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ホラー系作品集

いわくつきのコンビニ 『煙草客』

作者: 京谷

怪談ホラー。ショートショートです。

 俺? フリーターです。メインの仕事は今んところコンビニのバイトなんですけど。

 そのコンビニなんですけどね、朝から終電まで、かなり忙しいんですよ。

 特に、色んな商品が納品されてくるのと、帰宅客で混む時が重なる時間帯……夜九時から深夜一時くらいまでの間は六、七人ぐらいバイト雇ってるんですよ。

 結構すごくないすか? 俺は夜十一時から八時までの夜勤で雇われてたんですけど、まあ夜勤は、クソ忙しい時のレジは免除って感じで。

 客が引けるまで、納品された商品の品出しとかがメインの仕事になるんですよね。

 レジが三台ある店なんですけど、六、七人バイトがいるわけだから、その間一切レジにタッチしなくてよくなるんですよ。

 そうなると超楽なんですよ。すげえ忙しいけど、結局、コンビニのバイトで一番しんどいのってレジ接客ですからね。ムカつく客とかに当たるとテンション下がるし……。

 で、客数が思いっきり減る深夜帯は二人夜勤体勢で、時給は千百円。

 これはいいバイト先見つけたなって、喜んでたんですけど、ちょっと気になることもあって。

 研修期間だった夕勤のシフトから、初めて夜勤に移った時、出勤すると珍しく夜にはもう帰宅してるはずの店長がいて、「夜勤する時はこれ身につけてて」ってお守り渡されたんですよ。

 なんか、先輩の夜勤の人に聞いたら、夜勤者には全員配布されてるらしくて……。

 最初はビビリましたよ(笑)。「え、なんだよ。そういういわくつきの店かよ」って。

 でも二人勤務だから、心細いってことはないし。

 最初の三ヶ月くらいですかね。そのころは週に三日、夜勤をやってたんですけど、なんにも変なことは起こらなかったんですよ。

 でも、先輩の夜勤の人に聞いたら、結構、他の夜勤者は奇妙な経験してるらしいんすね。

 誰も通ってない、外を確認しても人がいないのに、自動ドアが何かに反応して開いたり。

 事務所で休憩中、ふと防犯カメラ除いたら、ヘンテコな、人の形をした影みたいなのが映ってるから、急いで店内に戻って見渡してみるんだけど、相方のバイト以外は誰もいなかったり。

 まあ、怪談話にするにしても、薄すぎるネタだと思うんですけど、そういうことがちょくちょくあるらしいんですね。

 でも、俺は霊感ゼロなのか、そういうの全然遭遇しなかったんですよ。二十なん年間、今まで生きてきて、幽霊見たなんて経験もないですしね。

 そんなんだから、渡されたお守りも事務所に置いてあるバックの中に放り込んでました。


 でも……夜勤初めて三ヶ月ぐらい立ったある日とのことっす。

 その日、相方の夜勤の人が急病で休んじゃって。

 初めて一人夜勤することになったんですよね。

 さっき話したように、お守り渡されるような店だし、不安といっちゃ不安でしたけど、それよりも仕事を一人でこなさなきゃいけないのがしんどいなぁっていう、そういう思いの方が強くて、一時を過ぎて、他のバイトの人がみんないなくなった時はそういう意味でげんなりしてましたね。

 で、レジやりながら、ホットスナックの陳列ケースや中華まんの什器を洗ったりしてたんですけど。

 二時半になったあたりからトイレに行きたくなっちゃったんですよ。

 一人勤務だから、お客さんのいないタイミング見計らって、行こうと思ったんですけど、その日は何故かバラバラと来客が途絶えなくて……。

 一番来客数が減る、三時を過ぎたあたりで、やっと店内の客数がゼロになったから、レジに鍵を掛けて、トイレに行こうとしたら、自動ドアが開いて――。

 一人のおじさんが入店してきたんですよ。

 そのおじさん、よく来る人で、煙草だけ買いに来るお客さんなんですけど……こう言っちゃ悪いけど、不気味でみすぼらしい格好でしてね。

 小柄な体で、背筋は曲がってて、髪はボサボサで、いっつも大きなマスクをしてるんですね。体をずっと洗ってないのか、近くに寄っただけで漂う体臭もすごくて。

 その体臭がまた、なんていうかこう、めちゃくちゃ酸っぱい臭いで、「汗臭さ」ってレベルじゃないんですよ。嗅いだだけでちょっと吐き気がするくらい。

 しかも、レジに来た時、煙草の名前も、陳列ケースの番号も何も言わない。

 いつも黄ばんだシャツの胸ポケットから空のマイセンライトのソフトケースを取り出して、それを無言で指差すんですよ。

 で、お金出して、精算して、煙草とレシート受け取る最初から最後まで一言も喋らず帰っていくんですね、いつも。

 その時も、おじさんは入店するなりすぐにレジの前に来たから、俺、かなり苛ついた気持ちでレジに戻りました。

 そしたらおじさん、いつものように胸ポケットをまさぐるんですけど、その日は煙草の空箱が無かったみたいでしてね。上着やズボンのポケットとかも探してるんですけど、空箱が見つからないらしくて。

 まあ、こっちはマイセンライトのソフトを買う人だって憶えてるから、その煙草をこっちから差し出してあげれば良かったんですけど……俺は元々あんまり好きじゃなかったんですよね。煙草だけ買う常連客で、「いつもの」みたいな感じで銘柄を言ってくれないお客さん。

 特にその時は尿意を我慢してたから、(いや、口で言えよ!)って心の中でキレちゃいましてね。

 だから、おじさんの様子を黙ってずっと見てたんです。そしたらずーっと、あたふたと空箱を探し続けるんですよ。尿意を我慢してるのと、一人夜勤で忙しかったのもあって、そのおじさんに対する不快感がマックスになった俺は「煙草ですか? 銘柄か番号言ってくださいよッ」って言っちゃったんですね。

 そしたらおじさん、ハッとしたようにこっちを見て……。

「四番の煙草」

 って言ったんですよ。めっちゃくぐもってる、濁った声で。

 そしたら、直後にゴボゴボっていう音がして――。


 おじさんのしてたマスクが、真っ赤に染まったんです。


 血でした。ちょっと黒っぽい血。顔下半分を覆ってる大きなマスクが一瞬で染まるくらいの量でした。

 最初、思考停止でした。え、なになに、どういうこと? みたいな感じで。

 おじさんは自分が血を吐いたことに気づいたみたいで、手で口をおさえたんですが、血は止めどなく溢れて、おじさんの服を汚して、ボタボタと滴って――。

 だんだんお守り渡されてることや、バイトの先輩から聞かされてた怪現象のこととか思い出して、心臓がバクバクしだして……。

 それでもなんとか、振り向いて四番ケースのマイセンライトのソフトをカウンターに置きました。

 おじさんは、口を手で押さえながら、もう片方の手で煙草を取って胸ポケットに入れると、お釣りのないちょうどの金をカウンターに置きました。

 それから申し訳なさそうにお辞儀して、店から出ていきました。何度かこっち振り返って、何度も何度もお辞儀して……。


 俺は、そっから先の記憶が、ちょっとあやふやで……多分、立ったまま、しばらく硬直してたんだと思います。いや、おしっこは漏らしませんでしたよ(笑)。むしろ完全に尿意が引っ込んでました。

 五分か十分か放心状態だったと思います。それからそのおじさんが置いていったお金を、最初は触るの躊躇したんですけど、恐る恐る拾ってレジに入れて……その時ハッとして、レジ前の床を見たんですけど、床に飛び散ってるはずの血はまったくありませんでした。自動ドアの方を見ても、床には一滴の血も落ちてなかったです。


 今でもそのコンビニでバイトしてます。なんていうか、後になってからですけど、怖いっていうより、申し訳なかったなって気持ちが強いです。血を吐いたことより、何度も何度もお辞儀するおじさんの姿が印象強くて……。

 なんであんな意地悪したんだろう。マイセンライトのソフトをこっちから出してあげれば、なんでもなかったのに、って。

 それ以来、そのおじさん店に来てないんですよ。夜勤者の間では結構有名人だったんですけど、俺が勤務してる以外の時間帯でも姿を見ないそうです。

 つーか、なんだったんすかね、あのおじさん……。幽霊? 化け物? もしかしたら普通の人間だったのかもしれないし……。でも床に落ちたはずの血が消えてたっていうのは説明がつかない。

 とにかくそれ以来、無愛想な客にも、丁寧な接客をするように心がけてます。

 あ、あと、さすがに一人夜勤になった時は、渡されたお守りを肌身離さず持つようになりました。


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[良い点] 軽快な語り口調で読みやすかったです。 [一言] そのおじさんが何度もお辞儀をして……というところから、タバコだけを買いにくるのを恐縮している様子が浮かび上がり、なぜだかとても切なく感じまし…
[一言] 拝読させていただきました。このお話大好きです! 不可解&理不尽。やっぱりこういう体験談的なホラーは、いい意味で小説っぽくなくて、のめりこんでしまいました。 おじさんが声を発した瞬間の描写に…
2011/09/08 22:04 退会済み
管理
[一言] 初めまして、感想書かせていただきます。 面白かったです! それに怖かったです。じわじわきました。 でも、語りの口調がなんとなく安心させてくれました。あ、過去の話か、なら平気だなって(笑) …
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