遙かな空の下で
「人ー?!
「離せ、バカ!!」
「えー、酷いなぁ」
思い切り腕を突っ張って引き剥がすも
相手は遙音の態度に不快感を抱くどころか 喜んでいる節が有る。
恐るべき凶獣 南天河の心情が読めない。群衆は固唾を呑んで成り行きを見守った。
「馴れ馴れしくすんな!
「オマエと友達になった覚えはない!」
勇猛果敢に挑む、小さなファイター遙音の向こう見ず振りに 居合わせた学生達は顔色を失い
「俺もないよ
「だって 俺は友達じゃなくて、嫁だから」
さらっと発せられた天河の一言は 大気を振るわせる程のどよめきを起こさせた。
其の時 山羽将宗は 本当にどよっと言う風に聞こえた、此の「どよめく」と言う言葉に妙な納得をして逃避していた。
「あ … アホかあーー!
「こんなゴツい嫁が居て堪るかあーー!!!」
遙音の渾身の返しに
あ、そっちなんだ ― と全員の心が意見の一致を見せた。
「あーもー、サイアク!!」
あの後 予鈴と共に、校門前に立った教師の怒声に追われ 有耶無耶の儘、校内に駆け込んだ。
「何なんだよ、アイツ!」
瞬く間に時の人になってしまったが 他人の目を気にする様な遙音ではない。
「オマエこそ何だよ、そのパンは」
「朝飯。寝坊したから食ってる時間なかった」
二時限目。実習室に向かう途中の廊下を歩きながら むしゃむしゃとパンを頬張っている。
将宗は顔に苺ジャムをつけてパンを食べる遙音を、保母の様に温かい眼差しで眺めた。
「遙音」
名を呼んだ、其の一声だけで 廊下で雑談していた学生達から声が消え、空気がぴんと張り詰める。
「出たな!」
遙音は臨戦態勢に入るも
「俺はゴキブリか」
落胆の台詞が嬉しそうに聞こえる不可思議体験をした。
「何喜んでんだよ!」
「遙音と話が出来て嬉しい」
どう罵られようと、天河はまるで堪えない。立ち向かえば瞬殺され、鋭い眼光に平伏す、歩く姿は黒豹 と言う男の顔に浮かんでいる至福の表情は本物なのか。
「此の際はっきり言っとくけど、俺はお前を嫁とは認めないからな!」
「そう?」
にこやかな笑みが 又、腹立たしい。
「オマエは俺の好みじゃない!」
遙音のズレた返しに
あ、そう来るんだ ― と全員の心が意見の一致を見せた。
「俺は遙音が好みだけど?」
「ああ?ざっけんな!
「俺の好みはなあ!小っさくて、可愛くて ― 何?
不意に 天河が身を屈めて、遙音の顔に高さを合わせた。次いで
ぺろりと口を舐める。
「… え」
何が起きたのか理解するより先に、顔が爆発した。
「!!?」
今 舐めた!?
蒸気で視界が真っ白になる。
「な、あああーーー!?
「今…!今、舐め
「な … っ 何すんだコラあーー!!」
顔どころか脳まで熱い。
「ジャム、ついてたから」
対する天河は平然とした顔で答え
「そんな理由で!?
「いやいやいや!ないない!
「ないだろ絶対!!」
女子連中からは、校舎を爆破する程の悲鳴が上がったが 大凡、歓喜に満ちたものだった。
「甘」
遙音の口元に付いていたジャムを舐め取った天河は 余韻を味わう様に、自身の唇を舐める。
「オマエは犬かあ!!」
開いた口から悲鳴も出なかったが 遙音の絶叫は最もだと将宗は思った。