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廃業の危機なので私を競売にかけます。 さて、如何ほどのお値段をお付けになりますか?

作者: 水餅

 酒の飲みすぎが祟ったのか、父上が亡くなった。特権商人でもあった父の葬儀に、大勢の友人や顔見知りが訪れる。


 彼らは喪主である私を見て、一様に同じ質問をしていった。


「お嬢ちゃんが父君の商売を継がれるのか?」


「そのように考えております」


 父上の遺した特権は国から専売品を扱うことを認められた権利だ。それは世襲や屋号によって受け継がれる。


 特権以外にも、お店に従業員も遺してくれた。私自身の商才が芳しくなくとも、老練な番頭たちの力を借りれば商売は立ち行く、はずだった。


 なのに、金の切れ目が縁の切れ目、まるでそう言うかのように、取引先や従業員たちが私から離れていく。


「お嬢様ではこの先やっていけるか不安ですし……」


「実は、あそこの商会から良い誘いを受けまして」


「まだ成人もしていないお前にゃあ、商売は無理だろ」


 別に女商人が不都合なわけではない。若い私をくみし易いと見て、潰しにかかったのだ。


 けどさあ、誘われたからって、いたいけな女の子を残して、大半が去るか? そんなに私に将来性がないか!?


 挙句の果てに、だ! 顔なじみで取引先の商会をやっているイルグマが私のところにやってきて、


「お前のとこはもうだめだろ。今なら特権ごとお前をもらってやるよ」


 父上はあいつの商売が危なくなった時、便宜を図ってやっていた。なのに、あの言いよう。恩義を踏みにじられたようで腹が立つ!!


 ……でも、厳しいのは事実。現に、うちには閑古鳥が鳴きまくってる。そのうえ、


「後添えとして、我が家にこないかね?」


「さる方がこの街に進出を考えておりましてな」


「特権を渡せば、商会で雇わせてさしあげますよ」


 落ち目になったヴェルド商会を狙うハイエナどもが、じゃんじゃん沸いて出てきた。うちと取引していたご同業、地元の顔役、特権目当てのお貴族様とかだ。


 日々、訪れる彼らの注文を聞いていたら、プツンと切れてはいけないものが私の頭で切れた気がした。なめんな! 父上が遺した特権を二束三文で買い叩かせてたまるか!!


 けど、周りは敵だらけ。それにまだ子供の私が怒鳴ったところで、あいつらは聞き流して、蚊ほども気にしないだろう。それがまた悔しい。


 テーブルに突っ伏しながら、途方に暮れていると、ふと亡くなった父上の言葉を思い出す。「商売のコツは客の欲求を操ることだ。相手が欲深いほど値を吊り上げられる」って。


 でも、うちの商品は誰も買わない。塩や砂糖など日常的に使うものなら、まだ買い手はいるけど、宝飾品なんかはもう敬遠されている。倒産がささやかれる店で買ったら、縁起が悪いし安く買ったと低く見られるから……。


「今一番高く売れて客が求めているのは特権だけど……」


 あっ、特権……今が一番価値があって、客が求めている商品! ひらめきと同時に、まだ若いと私をあなどる連中の頬を盛大に張ってやる手段も思いつく。


「あいつらの望みどおりに特権を手放してやる……!」


 昼下がり、街の子供たちが叫びながら、通りを駆け抜けていく。


「ヴェルド商会の御令嬢が結婚相手を募集しているよ!」


「結婚したら、特権が手に入るだって!」


「今ならお買い得! 特権とラギア嬢の抱き合わせだ!」


 私は子供たちにちょっとしたお使いを頼んだ。お小遣いを稼げて、面白そうな仕事を、彼らは喜んで引き受けてくれた。


 その日は久しぶりの繁盛だった。降って湧いた催しに、野次馬や客が私の顔を見ようと店に押しかける。入札用の掲示板に最小単位の金額を書き込むお茶目さんもいたけれど。


 だけど、噂や行列は副次的なものにすぎない。お客様には大物を誘う撒き餌になってもらいましょう。


 午後になると、掲示板の金額が跳ね上がった。大物の使いと思わしき人たちが高額を書き込んでいく。


 見知った顔も訪れる、イルグマだ。


「馬鹿なことをしたな、ラギア。俺の元にくれば可愛がってやったものを。身売りのような真似を見れば、親父さんも、さぞ嘆かれるだろうよ」


「いいえ、父上なら。苦境を跳ね返す手を思いついた私をよくやったと褒めることでしょう。それで、何か御用でしょうか?」


 イルグマは口を開く代わりに、カウンターへ皮袋をどすんと置いた。


 私はその意味を理解しながら、空とぼけて説明する。


「参加されるなら、そちらに金額をお書きください」


「ふざけるな。これで満足しろと言っている」


 競りが始まった以上、イルグマはもちろん、私でも一方的に中止することはできない。彼は即決でにするための金額を提示しているのだ。


 膨らみからでも分かる少なくない金額。父上の後を継がずに、他の仕事を始めるなら、特権の対価として釣り合うのかもしれない。


 でも……あんたは私たちの誇りを傷つけた!


「イルグマ。これでは受け取れないわ」


「これ以上の額が提示されるとでも? そいつはどんな奴かも分からないというのに」


 そう言って、イルグマは付き人に皮袋を下げさせると、カウンターに備えたペンで掲示板に入札するべく記帳する。


「せいぜい、このまま上がり続けるのを祈ることだな」


 イルグマが去った後、店の者たちが気遣わしげな目でこちらを伺っていた。


「さあ、邪魔者は消えたわ。商売を続けましょう」


 弱気を見せないよう明るく言ったけど、イルグマの指摘は的を射ている。だって、結婚相手は誰でもいいなんてことはなかったから。


 上がり続ける掲示板と記載された名前を見て、私は次の行動に移った。


 まずは入札参加者の背景を調べて吟味する。相手がこちらを安く買い叩こうとしているのだから、こちらも相手を上手く利用しなくちゃ。


 立場や年齢、身分。分かってはいたことだけど、下は20歳から上は50歳までいる。


 組合所属に大店の商人、貴族の次男坊に役人。それに父上の同期がいたりして、思わずうわぁっと声がでる。


 やるべきことは商会を残し、高値で買ってくれる人を見つけることだ。後……できるだけ年齢が近い人がいいな。


 年齢が近いで思い出したけど、イルグマは確か20代だったかしら。性格はクソ野朗だけどね。


 私はお店を残ってくれた数少ない番頭に任せて、付き人と一緒に貴族家へと挨拶回りをする。年齢が近いご子息方がおられる家を最優先に。


 当然だけれど、入札への参加を促したりはしない。あくまで、手土産を持ち込んでのご機嫌伺いである。


「ずいぶん派手に振舞われているようね。それに自身を競りにかけるのは行き過ぎてないかしら?」


 奥方様らの中には、私のやり方に苦言を呈する者もいる。


「はい、お騒がせしております。ですが、私も商人の端くれ。父の顔に泥を塗られたままでは引き下がれないのです」


 挨拶を済ませて何家も訪問していく。この手段が使えるのも、売り上げが出ている今だけだろう。


 私は貴族家へまで宣伝が伝わっていることを確認し、子供たちへのお使いを切り上げることにした。


 もう十分宣伝効果は出ているし、お客さんも継続して通ってくれている。これ以上宣伝しても、頭打ちだろうから。


 よりよい相手を見繕うための条件も整いつつある。数日前までの私は親を亡くし、寂れた店の商店主。だけど、今はどう? 街で話題のお店へと変貌し、特権の値段も上がり続けている。


 そうして上昇してゆく値段に安堵していたのに、右肩上がりだった、特権と私の価格が停滞し始める。


 確かに、いかな特権といっても、上がり続ける価値はないとは承知しているけど……


 もしかしたら、私の女としての魅力にケチがついたのだろうか? 冗談めかして、入札者たちの動向を探る。


 すると、初日に私が流した宣伝と同じように、悪評が町中を駆け巡っていた。


 主に私の能力や、女としての魅力に疑問を呈するものだった。良い妻になれるのか、自分を競りにかけるぐらいだから身持ちも悪そうだ、など。


 出所は分からない。イルグマの仕業かとも思ったが、それを調べる意味はない。入札者たちからしたら、値段が上がらないほうがお買い得なのだから。


 現在の一位はルイエン卿か。貴族家出身で今はご子息に地位を譲って、安穏とした暮らしを送っていると聞いている。そして、50に手が届くお方……。


 この競りの期限は、結婚が最も盛んになる11月。それまでに現在価格を超える入札者が現れなければ、特権と私はこの御仁の物になる。


「お嬢様、いかがなされますか……?」


「もう一度噂を流すわ」


「では、お嬢様に対する噂を打ち消す方向で流しましょう」


「いいえ、むしろ拡大させるわ」 

 

 一瞬、ポカンとした表情を浮かべた従業員に構わず指示を出す。


 無理に否定しても、面白がる連中にさらに引っかきまわされてしまう。それなら話自体をもっと大きく面白くすればいい。


 私が最初に流した噂、それは『入札停滞は、若年ながら父親に劣らぬ才覚のラギア嬢を御しえるか、入札者たちが尻込みしているからだ』というもの。


 入札される私ではなく、その真逆。入札者を矢面に立たせる。もし、この噂を否定するなら、値上げに応じていくしかない。


 噂と噂での殴りあいの結果、男の面子を刺激されたのか、止まっていた値段が再び上昇し始める。


 そんな中で従業員が私に耳打ちする。


「お客様がお見えです。恐らく貴人かと……」


 急いで応接間に向かうと、確かにらしい若い男が座っている。


「当商会の店主をしておりますラギアです。この度はどういった御用でしょうか?」


「イルマーレ家の当主代理であるディアスだ。噂の程はかねがね伺っている」


「悪い噂でなければよろしいのですが」


 イルマーレ……聞いたことのない家名だ。


「この度は、求婚の申し出に参上した次第だ。受けてくれるか?」


 どういうことだろう。知っているなら、話は通らないと理解できるはずだけど。


「そういったお話なら、今入札をしておりますのでそちらに参加して頂きたく」


「そのつもりはないよ。だからこそ直接やってきたのさ。君の話を聞かせてもらいたいと思ってね」


 さっきまでの空気はどこへいったのか。ソファにどっかりと腰を沈めて、足を組みだすディアスという御仁。

 

「聞きつけた噂から君がやり手だということは十分に分かる。だけどね、僕が見る限り、君に勝ち目はないよ」


 戦略に穴があったのだろうか。それとも私には見えず、この男には見えているものが? 抱えた疑問に答えるようにディアスは続ける。


「抱き合わせにして価値の高騰を狙ったのは正しい。けどね、最後は絶対に相手の懐に潜りこむ。これじゃあ、理由をつけてせっかく稼いだお金も取られるだろうね」


「そうはおっしゃいますが、貴方がそうしないという保障もまたありません」


「そうだね、だから僕はここに来た。他の入札者は君と会話しようとしたかな? その一点でこちらの誠実さを汲み取ってもらいたいね」


「では、婚姻に当たって、私の希望する条件を全て叶えていただけると? それでも競売を中止にすることはできませんが」


 ここまで盛り上がった以上、どんな権力者でも取りやめさせることはしないはずだ。物理的にできないではなく、反感を買ってまでする意味はないというものだが。、


「それは契約次第だね。君が望むなら白い結婚でも、ヴェルド商会をさらに引き立てる用意もある」


 譲歩しても問題ないと考えている? 直接訪ねてきている分だけ、他より誠実といえるのも確かだ。それが罠でなければだけど。


 必死に穴がないか、考えを巡らせる。そっと覗き見たディアスという男の顔からは、何も読み取れない。だけど、私は踏み込むことにした。


「その話、お受けします。さしあたってヴェルド商会の存続を約束していただけるのでしょう?」


「もちろんだとも」


 私は競売に重ねて、彼との契約婚を結ぶことにした。もちろん、秘密裏に。そして、その日から頭痛の種が増えるのであった。


「へえ~、これが今の入札者たちね」


 ディアスは毎日のように、私のお店に入り浸りだしたのだ。当主代理というのは暇なのだろうか?


「そう怪訝な顔をするなよ。僕がいるのは君への援護射撃なんだぜ?」


 確かに、店頭で貴族らしき男が店主と仲良くしていれば、強硬手段には出づらくなるし、逆に圧力にもなり得る。正しすぎて、何も言えなかった。


「それは、そうですが…………」


「それに君と仲良くしてはいけない、なんて条項はなかったはずだが」


 くっ、これも正しい。


 その後も、ディアスは入札に我関せずをつらぬき、私を食事に誘ったり、お店の品物を物色して過ごしている。


 一応、脇を突かれないように表向きは貴族家へ販促を行うためのアドバイザーということになっている。表向きは。


 でも、契約婚のことを知らない女性従業員からは、


「本当に一線を越えちゃだめですからね! お貴族様なんてその日のうちに、別の女に乗り換えられる生き物なんですから!!」


 それはまあ、私には男性との交際経験はないけど、そんなに顔を近づけて口を酸っぱくしなくても……。勢いと圧からくる謎の説得力に閉口してしまう。店主なのに。


 価格が微増しながら11月が近づいてくる。ディアスが本気で動いたのは、期限の当日だった。


 掲示板には誰よりも多い金額が書かれている。何か作戦を考えていると思ったけど……。あっ気にとられる私を見て、ディアスがからからと笑った。


「これで名実ともに君は僕のものになったかな?」


 ずけずけとした物言いだが、不思議と嫌な気持ちを覚えない。そんな内心を押し隠すように顔をうつむける。


「顔、赤いよ」


「くっ!? あ、赤くないですから!」


 肩の荷がおりたと思ったのも、束の間。最高入札者の名前が変わっており、店内に漂う空気が一変していた。掲示板の前にはイルグマがいる。


「今まで泳がせてやっていたが、そろそろ終わりにさせてもらおうか。そこのお貴族様にも退いてもらいますよ。ラギアは俺が先に狙っていましたのでね」


 記載された価格は一商会を逆さに降っても、それこそ破産覚悟でも到底出せない金額だ。ヴェルド商会でも、イルグマの商会でも。


 隣に居るディアスはイルグマの言葉を無視して、塗り替えられた価格を凝視している。


「ディアス?」


 彼のほうを見ると、表面上はいつもの笑みを浮かべている。けれど、いつも飄々としている彼らしくない冷や汗のようなものが見えた。


「やるね、君の友人」


 ダレていた競売に火がつき、再び、店内は祭りのような熱気を取り戻す。


 今や、競売の行方は、ディアスとイルグマの一騎打ちへと様変わりしていた。


 けれど、解せないことがある。イルグマの資金源だ。彼はいったいどうやって、こんな大金を用意したのだろう?


 用意した方法をイルグマに問い詰めたかった。でも、それはやってはいけないこと。ディアスを信用できないと言うに等しいからだ。


 ディアスは掲示板を睨んだまま、時折、人をやって何か指示を出している。恐らくは金の多寡を探られないように準備しているのだろう。


 昼ごろ、さらに価格が吊り上げられていた。やったのはディアスではなくイルグマだ。


 まるで圧を掛けるかのように最高額を更新していく。その額はすでに裕福な貴族家ですら、出すのが厳しい金額になっている。


「ディアス……私は貴方が撤退しても恨まないわよ」


 彼はここまでよく手伝ってくれた。ここからは本当に家を傾けかねない金額になる。ディアスの家がどれだけ裕福かは分からないけど、ここでの負けは取り返しがつかない。


「見損なってくれるなよ。僕はまだ勝負を諦めちゃいないんだぜ?」


 まるで私を安心させるかのように、ここでディアスが動いた。


「入札だ!」


 最高価格からさらに三割増しの価格を提示する。しかし、イルグマには一向に焦りを見せない。


「なあ、ラギア。どうやってこれだけ用意したか解るか? 俺はな、お前のやり方を真似たんだよ!」


 さらに上乗せされた金額を見て、ディアスの顔が歪む。


「あのままだと、そこのお貴族様が勝つのは分かっていた。だから、俺は敗退が決まっていた方々に借金を申し込んだのさ。この若造を勝たせてくださいとなぁ!!」


 そういうことだったのねっ! あの時点でディアスが競り勝つのは明らかだった。


 それは、競り負けた貴族や商人、役人らの面子が傷つけられるということを意味している。だが、自ら降りてイルグマを支援するという立場を取ったなら?


「上手いやり方ね……」


「そうさ、お前の親父さんが俺に教えてくれたんだぜ?」

 

「でも、期限まで時間はあるわよ!」


 勝ち誇るイルグマに背を向けて、その場を後にする。もう特権や私自身を担保にはできない。だから、これは最後の手札、父上のお店を担保にする!


 これまで私を育んだお店を手放すことに、躊躇や後悔はないと言えば嘘になる。けど、私を助けるために、ディアスが大金を出しているわ。私一人が何もしないわけにはいかない!


「急に値打ちを決めることはできませんよ。こちらも査定をしなければならないので」


 何店か商談を持ちかけるが、側近を持ちかけると相手は正論で及び腰。立場が逆なら、私だって即決では返答しないだろう。


 でも、競売は相手の財布の底を探りあうのが常道だ。即決でお金を出すところを見つけなければ、私とディアスは負ける……。


 私は父と友誼を持っていた商人を訪ねる。


「やあ、ラギア。こんな所で油を売ってる暇があるのかい?」


「お金が入用になりまして。父と親交のあったあなたに買っていただきたく」


「そうは言うがなあ、俺はあいつとは仲良くしてはいたが、お前とは別に、なんだぜ? 安く買い叩くことはもちろん、俺に何か得があるのかい?」


 じとっとした目は、私という商人の器を量っているよう。


「もちろんです。考えてください。ここで私が負けた後のことを」


 イルグマはひどく強引なやり方で勝ちにきた。そこに彼が今後、この街に及ぼす影響が垣間見られる。


 私が負ければ、もちろん、目の前の商人もいずれ無関係ではいられなくなるはずだ。


「なるほど、そうきたか。お前の言うことにゃあ一理ある」


「加えて、イルグマは窮地の私を追い込んだ。今回は私ですが、あなたがそうならないという保証もない。その可能性も買って頂きたいのです」


「おいおい、俺ぁ、そんなヘマはしねえよ」


 彼はでっぷり太った腹を揺らしながら、ひとしきり笑った後に手を差し出した。


「だがよ、言いたいことは理解した。査定の6割、それ以上もそれ以下もねえ、どうだ?」


「十分です」


 大きな手と握手すると、彼はカウンターの底をごそごそと探し始め、ややあって、膨らみのある皮袋を差し出した。


「ここで勘定するかい?」


「そうさせてください」 


 本当は一刻も早く、ディアスの元へと駆けつけたい。でも、金額が誤魔化されていれば、その時点で敗北が決まってしまう。


 時間をかけて数え終わると、「重くて大変だろう。うちから一人つけてやるから頑張りな」と言ってくれた彼に、私は無言で頭を下げて、指示を受けた従業員とともにお店へと走った。


 慣れ親しんだ看板が近づいてくる。人ごみを駆け抜けて、店内に入ると二人が火花を散らしていた。


「いくらお貴族様でも、そろそろ底が尽きてきましたか!?」


「そちらこそ、上げ幅が小さくなっているね。本当は恐れているんだろう? 彼女が対策を講じることに」


「ディアスッ!」


 呼びかけると二人は即座に振り向き、それぞれ違う反応を見せた。


 ディアスは期待を込めた目で、イルグマは驚愕に見開かれた目を。二人は私が持つ皮袋を凝視する。


「ラギア、お前に余力なんてなかったはずだ! 質入したにしても、即決で大金を引き出せるようなものは……!?」


「応じてくれたわ。ちょっとだけ買い叩かれちゃったけどね」


 呆気にとられていたイルグマは調子を取り戻し、


「待てよ、その金を渡そうっていうなら、そうは問屋がおろさねえぞ。主催者が肩入れするなら、この競売の決まりが根底から覆るからなあ!」


 先ほどまでの狼狽はどこへ行ったのか。にやけた顔を浮かべるイルグマの頬をもう一度、言葉で張り飛ばす。


「そうでもないわ」


「決まりを破るつもりか!?」


「イルグマ、あんたが提示したお金は誰のもの?」


「あぁっ!? そんなもの俺のものに……っ!!」


 どうやら気づいたわね。あんたは私のやり方を真似たといったけど、私もあんたを真似ることにするわ。


 あんたが提示した価格は他の参加者あってのもの。あんたにできて、私にできないというのは道理が通らないわ。私はディアスの前で、皮袋を持ち上げる。


「お待たせいたしました。ディアス様。当店からの融資です。どうぞ、お受け取りください」


 私の両手から皮袋の重みが消える。


「遅かったじゃないか……後は任せてくれ」


 次の瞬間に、最高入札者がディアスへと塗り替えられる。イルグマがこれ以上の金額を持ち合わせていないのなら、私たちの勝ちだ。


「何でだぁ!?」


 うな垂れ膝をついていたイルグマがわめきちらす。


「ラギアァ! なんで俺の気持ちが分からねえ! 俺のところに来れば、全部買い取ってやったのによぉ!!」


 今にも飛び掛らん勢いのイルグマの前に、ディアスが立ちふさがる。


「君は窮地の彼女を救おうとしたかい?」


「当たり前だ!」


「だが、彼女は言っていたよ。彼女を救おうと対話を持ちかけてきたのは僕が初めてだってね。君は、相手の心を汲まない商談を持ちかけたんだよ」


 あれは救おうというか、一方的に傘下に加えてやるって話だと思ったんだけど。


「ラギアアアアアアアッ!!」


 なおも、暴れようとしたイルグマは野次馬や従業員に押さえつけられ、店の外へとつまみ出された。


 喧騒が通りへと移るなか、私はディアスへと微笑みかける。


「ディアス様。この度の落札おめでとうございます」


「……ここはもっと、僕に抱きついてくれたりしてもいい場面だと思うけど?」


 相手は未来の夫だけど、私は……、


「私は商人ですから……それでもあなたという男の価値はわかっているつもりですよ?」


 商人流の言い回しで彼の想いに応える。


 特権の競売が終わった後のこと。私は担保として引き出した金額を返しに行っていた。


「ラギアよ、イルグマがお前に惚れてるってこと知らなかったのか?」


「知るわけないじゃありませんか。特権ごとお前をもらってやるがプロポーズだなんて思い当たりますか!?」


「あいつ、そんな口説き方してたのか……」


 傷心らしいイルグマは、何も得られずに借金だけを負うことになった。それでも数年、まじめに商売すれば返せる金額だと思うけど。


「私はしばらくここを離れます。お店は番頭たちに任せますけど、どうぞお手柔らかに」


「馬鹿言え、俺は誰が相手でも容赦しねえよ」


 別れを告げて、私はディアスの領地へと赴く支度をする。最初は行くのを渋っていたら、本当は代理ではなく、次期当主とのことで、それは避けられないらしい。妻としてご両親に挨拶をということだ。


 なにもかもすっ飛ばしているし、身分差とか資産とか色々気にしたけれど、新興のイルマーレ家はそういうのより才能を重視するらしい。


「15歳で大人相手に暴れまくる噂を聞けば、誰だって妻に貰いたがるさ。まあ、あんなに高つくとは思わなかったけどね」


「じゃあ後悔してる?」


「そうはさせてくれないんだろう?」


「もちろん」


 馬車に揺られながら、慣れ親しんだ街を出る。こうなったらディアスの領地を皮切りに、あちこちの街へ、ヴェルド商会の名をとどろかせてやろう。


 私たち二人ならそれができるはずだ。

この作品は、三角関係知略戦恋愛短編になったかと思います。


でも、愚かしい存在が愚かしい真似をして退場していくのと

頭を使う強敵が二人の前に立ちふさがるのでは

どちらが求められるかすごく悩みました。


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