第7章(後半):壁ドン、事故、そして魂の片割れ
「んんっ……♡」
沈黙。 レントの体が完全に凍りついた。
その声は……明らかに男の声ではない。彼のすぐ目の前で漏れた、抑えきれない吐息のような甘い声。 温かい息が彼の顔を撫でる。自身の唇に、その柔らかな息遣いを感じる。彼らの距離は……あまりにも近すぎた。
ゆっくりと……非常にゆっくりと……レントはまぶたを開いた。 彼の視界に最初に飛び込んできたのは、紫色だった。 アメジストのように美しく、澄んでいて、輝く一対の瞳。彼がよく知っている目。毎朝、鏡の反射で見ているのと同じ目だ。 ただ一つ違うのは、目の前にあるその瞳が、魅惑的で長いまつげに縁取られていることだった。
彼らの顔は、ほんのわずかな距離しかなかった。尖った鼻先が触れ合いそうだ。 少女の頬がほんのりと赤く染まっているのが見える。だが奇妙なことに、そこに怒りはなかった。 むしろ、彼女の赤い唇は弧を描き、意味深な薄い笑みを浮かべていた。
「あら〜?」 再びその声が聞こえた。柔らかく、軽やかで、耳をくすぐるような声。 少女はレントの手を払いのけなかった。それどころか、彼女は胸を少し張り、レントの手のひらを自分自身の『武器』へとさらに深く押し当ててきた。
「商品の品質チェックは済んだかしら? 見知らぬお客様?」 彼女はからかうような口調で囁いた。 「その無表情な顔に似合わず、ずいぶんとイケない手をしてるのね?」
レントは少女を見つめ、そして……目の前の少女の柔らかい物体をさらに押し込んでいる自分自身の両手を見下ろした。 彼は素早く両手を引っ込め、再び少女の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「だ、誰だお前!? 俺に何の用だ」 彼は早口で尋ねた。
視線は真っ直ぐだったが、彼の額にはすでに冷や汗が浮かんでいた。目の前に広がる現実の光景に、急激に頬が熱くなるのを感じる。
少女の薄い笑みはさらに深まった。同じ姿勢のまま。 「私の用事? ふふふ……私の用事は、まさに目の前にあるわ。今ね、『私』さん」
少女はさらに体を前に乗り出してきた。 彼女の豊かな胸が、レントの平らな胸に直接押し付けられる。
レントは、正常な状態ではあり得ない密着を通じて、少女の心臓の鼓動を感じることができた。
――ドクン。ドクン。ドクン。
そのリズム。 彼が感じたのは、少女の心拍だけではなかった。自身の胸の奥底に這い入ってくるような、奇妙な振動。 まるで、二人の心臓が全く同じリズムで太鼓を叩いているかのような。恐ろしいほどのシンクロニシティ(同調)。
「あなたの心臓、すごくうるさいわね〜」 少女が囁く。彼女の吐息がレントの耳をくすぐり、青年の全身の毛を逆立たせた。 「口では『誰だ』って忙しく聞いてるのに、体の方は私をもう知ってるみたいじゃない。素直じゃない『私』さんね」
レントは歯を食いしばり、この非論理的な状況を必死に処理しようとした。脳は逃げろと叫んでいるのに、足はそのアメジストの瞳に地面へと釘付けにされたかのようだ。 「離れろ」レントは低く、かすれた声で威嚇した。「お前……近すぎる」
「私が嫌だって言ったら?」 少女は逆に片手を上げた。彼女のしなやかな人差し指がレントの顎のラインをゆっくりとなぞり、顎先で止まる。 彼女は少し上目遣いで、品定めするような視線でレントを見つめた。まるで鏡を見ているかのようだが、その反射に満足していないかのように。
「残念だわ……」 彼女は呟く。からかうようなトーンから、少しがっかりしたような声に変わった。 「私たちのこの顔は、神クラスのポテンシャルを持ってるのに。高い鼻、シャープな顎のライン、鋭い目……。それなのに、あなたはその悲惨な『死んだ魚』みたいな表情で台無しにしてるのね」
――チョン。 少女の指がレントの鼻先を突いた。
「美しい絵画を、食べ物の包装紙に使ってるようなものよ。本当にもったいない」
「離れろ!」 レントは乱暴に少女の肩を押し返した。そして、赤く火照っているかもしれない自分の顔を隠すように、彼女に背を向けた。
「イカれてる」 レントは先ほど触れられた顎をこすりながら毒づいた。 「お前、一体何者だ? ドッペルゲンガーの悪魔か? それとも発情した幽霊か?」
「幽霊?」 小さな笑い声が聞こえた。レントは警戒して振り返る。 少女は今、壁に寄りかかり、何事もなかったかのようにリラックスして立っていた。右手で紫色の髪の毛先をいじり、ゆっくりとクルクル回している。
「ハズレよ。答えはあなたの目の前にあるのに」 少女は自分の顔を指差し、次にレントの顔を指差した。
「私はあなたよ。あなたをもっと可愛く、もっと明るくして……そして、もっと『ボリューム』を持たせたバージョンよ。分かるかしら? 鏡の中のイケメンさん」
彼女は一歩前に踏み出した。
「私の名前は……カエンシスタ・サイチ。覚えておいてね。カ・エ・ン・シ・ス・タ」 少女は自信に満ちた笑顔でもう一度ウィンクをした。
「絶対に忘れないでね、私の魂の片割れ(ソウルメイト)さん」




