表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

ひぃいん、どじゃん。

作者: 梶原一和
掲載日:2026/07/04

本作には、東日本大震災を背景とした描写が含まれます。

地域名等は架空の地名にしておりますが、当時の出来事を想起させる表現があります。

読む方の中には心的負担を感じる可能性がありますので、ご留意のうえお読みください。

――なあなあ、(いずみ)。ちょっとこれ、聞いて。


地元宮城の幼馴染の岩井(いわい)から、そんなメッセージと共に動画のリンクが送られてきたのは、定時で帰れた日の帰りの電車でのことだった。


――なに、これ?

動画をすぐに開かずにメッセージを返す。卑猥な動画の可能性があるからだ。イヤホンはしてるが、満員電車で立っていて、誰に画面が見られるかわからない。


――聞いた? 2:12あたりのとこ、なんか聞こえない?

――まだ聞いてない。猥褻なやつじゃないだろうな、俺いま電車だぞ。

――ゴメン、猥褻なやつじゃない。


謝るな。俺がそういうのを期待してたみたいじゃないか。ちょっとしたけど。

リンクをタップすると、映像なしで歌が流れだした。

懐かしい。これ、小学生の頃に流行った曲じゃないか? なんていうタイトルだっけ。当時定番の卒業ソング。このバンド、解散しちゃって今ないんだよな。


――懐かしい。けどこれ、なんだっけ?

――2:12あたりのとこ、聞いて。


質問に答えない。岩井はいつもこうだ。

地味にこの曲のタイトルが気になりつつ、早送りして2:10辺りに再生位置(シーク)バーを合わせ、聞いてみる。

丁度サビの部分。

あー、だから、なんだっけぇ。この曲。


――聞いたよ、これがなに?

――なんか聞こえない?


なんか?

もう一度戻して聞き直す。


――なんかって、なに?

――なんか、悲鳴みたいな。


えー、こわ。

岩井はオカルトやスピリチュアルに興味のある人間ではない。その彼が言うのだから、実際に聞こえているのかもしれない。

――待って、電車降りる

それだけ返信して、俺はぎゅうぎゅうの車内から排出されるようにホームに出た。


23平米、ロフト付き、1K。

大学時代から更新し続けている俺の城に戻り、スーツを脱ぎ、スーパーで購入した弁当を温めながら岩井の送って来た動画を再度再生する。今度はイヤホンではなく直接、ちょっと音量を上げて聞く。

「…………あ」


……ぃいん、どじゃん。


確かに聞こえる。悲鳴? というよりは何かの鳴き声? 

その後に続く、ドチャッという音も含めて、何故かどこかで聞いたことのあるような気がした。


――聞こえた聞こえた。ひぃいん、がじゃん、みたいな音?

――そうそれ。やっぱ聞こえるよな! 周りに聞かせても聞こえないっていうし、モスキートーンかと思った。

――モスキートーンなら俺らももう聞こえないだろ。


そう打って苦笑する。俺も岩井も今年で三十一歳。

予防線を張るように「もう俺はおじさんだから」と言うようになった。他人に言っているようで、自分に言い聞かせている。勘違いする痛い中年にはなりたくないからだ。


岩井はそれから返信して来なかった。スッキリしたのだろう。勝手なやつだ。

俺は曲のタイトルを検索しようとしてスマホを開いたのに、全く別の動画を見て、それきりそのことは忘れて寝た。


その音のことを思い出したのは、仕事で軽井沢に出張に行った時だ。

商談自体は早く終わったので、折角だから軽井沢にある有名な美術館に行こうと思い、駅のコインロッカーを探す。

駅の一階にある暗くて狭いコインロッカーにどうにか一つだけ空きを見つけて、荷物を放りこんだ。


ぎぃい、がちゃん。


鋼板(スチール)の扉が開いて閉まる音に、アレ? と俺は首を傾げる。なんだっけ、この音。

何かが頭をかすめた気がする。

「Excuse me……」

「あ、すみません、すみませんね」

コインロッカーの前で固まってる俺を、入り口で外国人観光客が覗いていた。

中が狭いから、出てあげないと。

少し歩いてから、「ロッカーに空きがないこと言ってあげればよかった」とちらっと後悔する。

まあでも、見ればすぐわかるだろう。

俺は先程頭に(よぎ)ったことを忘れて、うきうきで美術館に足を向けた。


有名な建築家が手掛けた美術館は、建物内をウロウロするだけで楽しかった。

思ったより長居して、結局閉館時間に退館した。大満足。

駅弁を買ってから、コインロッカーに荷物を取りに行く。


ぎぃい、がちゃん。


――あ、また。なんだっけ、何か引っかかる。

この扉の開閉音。

「あ」

今度は思い出して、すぐ岩井に電話した。

『はいはい、なあに』

岩井はすぐ出てくれた。後ろから、ギャーッ、という男児の声がする。家にいるようだ。

「なあ、あの音さ、これじゃない?」

それだけ言って、ロッカーの開閉音にスマホを向ける。

ぎぃい、がちゃん。

『あれ!? これ、なんだっけ!? 最近聞いたことある気がする』

「だからー、(いわ)ちゃんが送ってきたやつだよ、あの卒業ソング」

あああ、あの曲、名前なんだっけ。少女漫画原作の映画の主題歌になってた。

『ああ! スカイフォールの?』

「それだ」

やっとバンド名を思い出した。

『え、今の音だ。もっかい聞かして』

「いいよ」

もう一度開閉する。ぎぃい、がちゃん。

軽井沢駅の小さな薄暗いロッカールームに音が響く。

『あーちょっと違う気もするけど、ベースは合ってるな』

「だよな」

そう言いながら荷物を取り出し、奥を覗き込む。仕事の資料を忘れたらコトだ。

『何の音? これ』

「コインロッカーの開閉音だよ、駅の。今出張で軽井沢に来てる」

『へええ、いいなあ』

「別に、普通にきちーよ」

そうは言ったが実際は何もきつくはない。出張だといえば、こうやって何時間か観光したりも出来る。

岩井は高校卒業後親父の会社に就職して、ずっと総務にいると言っていた。出張はほとんどないのだろう。

『な、な。今の音、録音して』

「えー、なんでよ」

既に駅の改札階に向かうエスカレーターに乗ってしまっていた。

日吉(ヨッシー)にも聞いたんだけど、あの音聞こえるって言ってたからさ。送っちゃる』

「もおお」

そう言ったけど、俺はエスカレーターを降りてすぐまた(くだ)りに乗りなおした。岩井の頼みは押しは強いが邪気がなく、昔から断りずらい。

「じゃあ電話切るからな。音はLINEで送るわ」

『あいあーい』

そう言って電話を切るまでの間、また男児の騒ぐ声が聞こえた。

岩井のとこの子供。何歳になったんだろう。結婚してすぐ女児が生まれたのは知ってるが、弟が生まれたんだっけかな。


二、三年ぶりに帰った実家のある仙台市は、駅前こそ激変していたが、実家の近所は時が止まっているようだった。


「なぁに言ってるんだ。この店だって出来たの最近だし、隣のモリヤもなくなったべや」

近所の居酒屋で岩井と、同じく幼馴染で小中学の同級生の日吉(ひよし)と待ち合わせて、座敷で乾杯した後、感慨深げに俺がそう言うと、岩井が懐かしいスーパーマーケットの名前を出して鼻で笑った。

「いやモリヤはさすがに昔過ぎるだろ」

「モリヤの後にひまわりみたいなスーパー入ってなかった?」

日吉が思い出すように右上を見ながら言う。

日吉も俺と同じで大学から県外に出て、今は札幌で食料品の輸入の会社に勤めている。

「あそこもいつの間にか無くなったな。震災の時、いち早く食品配ってくれて、いい店だったんだけどな」

「あー、そうだったなあ」

なんとなく三人とも一瞬無言になった。

東日本大震災当時、俺たちは中学生。俺は部活に出るところだった。

立っていられない程の地面のうねり、校舎が聞いたことのないほどの音を立てて軋み、壊れるはずのない校庭に降りる石段が()()()()()()()

断続的に続く余震に、校庭に出てきた他の生徒と身を寄せ合って震えながら、それでも海ではなく山沿いの街で幸運だったのだと、教師の持ち出したラジオで知った。

あの日の恐怖は今も俺の心のどこかに根を張っていて、今でも地震があると、それがどんなに小さい揺れだろうと「今日かもしれない」と思うようになった。


「んで、あの音は結局なんだったん?」

俺と同じメッセージを岩井から送られていたらしい日吉が、日本酒を呑んでちょっと咽せながら尋ねた。

「え、ヨッシー、岩ちゃんから聞いてないの?」

「泉が解明したっつー音は聞いたよ。あれが何か、知りたきゃお盆に飲もうって言うんだよ」

だから、ここにいるわけ。と日吉が座卓を軽く叩いた。

「だってお前ら全然揃わないんだもーん」

岩井が悪びれずに言う。大の男が「だもーん」なんて言っても全然可愛くない。

「確かに、三人で会うの、超久々だけどな」

岩井と二人や、東京に出張で来た日吉と二人ではたまに会っていたが、幼馴染三人が揃うのはもしかしたら十年ぶりくらいかもしれない。

日吉も音の謎なんて口実に過ぎなくて、三人で吞む為に帰ってきたのだろう。

「えーっとね、これこれ」

岩井が例のロッカーの開閉音を日吉に聞かせる。

ぎぃい、がじゃん。

「だぁかーらー、何コレ?」

「軽井沢のコインロッカーを泉が盗聴した音」

「人聞きの悪いことを言うな」

誰に断るでもなく録音したのは事実だが、盗聴は外聞が悪すぎる。

日吉はちょっとしゃくれてる顎をさすって合点がいったように頷いた。

「コインロッカー? 開閉音か。なるほど。確かに似てる」

「だから何よの世界ではあるがな」

言いながら俺が岩井が送ってきた曲の該当部分を流す。一度音を見つけたからか、問題なく聞こえた。

ひぃいん、どじゃん。

「そういや……」

その音を聞いて思い出したように、日吉が卓に頬杖ついて遠くを見るような表情になった。

「よくロッカー、入って遊んだな。掃除用具のやつ」

そんなことを急に言われたのに、俺の脳裏に一気に蘇る風景があった。

日に焼けた教室のカーテン、机に鉛筆で落書して消した跡、小学校の廊下に反響する上履きの走り回る足音。

掃除用ロッカーに入って、スリットの隙間から見る細長い廊下。あの独特のにおい。

「うわーっ、懐かしいっ」

先に声を出したのは岩井だった。

「やったなあ、白鬼さまごっこ」


「白鬼さまごっこ」。

俺たちが小学生だったころ流行ったゲームに、「白鬼さまの怪異」というのがあった。

廃墟のホテルに肝試しに行った学生四人が、謎の怪物「白鬼さま」に追いかけられ逃げながら謎を解き、脱出を目指すゲーム。まあ、よくある類の。

その白鬼さまに追い掛けられた時に、ホテルにランダムにあるロッカーに入ると白鬼さまに気付かれずに済むのだ。

実を言うと俺はゲーム自体はちゃんとプレイしていない。日吉の兄貴とその友達がやるのを見せてもらっていただけだ。

学校では岩井と日吉と他何人かの友達と、よく掃除用ロッカーを使ってかくれんぼと鬼ごっこを混ぜたような「白鬼さま」ごっこをした。

白鬼さま役がプレイヤーを追い掛け回し、捕まえたらそいつも白鬼さまになる。

掃除用具入れロッカーはセーフゾーン。

「あ。そういやあ、あの曲の音、学校の掃除用具ロッカーの音に似てるのかも」

唐突に思い出して言った。

掃除用ロッカーは各所にあったが、頭に浮かんだのは体育館倉庫にあった二台並んだロッカーだ。

あそこ、二台あるから、お得感があったんだよな。

「あー、それだ!」

「そうかも……!」

岩井と日吉も背筋を伸ばして目を見開いている。俺と同じように、あの小学校の白鬼さまごっこの記憶が鮮明に蘇っているのだろう。

「独特な音するロッカー、あったもんな」

「体育館倉庫のやつじゃなかった? うわ、まじそれな気がする」

「まじでそうじゃね? もっかい聞いてみよ」

三人であの曲をもう一度聞くと、まさに記憶にあるあの開閉音そのものに聞こえた。

「うわぁああ」

「まじかよー!」

わちゃわちゃ盛り上がって、酒の勢いもあって「明日母校に遊びに行って、実際に聞こう」という話になった。


いや、そうは言っても部外者が急には入れないだろ。

翌日の朝実家の俺の部屋で起きてすぐ、我に返った。

小学校、九時集合。それだけ憶えていたが、まず朝が早すぎる。二日酔いには辛すぎる。

「岩ちゃん、今の小学校ってあんま無関係な人は入れないんでないの」

岩井にすぐ電話すると、岩井は元気いっぱいだった。

『大丈夫大丈夫!』

何を根拠に。

『俺の娘、今在校生だぞ。俺、PTA会長』

「まじか」

なんと、岩井は要職に就いていた。

『教頭にはさっき話通しておいたから』

「大物に話を通すな。仕事が早すぎる」

夏休み中だからそりゃ児童はいないんだろうが……。岩井、なんて説明したんだろ。


坂の上にある小学校は記憶にあるよりも少し小さくなった気がした。

渡り廊下や校庭の遊具が新しくなり、俺達より後の卒業制作らしいタイル絵が校舎の外壁に飾ってあったりしたが、それでも懐かしく、胸が詰まる思いがする。

「うわあ……」

日吉も大きく息を吐いている。

「変わってるんだろうなと思ったのに、思ったよりは変わってない」

「回旋塔なくなったな」

「あのタイヤの跳び箱あった?」

「なかった。と思う」

などとキョロキョロしていると、昇降口から岩井が「おーい」と手を振って俺達を呼んだ。

「スリッパ、持ってきた?」

「あ、忘れた」

仕方ないから靴下で上がる。

「俺は持ってきた」

日吉がどこか懐かしい実家感満載の花柄のスリッパを取り出した。そのスリッパが入っていた袋に靴を入れる。いいけど、帰りにその袋にまたスリッパを入れるの?ちょっと汚くない?

「泉も入れていいよ」

見ていたら日吉が誤解して、袋を差し出してくれた。

「置きっぱなしにしちゃ駄目なの?」

「駄目だよ」

何故かそこだけは二人とも厳しい。


足を踏み入れた緑の長い廊下。

記憶にあるよりも何もかも小さい。

「懐かしいような、そうでもないような」

日吉がそう呟いたが、全くの同意である。

階段や緑の廊下、窓の位置は懐かしいと感じるのに、綺麗になったトイレの入り口や水道の蛇口は見慣れない、全然知らない小学校のようだ。

「椅子も机も、ちっちゃ!」

適当に入った教室は一年生の教室で、机が大人の椅子よりも低い。

黒板には白いプロジェクタが掛かっており、テレビは天井から薄型がぶら下がっていた。

きぃい、がちゃん。

突然真後ろでその音がしたので、俺はビクッと背筋を震わせた。

「懐かしい……と言いたいところだけど、掃除用具入も新しい感じがするな」

日吉が教室の角の掃除用具入れを開けて閉めた音だった。

俺はビビった手前、自己申告する。

「なんかさあ、白鬼さまごっこのせいでその音、ちょっと苦手というか、ヒヤッとするわ」

「それは俺も今思った」

開けた日吉も苦笑いして同意した。

掃除用具入に入っていれば安全。だけれど、白鬼さまごっこにおいて、一番危ないのはそこを出る時なのだ。

ゲームでの白鬼さまはプレイヤーを見失うと消えるのだが、俺らがやっていた白鬼さまはもちろん消えない。ロッカーから出る子供を隠れて待ち構えて捕まえる白鬼さまもいた。

ロッカーを開ける時の、きぃい……という僅かな音が命取りになる。

「そういえば、花ちゃんはうまかったよな、ロッカーから脱出するの」

ぽつりと岩井が言って、頭の中に「花ちゃん」が像を結ぶ前に、俺と日吉の口から「ああー!」と勝手に嘆息が出た。

「花ちゃん! 懐かしい……!」

花ちゃんは花丸絢斗(けんと)という転勤族の男の子だ。何年生からかは忘れたが、転入してきて、小学五年生の時にやはり転出していった。

そうだ、花ちゃんがいたな。

今の今までどうして忘れていたんだろう。あんなに一緒に遊んだのに。

「懐かしいなー!」

「花ちゃん、元気かなぁ」

花丸はヒョロヒョロしたもやしっ子だったが、意外なほど足が速かったことを憶えている。

白鬼さまでプレイヤー側になると、いつも花ちゃんが最後まで残ったっけ……。

「あれ、知らねえの? 花ちゃん、死んだよ」

岩井があっさりそう言って、頭を掻いた。


「まあ正確には行方不明だけど……」

黙ってしてしまった俺たちを先導するように、岩井が廊下に出る。

後を追いながら、その言葉の意味を探した。

「行方不明?」

「そう。震災の時らしい」

震災。また、震災か。

あれから十五年余経っても、たまにこういうことがある。

思い出しもしなかった人たちが、実はあの日亡くなっていたと知らされて、否が応でも過去に引き摺り戻される。

地元を離れたから余計にそういうことが多いのかもしれない。

「うち、母親同士が仲良かったから。んでも聞いたのは結構後だったけど。……花ちゃん当時、由羅浜(ゆらはま)にいたんだ」

「……そっか」

由羅浜は宮城県内の海沿いの街だ。この地名を言われて津波を想起しない宮城県民は多分、いない。少なくとも、俺らの世代はそうだ。

「花ちゃん以外の家族は助かったんだけどな」

「そっかぁ」

「いっぱい死んだからなあ」

岩井は慰めるようにそう言うが、それでもやはり、今の今まで花丸の死を知らなかった自分が、少し薄情に思えた。


「おー! まだあった!」

大の大人三人で歓声を上げるが、ただの掃除用ロッカーだ。

体育館倉庫。耐震工事と共に内装も改修したという体育館だが、壁の窪みにフィットする二台の掃除用ロッカーは当時の薄汚れたロッカーのままだった。

「うわー、こんなんに入ってたのか、俺」

「当たり前だけど、昔よりぼろい」

奥のロッカーに手を掛けて、開けてみる。


ひぃいん


小動物の悲鳴のような、金具の軋む音。

「これだ」

三人の声が揃った。


ひぃいん、どじゃん。


岩井が再生した音楽に混じる異音は正しくこの音だった。

どじゃん、と閉まる前にほんの微かに「キチッ」と(しか形容できない)音がするのも、同じ。

「えーっ、マジで同じじゃん」

「こっわー!」

曲をまた再生して比べる。怖いと言いながら、笑いが止まらなくなった。

なんでなんだ? 謎過ぎる。

「てかさ、岩ちゃん。これ、YouTubeとかだとこの音聞こえなかったけど、音源どっから取ったの?」

そうなのだ。公式……かどうかはわからないが、他のYouTubeやWEBに落ちている音源だと、このロッカー音は聞こえなかった。

「これぇ? 俺も送られてきたんだ、知らないやつから」

「は? なにそれ、怖」

「なんかさー、LINEで急に送られてきて。友達かと思って再生したんだけど、多分知らない奴だと思う。もうブロックしたし」

「そういうの多分再生しないほうがいいって……」

呆れたように俺と日吉が言うが、岩井はニッと笑った。

「でもお蔭で面白かったじゃん」

「いや怖いんだって!」

ゲラゲラ笑う。

マジでなんなんだ。オチも何もない。

でも何故か、少年探偵団が謎解きをしたかのようなスッキリ感があった。いや、中年探偵団か。

「久しぶりに白鬼さまごっこでもやるか?」

「やらねーよ!」

今にもロッカーを開けて入りそうな岩井に日吉と二人で突っ込む。

大の大人が三人で掃除用ロッカー開閉して、何を喜んでるんだ。シュールで仕方ない。

「もー行こ行こ。どうせだから、ヨッシーがアカリちゃんに振られた懐かしの音楽室も見て帰ろうぜ」

「イヤァア」

俺が体育館倉庫を出ながらそう言うと、日吉が半分本気のような悲鳴を上げた。

「いつまで憶えてるんだよ! マジでトラウマだから、あれ!」

「ヨッシーの結婚式で言おうと思って……」

「絶対呼ばねえよ!」

などと言いつつ、開けっ放しにしていた体育館の出口まで行って、日吉に靴を返してもらう。一旦外に出ようとスニーカーに足を入れたところで、耳をあの音が掠めた。


ひぃいん、どじゃん。


「あれ?」

俺が振り返ると同時に日吉も振り返る。

日吉の後ろにいるはずの岩井がいなかった。

「岩ちゃーん?」

呼びかけるが、返事がない。

「今あのロッカーの音しなかった?」

「まじかよ、何やってんだ」

日吉と顔を合わせる。

もしかして……。

「ロッカーに隠れた?」

「嘘だろ」

しかし、岩井なら有り得る。

「ちょっと見てきて、白鬼さま」

既に靴を履いてしまった俺は面倒臭がって日吉にお願いした。日吉も「えー、まじかよ、めんど」と言いつつ、こうなると岩井に乗るのが最速だとわかっているため、踵を返して体育館倉庫に向かった。

「ど~こ~だ~」

などと低い声を出すあたり。結局あいつは優しい。

俺は笑いながら、ポケットのスマホを取り出して時間を確認した。

まだ十時か。家で二度寝してからでも新幹線に間に合うな。


ひぃいん、どじゃん。


スマホでそのままSNSをチェックしてた俺は、ロッカーの開閉音がして、騒ぐ日吉の声が静かになったことに遅れて気付いた。

「……あれ? ヨッシー?」

振り向くと、誰もいない。音もしない。

まじかよ。日吉も乗るんかい。

「んっもー、子供なんだからぁ」

仕方ない。渋々靴を脱いで、靴下で倉庫に引き返す。

ここは俺も乗るべき?

「お~い~。どぉこ~だ~」

こんなんだっけ? 今やると微妙に恥ずかしい。俺も相手もおっさんだし。

体育館倉庫に入ると、日吉が持っていた靴の入っているビニールが落ちている。芸が細かいよ。

「おおおおい、こぉこぉかあ」

ドンドンドン、ロッカーを叩く。

よく入るな、しかし。子供の頃には気にならなかったけど、掃除用具入れだけあって結構汚いし臭い。

「ぅおおおい、出てこぉおい」

ドンドンドン。

「……」

反応なし。マジかよ。んもー、俺らもう三十路(みそじ)ぞ。

「ここにいるのはわかってるんだー! 進化した白鬼さまはぁ、ロッカーを開けるぞー!」

ズルを予告して、ロッカーの扉に手を掛ける。さすがにずっとは付き合いきれん。


ひぃいん。


「……あれ?」

軋む音を響かせて開けた奥のロッカーは、誰もいなかった。

「え、お前らまじ?」

俺は笑ってしまう。ここにいないということは、手前のロッカーに二人で隠れてるってことだ。

「おっさんの箱詰めはここかぁあ」

手前側のロッカーを勢いよく開ける。

ひぃいん。

「……」


誰もいなかった。


岩井と日吉は、それきり、文字通り消えてしまった。


倉庫内、体育館内、校舎内はおろか、近隣を捜索しても手掛かり一つ目撃証言一つ得られなかった。

当然疑われた俺は警察や二人の家族に何度も何度も同じ説明をして、何度も何度も掃除用具入れから人が消えたなんて幻想だと言われた。

最初は全部作り話で、俺が二人をどうにかしたのだろうと、そう言われた。

俺は勿論何もしていない。

幸い校舎から体育館に三人で入る所や、俺が何か叫びながら(二人の名前を呼んでた)体育館から出てくるところは防犯カメラに記録されていて、時間軸的にも疑いはすぐに晴れた。と思う。

今有力視されている説は、俺が目を離した隙に防犯カメラに映らない窓から別の場所に二人が行って、そこで何か事故にあったのだろうということ。というか、それしか考えられないと。

でもあの僅かな間に二人がどこに行くっていうんだ? 靴さえ置いて?

……それに、俺は確かに聞いたんだ。あのロッカーの独特な開閉音を。


ひぃいん、どじゃん。


何故かあの音が、耳から離れない。



東京に帰る日。

俺は小学校の教頭に無理を言って、再びあの体育館倉庫を訪れていた。

勿論教頭も付き添ってくれてる。もう学校も始まっているし、俺はこれ以上はない程の立派な不審者だからだ。

「子供達も不安に思っていまして……。怪談みたいに面白がる子もいるので、もうこのロッカーは処分しようかという話が出ているんです」

教頭はそう言って、隈の浮いた俺の顔を気味悪そうにチラリと見た。

俺は教頭の話を無視して、奥のロッカーに手を掛けた。

「……あの日、確かにこの音を聞いたんです」

俺は呟きながら、ロッカーを開ける。


ひぃいん。


中には勿論誰もいない。あの日もそうだった。

「本当に面妖というか、不可思議な事件ですよね」

教頭がそう言って、早く帰りたそうに手を擦る。

俺は構わず、手を動かし続けた。


ひぃいん、どじゃん。

ひぃいん、どじゃん。


「……すみません。気が、済みました……」

何度かロッカーを開閉して、やっとそう言うと、教頭がほっと息を吐いた。

本当は全然済んでいない。

岩井も日吉も、未だにここに隠れて息を潜めている気がする。

最後のつもりで、ロッカーに手を掛けた。

ひぃいん

……どじゃん。


さっさと戻ろうと背を向けた教頭は、その音に振り返った。


そこにはもう、誰もいなかった。





あれ、俺は何をしてたんだっけ。


暗闇。だけれども、ゴミ箱の中のような、嗅ぎなれた()えたにおいのお蔭で、すぐに掃除用ロッカーの中だ、と気付いた。

爪先立ってロッカーの細長いスリットから外を見ると、見覚えのある人影がふらふらと近づいて来る。

俺はロッカーを内側から開けようとした。


――だめだよ。


後ろから声がした。

「……花ちゃん?」

何故か久しぶりに聞くような気がする、男友達の声。

――開けたら、白鬼さまに見つかっちゃうよ。

「あ、やべぇ、そうだった」

そうだそうだ。俺は何を自ら投降しようとしているのだ。

するとガァン!

と突然けたたましい音がした。俺はビクリとする。

白鬼さまがロッカーを叩いている。

ガァン! ガァン!

――じっとしてて。白鬼さまが、行ってしまうまで、絶対に開けちゃだめだよ。

もちろん、わかってる。

白鬼さまは何度かそうやって俺のロッカーを叩いた後、隣のロッカーも狂ったように叩いて、それからどこかに行ってしまった。

「行った、行った。サンキュー、花ちゃん」

――全然いいよ。

「しかし、滅茶苦茶叩いてたな。諦め悪いし、ロッカー開けようとしてなかった? 白鬼さま。ルール違反だよな」

大丈夫だよ、絶対に外からでは開かないから。

「てか花ちゃん、いつの間に戻ってきてたの? また転校してきたの?」

戻ってないよ。


この学校から転校して、新しい学校で、おれは毎日いじめられるようになった。

理由なんてわからない。

何が気に触ったのか、ある日登校してきたらもう、「そのように」なっていた。

小突かれる、物を隠される、作った作品をグチャグチャにされる……。

どうしたらいいかわからなくて、俺はずっとへらへらしてたよ。親にも心配かけたくなくて、言えなかった。

同じ地域の中学に進学しても同じ。

でも、おれは皆と仲良くなりたくてさ、白鬼さまごっこの話をしたんだ。

そうしたら、今度は遊んでやるって言われて掃除用具入れに閉じ込められるようになっちゃって。

あの日もそうだった。体育の片付けをしていただけだったのに、何人かに押し込められて、ガムテープかなんかで開かないようにされた。

いつものことだったからさ。親が学校に探しに来るの、待とうと思ってたんだ。

そうしたら、突然もの凄い地面の揺れがあって、ロッカーが倒れて、それからサイレンと、この世のものとは思えない程の轟音が――。


ここに戻りたかったよ。

心底戻りたかった。

みんなとまた、遊びたかったよ。


「花ちゃん、白鬼さまがいないうちに、逃げようぜ。ほら、開けるぞ」

――うん、開けよう。岩ちゃんもヨッシーも、待ってるよ。


ひぃいん、どじゃん。



お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
人物や情景を書くのが上手いかたのホラーというのは効きますね。 リアルだなと。実際にいそうな人たちの実際にありそうなやりとりのせいか、お話が自然に頭の中に入ってきました。効く…。 どこかでいつか感じたか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ