第37話:青いシルエットと緑の木 ~謎めいた過去の悪夢~
夜も更けたルメリヤ市。アルヴィア・ハウス304号室の窓の隙間から、三日月がそっと覗き込んでいた。ベッドの上ではレントが仰向けに眠り、部屋の隅からは休息中のファイア・バンとモロの規則正しい寝息が、静寂の夜を彩っていた。
だが、その無気力な青年の頭の中には、平穏など微塵も存在していなかった。
――暗闇。
レントは絶対的な虚無の中に立っていた。踏みしめる地面もなければ、見上げる空もない。ただ果てしなく続く何もない空間。彼はここに来るのが日常茶飯事だった。ここは彼がすべての色彩と感情を捨て去る場所、「初期化の部屋」なのだ。すでに日課と化した夢である。
しかし、今夜は違った。夢の中の空気が異常に冷たく、骨の髄まで凍りつくようだった。
突如として、目の前の光景が歪んだ。暗闇が引き裂かれ、葉の生い茂る巨大な木のシルエットが浮かび上がった。全体の色はぼやけているが、葉の部分だけが鮮やかな緑色のシルエットを放ち、それは酷く見覚えがあるのと同時に、胸を締め付けるような痛みを伴っていた。
レントは後ずさりしようとしたが、足が硬直して動かない。脳は逃げろと叫んでいるのに、体が命令を拒絶していた。
ズバァッ!
背後から、漆黒のシルエットが猛スピードで迫ってきた。目に見えない鋭利な刃が彼の肩を貫き、レントの体を強制的にその緑の木に縫い付けた。痛みはない。だが、絶対的な冷気と麻痺がレントの呼吸を奪った。動けない。ただ見ていることしかできない。
彼を貫いた黒いシルエットは徐々に薄れ、地面に溶けていった。
レントの目の前、緑の葉のシルエットを落出すその木の下に、別のシルエットが現れた。それは……鮮やかな青色をした、小さな子供のシルエットだった。その子は一人で丸くなっている。レントは目を限界まで見開いた。胸の中で心臓が激しく暴れ回る。
(やめろ……)
レントの心は声にならぬ絶叫を上げた。
暗闇の四方八方から、何十もの漆黒のシルエットが這い出てきた。それらは地を這い、歩み寄り、小さな青いシルエットを取り囲んだ。飢えた古代の怪物のように、黒い影たちは巨大な刃のような手を振り上げた。
そして、姿なき笑い声が響く中、一斉に振り下ろされた。
ズブッ!ズブッ!ズブッ!
彼らは容赦なく、小さな青いシルエットを突き刺した。何度も、何度も。引き裂き、破壊し、その青色を微塵も残さず貪り食い、死に絶えた灰色へと変えていく。
木に縫い付けられたレントは口を大きく開けて叫ぼうとしたが、声は出なかった。胸が砕け散るようだった。凄まじい窒息感が彼の首を締め付けていた。
「ハッ!」
現実世界で、レントの紫色の瞳が見開かれた。
青年は荒い息を吐きながら飛び起きた。まるで深海から引き上げられたばかりのように、必死に酸素を求めていた。ハァ……ハァ……ハァ……。冷や汗が額と首すじを滝のように流れ落ち、寝巻きのシャツを濡らしている。
レントは自分のシャツごと左胸を強く握りしめた。肋骨を突き破りそうなほど、心臓が荒れ狂っている。震えが止まらない。全身に凄まじい悪寒が走る。自らの謎めいた過去を深く封じ込めて以来、何年も感じたことのない肉体的な反応だった。
「レント様!?」
不安という魔力の波のうねりを察知したモロが、すぐさまフワリと近づいてきた。
「大丈夫ですか!? 顔面蒼白ですよ!」
レントは答えなかった。途切れ途切れの呼吸をコントロールするのに必死だった。月明かりの下、小刻みに震える自分の手のひらを見つめる。先ほど引き裂かれた青いシルエットの残像が、まだ網膜に焼き付いていた。
(……クソが)
レントは心の中で悪態をついた。なぜ今なんだ? なぜあのゴミみたいな記憶がまた蘇ってきた?
青年は目をきつく閉じ、脳に強制的に『フォーマット』を再開させた。深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。すべての感情、恐怖、そして恐怖の残滓を、心の奥底にある深淵へと力ずくで押し込めていく。
一分後、再び目を開けたとき、彼の瞳は元の虚無を取り戻していた。平坦で、冷たく、そして灰色だった。
「……なんでもない、モロ」
レントは、できる限り平常を装ったかすれ声で言った。
「ただの……悪夢だ」
翌朝。
304号室のカーテンの隙間から差し込む朝日が、レントに強制的に目を開けさせた。青年はベッドの端に座り、乱暴に顔をこすった。昨夜の悪夢が残した胸のつかえはすでに消え去り、彼が常に飼い慣らしている平坦な虚無感に取って代わられていた。
シャワーでも浴びようと腰を上げた、まさにその時だった。
ドアを叩く連続音が響き渡った。
トントン!トントントン!
「起きなさいよ、このニート医者! もう日が昇ってるわよ!」




