蹴った。

 山賊たちはそれに怯みつつも頑張って吠える。


「おれらのところはなぁ、デカいし数が多いし、それぞれが強いんだぞ!」


「特にお頭は本当に強いんだ!」


「そうだそうだぁ!」


「それになぁ、今まで盗ったもんの中に、コレみたいな強力な魔道具もあんだぞぉ!」


「そうだ! 騎士がなんだ、ドラゴンがなんだぁ!」


「黙る」


「「ん?」」


 オリヴィアが山賊の口を強制的に塞ぐ隣で、アベルとバジルが鼻をヒクヒクさせた。

 そして、とある方向を見つめた先で、ガサガサと何かが音を立てる。

 影から人が現れた。


「あ? 何してんだオマエら」


 クロードだった。


「クロにいちゃん!」


「それ何? メシ?」


 アベルとバジルがクロードが持っている麻袋に食いつく。


「帰り道で拾った。フェリクス」


「何?」


「これでいっちょ、朝オマエの机にあった本にコーヒー零したの勘弁してくれ」


 ……。

 ……。

 ……。


「…………あ゛?」


 氷河期到来。

 平気で居られるのは、このパターンに慣れている家族くらいだ。

 山賊たちは身を寄せ合って寒さを凌いでいる。


「何て言った? …僕の本に何したっつったんだゴラァ!!」


「だからこれで勘弁…」


「ふざっけんなよこのボンクラ! 机にあったあれは初版! しかもシリアルナンバー入りの限定本! それをっ……あ゛ぁ!?」


「だから悪かったって」


 クロードが謝るが、フェリクスは聞く耳を持たない。

 仕方ないので繰り広げられる『剣聖』の二刀流をひょいひょいと立ち回って避ける。

 そんな2人を無視し、アベルとバジルがクロードが持ち帰った麻袋をワクワクしながら開ける。


「何が出るかな何が出るかな〜」


「ばーん! ………何だぁ、つまんないの」


「メシじゃなかったな」


「何入ってたの?」


 露骨にガッカリした弟たちにシャルロットが尋ねれば。


「「生首」」


 麻袋の中をひっくり返して、そう答えた。

 そう。入っていたのは中年層の男の首が複数だった。

 普通だったら絶叫ものだろう。さっきの娘さんたちとか。

 しかし。


「バカクロード! どうせなら食べれるもの狩ってきなさいよ! 使えないわね!」


「あ、そうだった。シャルロット、今日の夕飯どうしよう? 仕込みの途中だったんだけど、もうこんな時間だし…」


「狩りながら帰ればいいんじゃなぁい?」


「全員で狩れば、それなりになる」


 生首見てこの反応。

 ナイトレイ家が異常視される原因の一つだろう、間違いなく。

 むしろ生首を見て騒いだのは山賊たちの方だった。


「ぉ、お頭?!」


「お頭!」


「お頭だ!」


「それに幹部さんたちまで?!」


「嘘だろ!?」


「え、何? この首も山賊で、しかもアンタたちのボスなわけ?」


「…お頭が…頭だけに」


「ふはっ! オリヴィちゃん、笑わさないでぇ!」


 手にぶら下げた生首をまじまじと見ているシャルロットに、オリヴィアの冗談にエリーゼが吹き出した。


「お頭はランクSだぞ!?」


「そ、それなのに…」


「S? そこそこあったのね。コレ賞金出るんじゃない?」


「じゃあ、これはみんなのお小遣いにしよっか」


「かあちゃんマジで!? やっりー!」


「クロにーちゃん、サンキュー!」


「ところで、クロード。ボクは疑問なんだが、何故フェリクスへの詫びをこんなものにしたんだ?」


 フェリクスは本の虫である。

 金になる生首より本の方が喜ぶ。


「帰りの近道に居たんだよ。めんどくせーからそのまま突っ切ってったら、ソイツらが出てきて、とりあえずエラソーにしてた奴らを狩っといた」


「だから何故」


「ほら、フェリクスは騎士サマだし。ほっとくのはムリだろ? イコール使える」


 悪びれもなく言ってのけているところを見ると、あまり反省はしていなさそうだ。

 ちなみにこの間もフェリクスの攻撃は続いている。


「1人で山賊のアジトを潰したっつーのかよ…!?」


「一体何モンなんだ!」


 山賊のセリフに、シャルロットがポツリと呟いた。


「何もんなんだと聞かれたら、答えてあげるのが世の情け…」


「シャルロットがまた変なこと言い出したぞ」


「シャル姉さんも相変わらずねぇ」


 長女の変な言動にも慣れっこな家族である。


「クロード兄様は、ハンター」


 オリヴィアが親切にそう教えてあげた。


 冒険者ランクA、職業ハンター、クロード。

 一見普通の肩書きだが、違う。もちろん違う。彼はナイトレイ家の長男だ。普通なはずがない。

 クロードは基本自分が楽しめそうな依頼しかやらない為、中々ランクが上がらないのだ。

 が、美味しそうだったからという理由で無傷で亜竜を狩ってきたり、SSSランクに苦戦しつつも勝てる『剣聖』を軽い調子で負かすのでその実力は計り知れない。


「おう、帰ったぞ」


「おかえりー」


 娘たちを送って行ったジャックとイースが帰ってきた。

 イースは人型になっている。


「まぁま…」


「イース、お疲れ様。偉かったねぇ」


「ん、がんばったのー………くぅ、くぅ」


「おっと、寝ちゃった」


「いつもなら寝てる時間だしな」


「そろそろ帰ろっか。みんなー、帰る準備してー」


「父よ、夕飯を狩りながら帰るんだぞ」


「誰がいちばんか、きょーそーだ!」


「オレ! オレいちばんになる!」


「バカめ。俺が勝つ!」


「だとークロにいちゃん!」


「クロにーちゃんに勝つもん!」


「それじゃあ、わたしはアベルとバジルのサポートするねぇ」


「私も」


「いいぜ、ハンデだ。ま、俺が勝つしな」


「コイツらはここに置いていって、明日拾って砦行ったらいいんじゃない?」


「シャル賢いね。そうするよ」


 着々と撤収準備をしていくナイトレイ家に、山賊たちが焦る。


「ま、待て! おれらを置いていくのか!?」


「ふざけんな!」


「魔物に食われたらどうする!」


「誰が気にすんのよ、そんなの」


「シャルー、早くおいでー」


「はーい」


「ま、待ってくれぇ!」


「嫌だ死にたくない!」


「助けてくれよぉ!」


「あ」


 何かを思い出したらしいハリーがピタッと止まった。


「そうだ、これだけは言っておかないと。あのね、山賊さん」


 くるりと振り向いた拍子に肩にかかる程の銀髪がサラリと靡く。


「何かずっと勘違いしてたみたいだったけど、私











男だからね?」





 ナイトレイ家の両親は夫夫(ふうふ)である。












 ナイトレイ家。


 それは、とある王国の村の外れにある一家。


 それぞれが多方面への力を持つ、最強一家。


 人間7人、人外5人(?)の大家族。


 彼らは毎日、騒がしく愉快に過ごしている。






fin

閲覧ありがとうございました!

ナイトレイ家の詳細については活動報告にて。




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― 新着の感想 ―
[一言] 大家族、楽しく読ませて頂きました! 家族みんなが揃って過ごす日常の続きも見たいですが 夫夫が子ども達と出逢っていく話も見たいです! 卵を孵化するときの騒々しさも きっと、賑やかなんでしょうね…
[一言] すごく面白く続きが気になるので連載版お願いします。最後の男発言はびっくりです。二人の出会い~子育て~現在までのお話が読めたら嬉しいので続編お願いします。
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