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〓風車〓

作者: 松原志央

この小説は十一月の童話に参加しています。十一月の童話で検索すると、素晴らしき先生方の素晴らしき小説に出会えますよ。

【1】


 島原へ勉強を言い訳にして旅へ出た所だった。

 高校の仲間達の間で、まだ島原へ行ったことがない者は、私だけだと言うもので、どれ、何も恐れることはない、女が多いだけの島ではないかとやって来た次第であった。

 皆よりも多少裕福な家に産まれた私はそれ、作法だの、やれ清き信念だの、籠に入れられ育てられた次第であるから、色事なんぞには興味の欠けもなく、島原なんぞは、未知の世界だった訳なのである。

 それだから、この島へ入った時にはそれは大層驚いたもので、そこには女廊屋ここには娼婦の宿屋が溢れた光景に、暫し立ち尽くしてしまった。


「……っやめろ!私は娼婦でも無ければ女廊屋の者でもない!只の拾い子だ!」


 少女の鈴を転がした様な、でも強気な姿勢を感じる声にハッとして、私は自分が情けなくつっ立っている事に気付いた。

 どうやら揉め事らしい。


「いいじゃないか。どうせ拾い子ならば、その店の女になる宿命よ」


「煩い!私は15に成るまでにこんな汚ならしい所など抜け出すのだ!」


 見ると、どうやらここらでやっている店の踊り子らしい少女が、酔って柄の悪い青年男子に無理矢理に連れていかれそうになるところらしい。

 所が、皆はそんなことは当たり前の様に、誰も踊り子を助けようとしないのだった。

 気が付けば、若さと正義感に道溢れる年頃の私は、下駄を激しく鳴らし、紺がすりの着物と袴をはためかせ、踊り子を救済に向かっていた。


 男に向かって、手にした学生帽を投げつけて、気絶しているうちに踊り子の手を引いて路地裏へ入った。


「ここまで来れば、もう心配はないだろう」


「……ありがとう、ございます」


 踊り子はほんのりと頬を染めてうつ向いた。


「なぜ、あのような事に?」


「知りません。私は只、巾を買ってくるよう言われたので買ったまで。あの方は勝手に私を連れて……!」


「そなた、まだ子供か」


「14です。来年がそうです」


「そうか……てっきり、紅を塗っていたので私は17位かと」


「……」


 踊り子は古風な髪に、黄色の着物を纏い、腰掛けを巻いていた。

 ふと今気付いたが、この踊り子、目が澄んでいて美しく、先程の男が声をかけたのも分かるくらいだ。

 目が合えば最後、と言う所か。


「学生さまは、ここは初めてで?」


「あぁ」


「でしょうに。私を見る目が卑しくありませんもの。なぜ、貴方の様な真面目な方がこんな所へ」


「はは、その、情けない話なのだがな」


 そう言って踊り子の耳に手を当て、諸事情を話した。

 踊り子は私の行動に驚きながらたじたじと耳をかたむける。


「つまりは、貴方の強がりですか?」


「その通り」


 私が微笑むと踊り子はハッとして顔を背けて


「いけません。殿方と密接になっては、叱られます」


 と言った。


 この年頃の少女にしては、色気のある方だと感心していたら、表の方から何やら、濁った意地悪い声が聞こえてきた。


「風音!かーざーね!どこにいるんだい!宴会がはじまっちまうよ!」


「あっ……!」


 どうやら、かざねと言うのは、踊り子の名らしい。

 この涼しげな雰囲気の少女には、とても似合う名だと、私は思った。


「もう行かなくては」


「あぁ、そのようだね」


「あの、別れ際にお名前だけでも」


 かざねは、頬に塗ったシロイをほんのりと染めて見つめてきた。


「私は……」


「明かせぬ御身分ですか?」


「否。私は門川 幸だ」


「ゆき、さま」


「あぁ。“幸せ”と言う字を書く」


「良い名です。私は風音と申します。“風”に“音”です」


「ほう……また会えるといいな」


「え……」


 私が思わず心の内を明かすと風音は少し驚き、うつ向いて

「失礼いたします」

と去って行ってしまった。



【2】


 私は結局、島原の端にある、この辺りでは有名な女廊屋を今夜の宿とすることにした。

 豪勢な朱の門が、ギギとあき、女達がにこやかに出迎えてくれた。


 女廊屋へ来たのだが、今夜は風音を見たせいかどの女も抱く気になれず、只ボウとして部屋の丸窓からほんのりと色付き始めた紅葉を見ていた。

 するとそんな私を見かねた主人が、私に仕切りに女を抱かせようと、声をかけてきた。


「旦那様、今夜は芸者達が参っております。女廊達も居りますので、宴会の間までどうかいらっしゃって」


「芸者……か」


 芸者と聞いて私は風音を思い描いたが、そんなに都合の良いことがあってなるものかと、自分に葛を掛けたが、やはりこのままで暇なものだから、とりあえず宴会へ向かった。


 宴会の間は私が思った以上に広く、なにせ籠の中の鳥であった私はただ唖然とするばかりであった。

 皆、思うがままに席に着きああだこうだと話しているので、私もどれと、腰かけた。

 間もなく、舞台からドンチャンドンチャンと踊り太鼓の音が響き、ゆっくりと扇子を顔に当てた女芸者達が入って来て、各々の配置につく。

 踊り子達は皆、風音と同じ位の背丈で、皆同じ薄い桃の着物を纏っていた。


 5人ばかりが、扇を顔の前に指し、顔を隠している。太鼓のドオン!と言う音と共に踊り子達が一声に声を上げ歌いつつ、顔前の扇を上げた。


「なんと……!」


 私は絶句した。5人の踊り子達は皆綺麗で美しい。

 だがその中に、明らかに格違いの、美しい踊り子がいる。


「風音……」


 風音は表情一つ変えずに扇を翻した。回り、再び正面を向いたとき、私と目がパッチリとあった。

 少しは動揺するかと心の片隅に淡い期待を抱いていた私であるが、残念なことに、風音は私と目があっても顔色一つ変えもしない。

 金色の扇がただただ美しかった。


「中央の、いいな」


 私の周りに居座っている盛った青年男子どもが踊り子達に下馬評を投げつけていた。

 風音に関しては、なんと彼女を今日寝床の共にしようとするものが居る事が判明し、私の心がわざついた。そのため余り芸に集中できずにいた。

 そして、踊り子達の踊りが終わった。風音は最後まで固い表情を崩さずにいた。キリリとしたつった目で真っ直ぐに私を見つめてくる。

 私がその意味を悟りきれない内に、宴会の間にいた男共が舞台に向かって一声に走り出したのである。

 私は先程男共が話して居た事を思い出し、多少遅れて風音のもとへ駆け出した。

 風音の今夜が汚れるかも知れないと思うと、落ち着かない自分が居た。

 私はみるみる内男共に差をつけ、風音の細い手首を握り、自分の部屋への道を走り出した。


「幸さま!」


「奇遇だな」


 私は何故か落ち着いた気分になり、心に風が吹き抜けるようなそんな感情に包まれた。


「幸さまが入らした時はとても驚きました」


「何を。そなた、一つも表情など変えていなかったではないか」


 私達は部屋の窓を開け湿って張り付いた着物がうっとおしいので風に当てた。ほんのり赤く色付いた紅葉が美しい。商人の街に、風車を欲しがる子も見える。


「はい。踊りとは表情を変えずに踊るものです」


「成程、余程根性が座っていると見える」


 私はそう言い窓の外を眺めていた顔を踊り子に向けると、踊り子は恥ずかしいのか顔をうつ向けた。


「今夜は危なかろう、私の部屋に止まっていかないか。なぁに、そなたには指一本も触れはしない」


 風音は少し困惑した表情をして、考えた後に、短く返事をした。


「私など、島原に来て女を抱く気にもならん小心者よ。店の者も喜ぶだろう、そなたを今宵買う。今宵のみだ。買うだけで何もしない」


 風音はとても驚いたようだ。


「しかし、幸さまの旅費が無くなりやしませんか?」


「否、金はある」


 そう、私は裕福過ぎるとは言えないが、皆より多少裕福な家に産まれたため、金だけはある。

 風音は只一言、礼を言った。私は店の者を呼び寄せ、風音を買う事を伝えた。

 夜になり私は店に付いている風呂へ足を運んだ。深夜であったため、流石に人はなかった。


【3】


 翌日、私は瞼の中に光を感じて目を覚ました。風音はまだ寝ているようだ。昨日の騒動が相当こたえているらしい。

 私はそっとずれた布団をかけ直してやった。

今季節はなにしろ朝晩が冷え込む。

 私はそうした後、風呂場へ向かった。朝の風呂ほど気持の良いものはない。

 無論風音が為に、風呂場へ行くと言うメモも忘れない。

 風呂場は、私と同じ考えを持つ者が4、5人居り皆口々に言葉を交しては笑っていた。

 私を見付けると一人の男が卑しい顔をして私に話しかけてきた。


「おや?旦那、昨日の踊り子を持ち去った方では?」

 分かっていながら聞くとは何とも間に触る奴だ。

 案の定、多分男が狙ったと居り、男の声に釣られて風呂場にいた他のやからも私の周りに集まってきた。

 この者達が聞きたいのはただ一つ、と決まっている。


「いかにも」


「して、あの踊り子は如何にして?」


 私は技と大袈裟に深く、溜め息をついた。


「そりゃもう、良いのは顔だけってものです。声は艶めかず、まるで老婆」


「なんと……!」


「快楽の欠けもございません」


 それを聞くと、男達は期待外れだ、と皆口々に毒付き誰もが私の言ったことを嘘とも疑わなかった。

 その日の昼に風音が仕事後に私を見付けると直ぐ様走ってきて、興奮の色を顔に浮かべつつ私に話しかけてきた。

 私は踊りがてっきり怒るものかと身構えたが幸い、私が思うより風音は利口であった。


「あの噂、流したのは幸さまですね?」


「あぁ。すまな……」


「ありがとうございます!これで当分の間私を抱こうとする者は減るでしょう!」


「あぁ……」


 私は男達が私達を見ている事に気付き、殆んど唇ん動かさぬよう、気を配りながら踊り子にだけ用件が聞こえるようにこう言った。


「風音、周りを見ろ。……理解したな。お前さんは今すぐに私をブってこう叫びなさい。『この、噂好きが!』」


 利口な風音は理解したらしく、次の瞬間には私をブって、同じように叫んだ。


「この噂好きが!」


 周りの男達はより一層私の流した噂を信じた。

 そのため、その日から島原中に風音の噂が広まり、誰一人風音を抱こうとする者はいなくなった。

 私はその日の夜、深夜になってまた風呂場へ向かった。

 昨日同様、誰もいない。私は湯船につかり夜の島原を見下ろした気分だった。



 ――明日、東京へ帰る。



 旅費がもう、底を突きかけていた。私は明日の昼にもう一度風音に会ってから帰ろうと独り湯気の中で考えを巡らせた。



【4】


 私は朝、荷物をまとめ朝食を取り風呂場へ向かった。

 今日は誰もいなかった。そうこうする内、もう昼になったため、風音が寝泊まりする寄宿へ向かう。

 私が名を呼ぶと、ヒョコリと顔を除かせ少し安心した表情になった。


「幸さま……」


「私は今日、帰ろうと思う」


「……っ」


 彼女に有無を言わせない態度で挑む。


「そこで、お前に一度会いたくなったのだ」


「寂しくなります」



「あぁ。風音、街へ行かないか」


「……!喜んで!」


 風音は嬉しそうに興奮して、


「直ぐに着替えて参ります。幸さまと一緒に町を歩くんですもの、こんなに素敵なことはないわ!」


 と言い部屋の奥へ駆けて行った。

 私が待ち詫びていると風音は私達が初めて会ったときに風音が買っていた生地で作った着物を来て、はにかみながらこちらに歩いてきた。

 私はにこやかに微笑んで、風音をうながした。

 明日帰るのだと言うことを考えると多少辛いものがあった。

 島原は商人の街でも華やかであった。風音は小間物屋(※現代の雑貨屋のようなもの)

を見付けると、直ぐ様に走って行き、様々な間刺しを眺めては、目を輝かせた。

 私は様々な間刺しの中で、キラキラと輝く風車の間刺しを見つけた。私は、風音にはきっとこの間刺しが似合うのだろう、と思った。

 すると風音はその間刺しをじっと興味深く眺めた後に

「綺麗……」

とポツリと呟いた。

 私は次の瞬間にはそれを手に取り、店の者へ会計を支払っていた。


「幸さま!」


「風音にはきっとこの間刺しが似合う」


「そんな……!悪いわ!」


 風音の必死の呼び掛けにも微笑で返し、私は風音の結った髪にそれを刺した。

 風音は困惑した、どこか嬉しそうな複雑な表情で間刺しをさわった。


【5】


 私は今日、東京へ帰るのだった。風音に間刺しを贈ったし、なぁに後悔はない。

 だが、実を言うと私はまだ風音に今から東京へ帰る事を知らせていない。

 否、知らせるつもりがない。知らせたらサヨナラを言わなくてはならないからだ。 私は昔からサヨナラが苦手だ。

 私は風音に見付からないよう、そっと朝早い内に女廊屋を抜けた。

 朝一の港には、家族を見送る者、又は帰りを待つものが沢山いた。

 私は少し寂しい思いをしたが、間もなく船がつき私はそれの階段に足をかけた。

 そのときだった。


「幸さまー!」


 風音だった。寝巻きのまま白い布とあの間刺しを刺してこちらへ向かってくる。


「風音……」


「幸さま、なぜ黙って行かれるの?」


「済まない」


「きっとお約束してくださいまし。この先会えなくとも、私の心は幸さまだけに向いております」


「あぁ」


「100年たってお互いに違う人としてうまれてもきっとどかで巡り会いましょうと……」


「そして、一緒になろう」


「はい。私はこの身分、この先私達が結ばれる事はないでしょう。しかし、いつかきっと……私はこの風車を持って貴方のもとへ」


「あぁ」


 私は分けもなく涙がこぼれた。人前だろうと、気にはしない。


『出向しますから、学生さんはよう』


「はい」


 私達はいつまでも、お互いが見えなくなるまで見つめあっていた。






 了

後書きと書いて言い訳と読む―――――――――――――

――――

―――


 えっとですね、なんですかねコレは。ロマンですかね。

 欠けもありませんね。最後とかもう、ね。

 反省します。はい。でもとても楽しませて頂いたので出来はともかく………ゴニョコニョ


 どうだったでしょうか。読みやすかったでしょうか。また、長ったらしくてすみませんでしたm(__)

m


 それでも、面白いと感じてくれたなら……幸せものです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 出だしの「どれ」や「それ」が大変読みにくく、浮いている感じがします。 ラスト近くの……や!の多用もとても気になりますし、 童話と名乗るには内容的に苦しすぎると思いました。
[一言] 古典ものを書こうとすると私は、どうしても予備知識が必要になって、ぎこちない作品になるのですが、この作品は、調和が取れていたので、スゴいなぁと感じました。私の好みで判断しても、お気に入りの作品…
[一言] 江戸時代に高校と呼ばれるものはありましたっけ…??あったらすみません、勉強不足です;; あと、いくら花街であるからといっても、芸者や遊女たちに対して床入りを迫ることは野暮なこととされ、床入り…
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