灰の朝
夜明け前のスラムは、しわぶきひとつ聞こえない静かさだった。
ひび割れた石畳の上に霧が漂い、天を仰げば、東の空が薄青く染まり始めている。
煙突の煙もまだ昇らず、人の声も聞こえない。どこか、異様なほどの静寂だった。
「……今日は冷えるな。」
カイは荷車を押しながらぼそりと呟いた。
隣で歩くゼニスは、毛布代わりに肩から羽織った古いコートの襟を立てた。
「薪、これで足りるかな?」
「多分、足りない。でも……今日は食糧を優先しよう。」
二人はスラムの外れ、小高い丘の中腹にある廃屋地帯から、燃料や食材を拾って戻る途中だった。
この時間、巡回兵の目も薄く、誰にも見られずに動ける。そういう習慣がもう、彼らの日常になっていた。
「ロウたち、朝の準備してるかな。」
ゼニスがぽつりと呟いた。
「エリオはともかく、ティナは絶対まだ寝てるよね……あの子、寒さには強いとか言う割には、全然毛布から出てこないんだから。」
カイは笑った。
「ティナはそういう子だし、ロウもティナには甘くなる。結局、ゼニスが起こす羽目になるんだよな。」
「あんただって、なかなか起きないくせに。」
そんな、たわいもない会話をしていた。
ほんの一時間前までは、全てがまだ、在ったのだ。