ラッキーフード
ラッキーフードは ―
幸いにも、探すのに苦労する様なものではなかった。帰り道に店舗が在る事も知っている。
ハンバーガーショップの店内は 自分達と同じ、下校後の学生で混雑していた。
順番が来ても動じる事はない。食べる物は予め決まっているのだ。
「チーズバーガー下さい」
鞄から財布を取り出し ― 凍り付いた。
え
紙幣はなく、しめて五十三円 と言う正に小銭だけだった。
「… !! す、すみません! あ … あの
「あの、やっぱり、キャ、キャンセル で …
どもりながら謝罪している間に もう火が噴いている。顔が熱い。唇は震えて 其れ以上言葉を続けられなかった。一刻も早く立ち去りたいのに 竦んだ足には必死の思いが伝わらない。
何故 ― 姉が主導権を握っているのか。強引な性格だから、と言うだけではない。
何故 ― 自分は言いなりなのか。此の所為だ。
「赤面症」
取るに足りない事でも 動揺したが最後、一気に噴き出す。
ヤバい。息が
眼鏡が曇って来た。此の忙しい時に鬱陶しい真似をするな、と思っているであろう店員の顔を真面に見れない。
死ぬ
体温計の中の金属水銀が頂点に達し ぱりん と音を立てて砕け散る ―
「… ってのは冗談でー
「後、此の肉盛りバーガーと旨辛ソースカツバーガー、三種のチーズバーガーと
「ポテトのL、スパイシーチキンとイカリング
横に並んだライオン男子が、恐るべき食欲を見せつけ 唖然とした月彦の熱は急激に下がっていった。
会計を済ませる姿まで声も無く眺めてしまい、ハッと我に返った時には 宮原怜勇にリードされて席に着いている。
「うわ、めっちゃ豪華!」
いやいや。オマエが頼んだんだろが。
テーブルを埋め尽くすジャンクフードに次々手を伸ばす怜勇を、月彦は異世界の生き物を見る目で観察した。
「眼鏡クン食わねーの?
「若しかして、辛いの嫌いだった?」
「… え? 何言って
「ハイ。此れ眼鏡クンのチーズバーガー」
右手に持ったハンバーガーに齧りつき、左手のチーズバーガーを月彦の顔面に突き出して来る。
「ちょ何 …!!」
「頼んだじゃん」
「はあ?!そ … いや!でも、金払ってないから!」
再び体の中に在る体温計の、金属水銀が上昇して来る。
「えー?ひっでー。ちゃんと払ったわ」
「そうだけど!!そうじゃない!!」
そんな事は知っている。店員が画面の「会計」に触れる前に、自分は注文をキャンセルしたのだ。なのに
宮原怜勇が注文を引き継いだら、チーズバーガーも其の儘オーダーされてしまった。
だからと言って 図々しくも食べる訳には ―
「誘った方が、フツー払うもんだし」
?!
そうなのか?
其れなら 此れは当たり前の事なのか。何もおかしい事はない … のか?
今迄、友達らしい友達も居なかったので こう言う時の「フツー」が分からない。
「此れがホントのラッキーフード、だろ?」
自信に満ち溢れた宮原怜勇の言葉と笑顔に
!!
月彦は雷に打たれた様な衝撃を受けた。そう言う意味だったのか!
運気が上がるアイテムを、タダで食べられたらラッキー!其れが、ラッキーフ … いや待て、本当に?
「ハイ。食べた食べた
「奢って貰って食べないとか 渾名、サイテークンになるよ?」
「酷いな!?」
更には 其処まで言われるのか、と驚かされた。此れが「フツー」だとは。
宮原怜勇の周りに何時も人が居るのが分かる気がする。
こんな根暗な人間にも、態度を変える事無く 気さくに話しかけてくれるのだ。
パニックに陥った自分を、宮原怜勇はさり気なく助けてくれたが
嘸 迷惑なヤツだ、と思われてしまったに違いない。どうせ
明日になれば 又 自分はロッカーの前の石
「あれ?眼鏡クン、何か泣きそう。感動した?」
「してない!」
眼前のチーズバーガーを鳶宛らに、乱暴に引ったくる。
今日の事は全部 猫科男の唯の気紛れだ。
此れが最初で最後。
顔を上げられない儘 潰れそうな程、チーズバーガーを両手で握り締めた。
でも … 一寸は、ワクワクしただろう? 其れなら
最後まで 嫌な思い出にするな。
「 … っ
「した!
「有り難う!!」
明日になれば 二人は 教室の光と影 ―
泣き言をチーズバーガーで押し込み 思いと共にぐっと飲み込んだが
「どー致しまして
「じゃあ、次は眼鏡クンの奢りってコトで」
「!?」
驚愕がチーズバーガーを伴って 月彦の口から噴き出そうになった。