第3章 – エルテリオンという名の世界
【作者からのお知らせ】
読者の皆様、いつもありがとうございます!
今回の第3章は、少し(いや、かなり?)文字数が多くなってしまいました。
お時間のある時に、ゆっくりとリラックスしてお楽しみください!
レントは再び目をきつく閉じ、そして長くため息をついた。
再びまぶたを開けた時、この馬鹿げた光景が消え去り、元のバス停の天井に戻っていることを願って。
一秒。二秒。
再び目を開ける。
……くそっ。
空はまだそこにあった。
やけに明るすぎる青、やわらかすぎる雲、そして心地よすぎる草。
この世界は現実であり、それがひどく腹立たしかった。
レントは何度も瞬きをした。開いて、閉じて、また開く。
まるでこの場所が現実だと信じられないかのように。美しい夢が、現実に漏れ出してきたかのように。
「はぁ……自分の夢の中に閉じ込められちまったみたいだ。まあいい、これ以上考えると頭が痛くなる」
レントは自分の新しい装備を見下ろした。以前の服は変わっていた。
今は、内側にシンプルな白いシャツを着て、薄茶色のレザージャケットを羽織っている。
伸縮性のあるゆったりとしたズボン、横に小さなポーチがついたベルト、そして見慣れない素材でできた丈の長いブーツ。
背中には小さなショルダーバッグが掛けられていた。
「ふむ。悪くない。でもなんで急にこんな小さなバッグを背負ってるんだ? これも幻覚の一種か?」
レントはバッグをポンポンと叩いた。
しっかりとした手応えがあった。
「本物のバッグか。まあいい、タダで使えるアイテムだな」
レントは再び周囲を見渡した。
そびえ立つ木々の森、遠くに見える城、そしてさらに遠くにある氷の山のぼんやりとしたシルエット。
西側には、白い石でできた小道が丘の向こうへと下って消えているのが見えた。
その時……見知らぬ声が聞こえた。柔らかく、甲高く、そして……少しばかりイラつく声だ。
『エルテリオンへようこそ、異邦の魂の来訪者さん!』
レントは振り返った。
空中に、青い毛玉のような丸い生き物が浮かんでいた。
小さな二つの羽と、本人にしか見えない想像上の目を持っている。話すたびに、その体は小刻みに震えていた。
『僕の名前はモロ! あなたのガイドを務めるよう任命されました……ええと……初期の適応フェーズの間だけですが、そんな感じです!』
レントは眉をひそめた。
「毛玉? お前、何の生き物だ?」
モロの(想像上の)目が輝いた。
『もちろん、最高の知識を持つ生き物ですよ! 僕は世界を案内するガイドです。そしてあなたは僕の新しい来訪者さん! おめでとうございます!』
レントはこめかみを揉んだ。
「わかった、お前は知識の生き物だ。でも、なんでお前が俺のガイドに選ばれたのか教えてくれないか?」
モロは困惑したように見えた。
『えっ? なんで僕か、ですか? うーん、僕にも分かりません。ただ突然、あなたがこの世界に降り立つという通知が来たんです。詳しい説明が必要ですか?』
「いや。もういい、考えるだけで頭が痛くなってきた」
レントは腕を組んだ。
「いいだろう、モロ。教えてくれ。俺は草原の真ん中に降り立った。そしてこの辺りはかなり奇妙だ。この変な世界について、手短に説明できるか?」
モロは素早く頷いた。
『もちろんです! ここはエルテリオン。魔法と魂の調和によって創られた世界です。この世界は——』
「——待て。魔法の世界?」
『はい、そうです! この世界は魔法の世界です。あなたもたくさんの魔法を学べますよ、ご安心を!』
レントは再びこめかみを揉んだ。
「くそが。新しい人生でも、また一から勉強し直しかよ」
レントは再びモロを見つめた。
「よし、それなら俺はこの変な世界で何をすればいいんだ? 変な任務を与えるなんて言うなよ。もしそうなら、今すぐ自分で自分の墓穴を掘るぞ」
モロは慌てて震えた。
『ま、待ってください! 早まらないで! 僕の仕事は案内することだけです。任務を与える者じゃありません。あなたはただ……まずは適応すればいいんです。だってこの世界は……少し不安定ですから』
「はぁ……やっぱりな」
彼は青空を見上げた。
「あのクソ白い神様、わざと俺をからかってるな。この世界も壊れてるのか? 上等だ。俺の苦しみはそう簡単には終わらないってわけか」
モロがフワフワと近づいてきた。
『それで……旅の始まりの準備はできましたか、異邦の魂の来訪者さん?』
レントは顔を背けた。
「勝手にしろ。それに、その呼び方はやめろ。俺の名前はレントだ。わかったか?」
モロは元気よく震えた。
『了解しました! レント様! 最初の目的地は、この石の道に沿って進むことです。僕についてきてください!』
彼らは東から奇妙な匂いを運んでくる風に逆らって歩き始めた。
モロはまだ『魂と調和』についてペチャクチャと喋っていたが、レントは周囲の地面を観察するのに忙しかった。
この草原はただの草原ではない。
特定のエリアを通過するたびに、地面に描かれた奇妙な模様……かすかなシンボルのようなものが、弱く光を放っていたのだ。
レントは片眉を上げてそれを見つめた。
「なんだこれ? 何かの模様か? 誰がこんな所に落書きしたんだ?」
◆◇◆
彼らは歩き続けた。 同じ草原の広がりだったが、今回は特定の場所で、草がわずかに赤みを帯びているように見えた。
全く無警戒に、その草原を通り抜ける際、レントは色あせた円形の模様の一つを踏みつけてしまった。
――ジュッ。
「うっ……足が熱い」 レントは少し足を上げながら呟いた。 ブーツの底から細い煙が立ち上っている。 「焚き火の跡でも踏んだか?」
前方で一人楽しくおしゃべりしていたモロが、ゆっくりと振り返った。
『そしてこの先にはきっと——』 モロが凍りついた。その丸い体の震えがピタリと止まる。 (どこにあるか分からない)目を見開いた。
『ご、ご主人様! 早くそこから離れて!』
「は? 何が……」 彼がその警告を理解する間もなく、突然レントの足元の地面が激しく揺れ始めた。
――ボワッ!
ほんの一瞬で、周囲の温度が急激に上昇する。
「あっつ!!」
あまり男らしくない悲鳴がレントの口から漏れた。 彼は驚いた猫のように後ろへ飛び退き、黒い煙を上げる新しいブーツを慌ててバンバンと叩いた。
モロがパニック状態で飛んできて、レントの頭の周りをぐるぐると飛び回る。
『ご主人様! 逃げないと! 今このエリアをスキャンしたら、眠っている炎の精霊が確認されました! ご主人様は今、その顕現体に足を踏み入れたんです!』
レントはようやく哀れなブーツを救い出したところだった。荒い息を吐き、冷や汗を流しながらモロを睨みつける。
「どういう意味だ、毛玉? 俺がそいつの体を踏んだだと?」
『そうです! 尻尾を踏んづけたんです!』 モロがヒステリックに答える。
「くそっ。生き返ってまだ数分だぞ、もう地獄の試練かよ」
地面の奇妙なシンボルからの光がさらに明るさを増し、目を眩ませる。 ひび割れた地面の隙間から、一体の生き物がゆっくりと姿を現した。
ファイア・バン。 モロのデータによれば、そういう名前らしい。
一見すると、その生き物は……可愛かった。 太ったウサギのような姿。長い耳を持ち、鼻をピクピクと愛らしく動かしている。
問題はただ一つ。全身が燃え盛る炎でできていることだ。
目は可愛らしい黒いビーズではなく、鋭く赤い残り火。 足の爪が地面を掴み、焦げ跡を残す。熱風がレントの顔を直接叩きつけた。
炎のウサギが低く唸り声を上げる。
レントは一歩後ずさった。両手をゆっくりと上げ、引きつった笑顔を作ろうとする。
「ええと……モロ? こいつ……言葉は通じるか? 命の交渉をしたいんだが」
モロはレントの頭上で回るのをやめ、主人の顔の高さまでゆっくりと降りてきた。
『うーん……どうやら』 モロはウサギを観察しながら呟く。 『攻撃してこないみたいです、ご主人様』
「お前……本気か?」 レントは疑わしげに返し、モンスターから目を離さない。
モロが後ろ(レントの方)を振り向いた。その丸い顔——顔のパーツはないが——は、自信満々に頷いているように見えた。
『はい、ご主人様! なぜなら、この生き物はきっと……』
だが…… モロが熱心に説明している間、レントの目は恐怖で見開かれていた。
目の前で、炎のウサギはくつろいでなどいなかった。 口を大きく開け、その直前でメロンほどの大きさの純粋な火球が激しく震え、肌を焦がすほどの熱気を放っていたのだ。
豆粒ほどの冷や汗がレントのこめかみを伝い落ちる。
「モロ……」 彼はかすれた声で呼んだ。
『——また、特異な構造を持つユニークな生き物でもあり——』
「モロ!!」 レントの叫び声が、毛玉のおしゃべりを即座に断ち切る。 「お前……後ろを見たほうがいい。今すぐだ」
モロは再び体を回転させた。今度こそ、もし目があったなら、間違いなく眼窩から飛び出していただろう。
『ご主人様! 危ない!!』 ヒステリックに叫ぶ。
――ドゥオンッ!
火球が彼らの立っていた場所を直撃する直前、レントは右へ飛び退き、モロは左へ急旋回した。
――ズドオォォン!!
射線上にあった木が一瞬で黒焦げになった。 幹には大きな穴が開き、煙を上げる黒い空洞だけがくすぶって残っている。
レントはしゃがみ込んだ姿勢で着地し、荒い息をついた。木の穴を見てから、モロの方を振り向く。
「このクソ毛玉! お前が説教垂れてる間に避けてなかったら、今頃俺は黒焦げの肉塊になってたぞ!」
『すみません、ご主人様!』 向こうの茂みからモロの高い声が聞こえた。 『先ほどは生き物の潜在能力を分析することに集中しすぎて——』
「黙れ!」 レントはパニック気味に遮った。 「もう一言でも喋ったら、お前を焼き毛玉にするからな、わかったか!?」
ファイア・バンは休む間も与えず唸り声を上げ、レントを追いかけ始めた。一歩踏み出すごとに、草が燃え尽きた跡が残る。
レントは立ち上がり、炎のウサギの飛びかかりを避けながらジグザグに走り出した。
「くそっ! ここに着いてまだ数分なのに、ウサギに生きたまま焼き殺されるのか!?」 レントは苛立ちを込めて叫んだ。肺が爆発しないことを祈りながら、必死に足を動かし続ける。
モロが空中でオロオロと飛び回る。 『落ち着いてください、ご主人様! 通常、この生き物は手懐けることができるんですが、ええと……』
「手懐ける!? 冗談だろ!」 レントは走りながらパニック状態で返す。
(くそっ! このままじゃ息がもたない!) レントはバッグをちらりと見た。
(そうだ、バッグだ! 何か役に立つものが入ってるかもしれない)
彼は走りながらバッグに手を突っ込み、使えるものを探り当てようとした。手の中で細長くて軽いものに触れる。
「あった! くらえ、このバカウサギ!」
――シュッ。
沈黙。風が吹き抜け、彼のアホ毛をわずかに揺らした。
ファイア・バンが追うのをやめた。 首を傾げ、人間の手にあるものを不思議そうに見つめる。その炎が少し弱まった。
取り出したものは、ナイフでも魔法の杖でもなかった。 ただの一本の『羽根ペン』だった。
レントは手の中のペンを見た。そしてウサギを見る。彼の目がピクピクと痙攣した。
「なんだ……これ?」 震える声で呻く。 「嘘……だろ?」
反対側でそれを見ていたモロの丸い体が、小刻みに震えている(笑いをこらえているのだ)。 モロは(もしあれば)口を小さな羽で覆い、漏れ出るくすくす笑いを必死に押し殺した。
『ぷっ……すみません、ご主人様! それは……きっと神様が、死ぬ前に遺言を書けって——』
「黙れ、このクソ毛玉!!」
レントは手近にあった小さな平たい石を拾い上げ、モロに向かって投げつけた。
「これでもくらえ!」
――ビュンッ!
モロは素早く横へ避けた。 『残念、コントロールが甘いですね、ご主人様!』
その小石はモロを通り越し、真っ直ぐに飛んで行き……ファイア・バンの額のド真ん中に命中した。
――コツン。
鈍い音。ごくごく小さな音だった。石は炎のウサギの額で跳ね返り、地面に落ちた。
再びの沈黙。
ファイア・バンは落ちた石を見下ろした。 それから顔を上げ、レントを睨みつける。 赤く燃える両目が、先ほどの二倍の明るさで激しく燃え上がった。鼻息を荒くし、濃い黒煙を噴き出す。
レントは顔を引きつらせて笑った。 「くそっ。自分の死神にクリティカルヒットかよ」
『ギャアアアアアッ!』
モンスターウサギの咆哮が轟いた。背中の炎が爆発的に大きくなる。 小石を投げつけられたことに、明らかに激怒していた。
レントは壊れたロボットのようなぎこちない動きで振り返った。そして……
――ダアァァッ!
レントは先ほどよりさらにスピードを上げて走り出した。なぜなら、背後では——。
ファイア・バンが歩幅を大きく広げ、最初よりもはるかに速いスピードで追ってきたからだ。その姿はまるで、闘牛士を追い回す赤い猛牛のようだった。
「はぁ……っ、はぁ……っ、くそっ!」 息を整えながらレントがちらりと後ろを振り向くと、ファイア・バンの目がレントの紫色の瞳を真っ直ぐに捉えていた。それが彼の背筋をさらに凍らせた。
「うああっ。あんな石投げるんじゃなかった! 全部あのクソ毛玉のせいだ!」
ジグザグに走りながら、レントは再びバッグに手を突っ込み、せめてもっと役に立ちそうな別のアイテムを探した。
「早く! なんでもいい! 頼むから!」
手で探る。バッグの中身はひどく悲惨なものだった。 一本の羽根ペン(さっきのやつ)、分厚い標準的な本が一冊、そして……赤いレンガのように硬い『乾燥パン』が一つ。
「マジかよ!? 中身これだけか!?」 レントは走り続けながら悪態をついた。 「あの神、絶対俺をからかってるだろ、くそが!」
『落ち着いて、ご主人様! 思い出してください! あいつは手懐けられるんです!』 モロが安全な高度からのんきに叫んだ。 『ご主人様はただ、ええと……あいつをなだめればいいんです!』
「頭イカれてんのか!?」 レントは首に青筋を立てて怒鳴り返した。 「どうやってなだめろってんだ、バカ! あいつが今、俺を生きたまま食おうとしてるのが見えねえのか、あぁ!?」
『あわわ……確かに』モロが呟く。 『で、でも、要するに手懐けられるんです! そのはずです!』
「黙れモロ! お前、マジで一切役に立ってねえぞ!!」 レントはフラストレーションを爆発させて叫んだ。
◆◇◆
走りながら、レントは周囲のエリアを鋭く見渡した。 (くそっ! なんとかしてこの状況を抜け出す方法を見つけないと!)
周囲をスキャンしていると、遠くの草原の端にある古い大木の下に、濡れた根が絡み合った穴があるのが見えた。
(穴? あれを使えるか……?) レントは少しだけ後ろを振り返った。ファイア・バンはまだ炎を上げながら追ってきている。
(あいつ、完全に俺に狙いを絞ってるな。あの中に誘い込めるか?) レントは素早く思考を巡らせた。
「チッ! 成功するかどうかは知るか!」 レントは再び振り返り、大声でファイア・バンを挑発した。
「おい! お前! 追ってこいよ! このバカウサギ!!」
ファイア・バンはさらに唸り声を上げ、大股で加速する。
(よし。あとはあそこへ誘い込むだけだ) レントは微かに笑みを浮かべた。
木の根の穴まであと数メートルの距離に迫った時、レントはピタリと立ち止まり、確信に満ちた薄い笑みを浮かべて振り返った。
『ご主人様! 早く逃げて! もし死んじゃったら、僕は上司になんて報告すればいいんですか!!』 反対方向からモロがヒステリックに叫ぶ。
レントはモロの言葉を完全に無視し、ウサギを真っ直ぐに見据えた。
「お前へのプレゼントを用意したぜ! 俺の真後ろにあるからな! バカウサギ!」
ファイア・バンが飛びかかる直前、レントは右へ大きく跳躍した。
突然の回避行動に、ファイア・バンは急ブレーキをかけることができず、そのまま前方へ滑っていく。 そして……。
――ズシャアッ! メリメリッ!
炎のウサギは古い木の穴に転落した。 その体は濡れた根に絡め取られ、巨大な炎の一部がジュッと音を立てて即座に消火された。
レントは膝をついた姿勢からゆっくりと立ち上がり、ズボンについた土をパンパンと払った。
「へっ……引っかかったな、バカウサギ」
モロは言葉を失い、(想像上の)口を少し開けたまま固まっていた。まるで目の前の出来事が信じられないかのように。
やがてモロはゆっくりと降りてきて、まだ穴を見下ろしているレントのそばに寄った。
『なんてこと……てっきり逃げることしかできないと思ってました。ご主人様は天才です!』
「黙れ。お前は上でペチャクチャ喋って、状況を悪化させてただけだろ」 レントは冷ややかな視線で返した。
『で、でも、僕は戦闘員じゃないんです! もし戦闘員だったら、最初からあのウサギをボコボコにしてましたよ!』 モロが不満げに言い返す。
「はぁ……勝手に言ってろ」
レントはまだ身をよじっているファイア・バンを見下ろした。這い出ようと足掻いているが、うまくいかないようだ。
「モロ……」 『はい、ご主人様?』
「このウサギ、どうする? 放っておくか?」
『ええと……』 モロは前に浮かび上がり、ファイア・バンを少し分析した。 『どうやら、しばらくは自力で出られそうにありません。だから僕たちは安全です! 僕の提案としては、このまま放っておくのが一番かと。夜になれば根が収縮するので、後で勝手に抜け出せますよ』
「ふん。そうかよ」
レントは気にしない素振りをしようとしたが、その目はファイア・バンの体から離れなかった。 根は時間が経つにつれてさらにきつく絡まり、ウサギのもがく動きは徐々に弱まっていた。
「はぁ……面倒くせえな」
レントは警告なしに穴の中へ飛び降りた。
『ご、ご主人様! 何をしてるんですか! まだ危険ですよ!』 モロが叫ぶ。
「黙ってろ。この根を少し緩めるだけだ。それだけだ」
レントは素早く長い木の枝を拾い上げ、根の隙間にねじ込んだ。 無造作な動きで、ウサギの体を縛り付けている根を一本ずつテコのように持ち上げていく。
重なり合っていた根が次々と外れ、ついにファイア・バンは拘束から解放された。 体は自由になったものの、ウサギの背中からはまだ怒りの炎が少しだけくすぶっていた。
「おい、お前。もういいだろ。その火は他のものを燃やすのに使え。俺を焼くんじゃないぞ」
レントはバッグの中の硬いパンを見つけ、素早くそれを取り出してウサギの前に投げた。
「俺の硬い肉の代わりに、それを食え」 レントは毛玉を横目で見た。 「それか、この毛玉をやる。俺は一向に構わないぞ」
『ちょっと! なんで僕がいけにえにされるんですか!?』
ファイア・バンはパンを見た。レントを見上げ、そしてまたパンを見た。 まだ怒っているようだが、鼻をピクピクさせながらパンの匂いを嗅ぐ。 そして……。
――ガリッ! ボリッ!
ウサギはパンの端を少し囓った。怒りに満ちた視線はレントから外れなかったが、その口はパンを噛み砕くのに夢中になっていた。
「強欲なウサギめ」 レントは微かに笑みを浮かべて呟いた。
彼は立ち上がった。 「行くぞ、モロ。ここでの用は済んだ。あいつが気が変わって、俺を生きたまま食おうとする前にずらかるぞ」
『了解です! ついてきてください!』 モロが元気に飛び上がる。
穴の外で、モロは再び先ほどの石の道の方を見た。 『ご主人様! あの石の道に沿って進むだけでいいんです。あの道が、この辺りで最初の文明へと導いてくれますよ!』
穴から這い出たばかりのレントが返す。 「勝手にしろ。お前がどこへ案内しようが、もうどうでもいい」
ついに二人は、初日の死神の追跡から生き延びることができた。 しかし……彼らは気づいていなかった。
木の根の穴の暗闇の奥底から、オレンジ色に光る一対の目が、遠ざかるレントの背中をじっと見つめていることに。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
今回はアクションと世界観の説明で熱が入りすぎた結果、文字数が爆発してしまいました……。まるで新聞を読ませてしまったような長さになってしまい、本当にすみません!(笑)
スマホでスクロールして指が疲れた方は、どうかゆっくり休ませてくださいね。
次回以降は、また通勤中や休憩時間にサクッと読める「読みやすい長さ」に戻りますので、これからもレントたちの冒険をよろしくお願いします!




