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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

守護者

結婚 ―シリーズ『守護者』より―

作者: 鈴村弥生

エゼル、暴走。

 いつものように、DVのお茶の時間だった。

穏やかな時間が永遠に続いても決して不思議ではない、そこはそんな場所だ。アレクスもすっかりくつろいで、二人のそれは美しい女性達の相手をしつつ午後の美味しいお茶を堪能していたのだった。

「あら、エゼル。遅刻よ」

 女性達の一人――魅羅が振り返ってそう言ったので、アレクスも会話を中断してそちらを見やった。そして――小さく微笑みかける。

 鳶色の背の高い青年が、木陰に立ったままじっとこちらを見つめていたのだった。エゼルは彼の名前だ。

「どうしたの、エゼル?」

 魅羅が再度呼びかけても、彼は微動だにしなかった。小首をかしげる彼女が問いかけるようにアレクスに視線を移した。

「エゼル?」

 アレクスは椅子を立って、彼の側まで歩み寄った。アレクスも決して背が低いわけではないが、エゼルは彼よりさらに頭一つ分ほど長身だ。鍛えられた体躯も相まって、エゼルの側に並ぶとアレクスは華奢ではかなげに見えてしまう。

「どうしたんだ? ちゃんとお前の分も用意してあるから、遠慮しなくてもいいぞ」

 軽い調子で言ったあと、アレクスは木陰に遮られた彼の表情がいつになく張りつめていることに気づく。何か心配事でもできたのだろうか、心配になって眉根を寄せる。

「アレクス」

 エゼルは一歩、アレクスに近づいた。彼は降りてくるまなざしを真っ直ぐに受け止めて。

「!?」

 がしっ! と両手をとられていた。あまりに素早くて、反応が一瞬遅れる。

「な、何……?」

 驚きと狼狽が半々ずつ、アレクスは尻込みしつつ手を取り返そうと試みた。

 無駄だったが。

 エゼルは何があっても放すまいというほどの勢いで、ますます手に力を込めてくる。さすがに痛くて、抗議しようとアレクスは口を開きかけた。

「エゼル――」

「大事な話がある」

 その指先が、エゼルの口元まで引き寄せられる。

「――っ!」

 口づけられた。左手の薬指の爪の先に。

「結婚しよう、アレクス」

 とんでもない一言は、魅羅の頬を染めダフネに歓喜の悲鳴を上げさせ。

 アレクスをその場から瞬間移動させた。




 DVには、森もある。

 アレクスはその奥の方にまで瞬時に空間を飛び、ぐったりと草の上に座り込んだ。

(何を言い出すんだ、あいつは……)

 エゼルは、見た目は二十代ほどだが、経験や知識はもっと幼い。魅羅やダフネ達と暮らし、さらに最近週末にはやってくる赤毛の少女を妹のように可愛がる事によって、少しずつ外見の年齢にふさわしい様々なことを身に着けつつある。

 しかし、そのためこういった弊害もあるわけで。

(閖吼がいたらどうなっていたか)

 目下留守中の、美女と見まごう麗人の名を思い浮かべて、アレクスは胃のあたりを抑えた。

「アレクス」

「うわっ!?」

 背後からいきなり名前を呼ばれて、彼は飛び上がった。鋼鉄の翼を背中に畳んで、エゼルが降り立つところだった。

「エゼル……」

 逃げる暇もなく、彼は膝をついたエゼルに引き寄せられ、口づけを受けていた。

 咄嗟に目を閉じて、アレクスはふと違和感を覚えた。

 エゼルの口づけは、いつも荒々しかった。貪られ、奪われ、同時に激しく求められた。その勢いに翻弄されて、流された。

 なのに今、この唇の優しさ、穏やかさはどうだろう。

「……っふ、ん……」

 息継ぎの合間にこぼれた、自分のものと認めるのが恥ずかしいほど甘い声に照れてアレクスがわずかに身体を強張らせると、エゼルの手はゆっくりと背中を撫でてくれた。

 ますます様子がおかしい。

「エゼル……っ、ちょっと待て」

 胸を押しやると、おとなしく従う。いつもなら絶対にここでやめることはしないのに。

「どうしたんだ、エゼル?」

 アレクスの戸惑いは、直接的な問いとなって転がりでた。

「どうした、とは?」

「いつもは、その……」

 どう言えばいいのか。言いよどんでいると、柔らかく抱き締められた。髪にほおずりされ、唇を寄せられる。

「私が嫌いか、アレクス?」

「何……?」

「嫌いなら、結婚はできない」

 アレクスは真っ赤になる。言えというのか、それを。

「……嫌いなら、こんなことさせない」

 やっとの思いでそれだけ言ったが、エゼルは抱擁を強くした。喜んでいるのが伝わってくる。

「なら、結婚しよう」

「待てって」

 あわててアレクスはがばりと身を離した。このままだと明日には挙式、ということになりかねない。ダフネと魅羅はそう言うイベントが間違いなく好きだろうし。

「そもそも、急にどうしたんだ? また何か、本でも読んだのか?」

 エゼルが突飛なことを言い出したりやったりするのは、直前に読んだ本に多分な影響を受けたときだ。それをすでに知っていたから聞いてみたのだが、エゼルはやはりうなずいた。

「相手と肉体的な関係を結んだ場合、今後のことを考慮するのであれば正式に婚姻を結ぶべきと書いてあった」

「何を読んだんだ……」

 思わず頭を抱えるアレクス。そもそも『今後のこと』というのは確実に男女の場合のことだから、自分たちには当てはまらないだろう。

(いやそうじゃない。そうじゃなくて)

「同性の場合でも結婚が認められることもあると、本には書いてあった。だから問題ない」

「…………………」

 アレクスは撃沈した。もはや何をどう突っ込めばいいのかわからなくなってきた。

「――エゼル」

 ようやく思考を整理できたのは、五分ほどあとのことだった。その間、エゼルはおとなしく待っていた。

「それはできない。駄目だ」

 どれだけ考えても、結局こんな結論にしか達せない。

 アレクスは、寂しげに微笑んだ。

「何故だ?」

 きょとん、という擬音が聞こえてくるほど、エゼルはまじまじとアレクスを見詰め返してくる。

「私はアレクスが好きで、アレクスは私が好きだ、何も問題はない」

「ありますよ」

 低い、わずかに機械的な底冷えのする声が響き、アレクスは瞬時に固まった。

「まったく……目を離したらすぐにこれですか……」

 溜息混じりの呟きと下生えを踏む音が近寄ってくる。

「閖吼……」

 ギギ、と音がするのではないかというぎこちなさでアレクスが振り向くと、そこには最前お茶を飲んでいた母子の娘方が男装して、もとい、彼女とそっくりな双子の兄が近寄ってくる。

「エゼル、貴方は魅羅の持ってきたブライダル特集の雑誌を読んだのでしょう? このドレスがアレクスに似合うとか、魅羅がはしゃいでいましたからね」

 聞いた途端にアレクスは深い溜息をついた。自分はそれほど女性的な容貌では無い筈なのだが……無いと思っていたのだが、あの女検事殿は『綺麗なものは着飾るべし』という持論を周りにも押し付ける。

 それを増長させているのが、天使長もかくやといわんばかりの美貌を持ちながら、性格はかなりミーハーな彼女の母親と、沈着冷静で割りと皮肉屋のくせに妹には甘い、今目の前にいるこの青年である。何しろ魅羅に頼まれれば、鏡のように同じドレスを纏って、並んで歩くのもまったく厭わないのだから。

 この『エリー館』に落ち着いて少したった頃に打撃を受けた、双子の『クイズ』さえも思い出されて、彼はさらに溜息を深くついた。

「閖吼。何がもんだいなのだ?」

「判りませんか?」

「わからん。私たちはお互いが好きだ。そして肉体的関係ももっている。何も問題は無い」

 アレクスの嘆きを余所に、エゼルは閖吼に胸をはっている。それに対して、実に申し訳なさそうに麗人は微笑んだ。目の端でそれを捉えて『アレは絶対に嫌味だ』とアレクスは思った。

「僕の事は忘れていませんか? エゼルとそうであるのと同じだけ、僕ともそうなんですから、どうしたらいいのでしょう?」

 閖吼の質問に、エゼルは即答した。

「なら、閖吼とも結婚すればいい」

 うん、これで解決だと無邪気に笑うエゼルに、アレクスはとうとう草の上にへたり込んだ。

(なにか違う……そういう問題解決があっていいのか?)

 頭を抱えるアレクスの頭上で、彼の恋人達は不毛な会話を続けていた。

「それではアレクスは重婚になりますから、そもそも結婚が認められませんよ?」

「じゅうこんとはなんだ?」

「貴方のエンカルタデータベースを参照してください、そのあたりのプログラムは学伯父さんと月絵さんが、ちゃんとし直してくれている筈でしょう?」

 暫く眉を寄せていたエゼルから、一切の表情が消え無機質な視線が宙を泳ぐ。

「重婚――配偶者のある者が重ねて婚姻すること。民法において禁止され、刑法上は重婚罪として処罰される。二重結婚。法律上、まだ有効な婚姻で配偶者をもちながら、さらに他と婚姻すること。大半の銀河諸国では犯罪である。恒星系によっては、相手が重婚になると知りながら婚姻関係にはいった者も、同じ重婚罪をおかしたと考えられている。アースにおいても民法がこれを禁じ、刑法が処罰の対象としている。しかし、従来の婚姻の離婚が成立したと認められる場合、また以前の配偶者が失踪の宣告や死亡の認定をうけた場合などは、重婚罪にあたらない」

 顔と同じだけ無表情な声が、一本調子の早口でとうとうとまくし立てると、不意にもとの思案顔が戻ってきて、うーむと唸りだした。

「ほらね? 重婚は犯罪なんですよ」

 念を押す閖吼に、エゼルは唸る。草の上で胡座を掻いてぼんやり見上げていたアレクスは、このまま閖吼に説得されてほしいと願っていた、が。

「なら、閖吼はやめろ。私は結婚する」

 めげずにきっぱり言い切る様に、がっくり肩を落とした。

「私はアレクスと結婚する。私はアレクスが好きだし、アレクスも私が好きだ、そして肉体的関係もあるから今後の為にも結婚するべきなのだ」

(だからその『肉体的云々』を連呼するな~!第一、『今後』が何かわかっているのか?)

 足元の草の数を数えながら、アレクスは心の中で思いっきり叫んでいたけれど、内容への抵抗感が強すぎて口に出せずにいた。

 正直、全員で結婚と聞いた時に一瞬白い礼服の自分とエゼルに挟まれた、真っ白なドレスの閖吼を想像してしまったが、衣装を取り繕ったところで三人とも男なのは変わりは無いし、三人の夫婦ではエゼルの言う正式な結婚には成り得ない。第一とことん恥ずかしい上に、この世界では結婚などの手続きに、国籍や身分の証明がかなり重大な意味を持つ、閖吼は別として自分とエゼルにはそんなものはそもそも無いのだ、何しろ天使と人工生命体なのだから。

 だから無理だと言ったのだが、あまりあからさまに言ってエゼルを傷つけたくは無い。

 この暴走を何とかして欲しい。今のところの頼みの綱は、自分より絶対ウェディングドレスが似合うと確信できる閖吼だ。

 縋る気持ちで麗人を見上げれば、彼はその美貌ににやりと不敵な笑みを浮かべ、アレクスに指を一本立てて見せた。

 ぞくりと背筋に冷たいものが走る。

 これは『一つ貸しですよ』という意味だ、(何をされるんだろう)支払いへの不安に、タラリと冷や汗が流れたが、いきなり伸びてきた逞しい腕に抱き上げられて、さらに大量の冷や汗を掻く羽目になった。

「うわっ!!」

 エゼルの胸に抱すくめられ、慌てて逃げようともがいてみてもがっしりとした腕は微動だにしない、そしておもむろに唇を奪われた。

「んっ……!」

 閖吼の眼前で深く貪られる事に、居たたまれない羞恥と焦りを感じる、背後の閖吼がどんな顔をしているのか恐ろしくて、その感触にまで気が行かない。何とか離そうと胸を押せば、今度もあっさり離れてくれた。

「エゼル……だから俺は」

 酸欠で肩で息をしながら、何とか口を開く。

 しかしその言葉は、背後からの大きな溜息で続けられなかった。

「なんだ?閖吼」

 エゼルがまだ居たのかというように目を向けると、閖吼は実に儚げな笑みを浮かべて見せた。

「貴方とアレクスが結婚するのなら、僕はお別れを言わないといけませんね」

「えっ!?」

 意外な言葉に慌てて振り返ると、儚く淡い微笑を浮かべた閖吼が肩を竦めていた。その頼りなさに胸を掴まれる。

「何故だ? 閖吼。アレクスが嫌いになったのか?」

 またまた現状を把握していないエゼルが、きょとんと尋ねる。閖吼は小さく首を振った。

「まさか。でも、貴方達が結婚するのなら、僕は不倫という事になりますから、それも罪になります。だから、お別れしないといけないんですよ」

 寂しげな閖吼に対して、エゼルはにっこり笑った。

「そうか、アレクスは私一人のものになるんだな」

 しかし、独占欲満開で言い放ったすぐ後で、エゼルの瞳が苦しげに陰る。

「だが、お前と離れると、アレクスは泣く」

 そう呟いて、いきなりアレクスを閖吼に押し付けた。だが、閖吼の細いが力のある手が、それをやんわりと押し返してエゼルの腕に収め直す。

 人を物のように扱うな、と文句を言いたいところだったが、なんとなく閖吼の狙いが判ってきた。

「エゼル、すまない。俺はお前とも、閖吼とも離れたくない」

 そう言って抱きしめてやると、大柄な青年はその身体を縮めるようにしてアレクスの腕に収まった。

「結婚は、どちらかと別れるのか?」

 胸に顔を埋めたくぐもった声の問いに、アレクスははっきりと頷く。

「そうだ、だからだめなんだ」

「……そうか」

 すっかり意気消沈したエゼルの背を撫ぜながら、さてどうしたものかと閖吼を振り返る。彼はたおやかな仕草で髪を掻き揚げると、ゆっくり二人に歩み寄った。

「エゼル、もう一度エンカルタを調べて御覧なさい。結婚は法的なものと実質的なものがあります、そして、実質的な結婚なら、もう僕たちはしているのと同じなんですよ?」

 優しい声音で縮こまった青年に語り掛けると、彼はガバっ身体を起こした。

「ほんとうか?」

「ええ、ともに好きで、いつも傍に居て、心も身体も繋がっているんですから、こういう事を結婚というのではないですか?」

 そこに話を持っていくのかと、閖吼の詭弁にアレクスが呆れていると、すっかり上機嫌になったエゼルがアレクスを抱きしめた。

「よかった、アレクス。俺たちはもう結婚していた」

 単純すぎるぞお前、と心の中だけで突っ込んで、よしよしとエゼルの背を撫ぜてやる。

「じゃあ、お茶会の続きをしましょう。帰ったばかりで喉が渇きました」

 閖吼が二人に手を差し伸べて促すと、エゼルはやっとアレクスを離して立ち上がった。

 どうやら丸く収まった事にほっとして、アレクスも閖吼の後を歩き出す。

 しかし、エリー館が木立の間に見え始めた時、エゼルが実に不思議そうな声を出した。

「閖吼、私とアレクスが結婚していて、お前とアレクスも結婚しているとすると、私とお前も結婚している事になるのか?」

 地雷型の素朴な疑問はアレクスをつんのめらせ、閖吼に珍しく大笑いをさせた。


 END


ガンバレアレクス

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