影より見上げる
夕焼けは、今日もスラムには届かなかった。
灰色の布を垂らしたような空が、崩れかけた屋根の隙間から見えた。
ぬかるんだ地面には、何度も乾いては濡れた足跡が混ざっている。
エリオは身を低くして、古びた壁の陰から“彼ら”を見上げた。
騎士団の巡回部隊──血統騎士団の一角だ。
白銀の甲冑に、血の紋章を刻んだ赤い外套。
彼らは、まるで誰かに操られているかのように熱量がなく、任務のみを粛々とこなすような存在に思われた。
「……あいつらさ、血にしか興味ねぇんだ。」
横にいたロウが、石を拾っては近くに投げる動作を繰り返しながら呟いた。
「力がなきゃ、生きてる価値もねぇって顔しやがって。
血液型でランクつけて、生まれた時から差別して、しまいには、“こっち側”に生まれたってだけで殺すんだ。」
ティナが小さく息を吐いた。
「前に見たの。処刑場……O型の子が、暴れてて、“血に背いた”って理由を付けて、騎士団員に腕を斬られてた。その子、泣きながら“母ちゃんに会いたい”って――」
ロウがティナの肩を抱いた。
彼女は続きを話す事ができなくなり、その表情には悲哀と怒りが表れていた。
エリオは唇を噛んだ。
「“血に背いた”って曖昧な理由で……。」
「さっきは、“あいつらは血にしか興味ない”って言ったけど、結局あいつらにとって一番大事にしたいのは、その先の“支配”なんだろうな。」
ロウが低く呟いた。
少し沈黙が流れた。
「騎士団もいなくなったし、もう帰ろう。」
エリオは理不尽と思う気持ちを切り替えて言った。
ティナは血を纏った鎧の幻影をまだ睨みつけていたが、ロウとエリオに呼ばれ、2人を小走りで追いかけた。