師匠のガラス細工とは
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卵とサラダとパンの朝食を終え、ルシアーノは工房の方へ向かった。
「今日は大きな仕事がある。聖堂に飾る聖母像を作ってほしいんだそうだ」
そう言うと、ルシアーノは棒の先端についたガラス玉を炉に入れて熱し始めた。
ティーナはその仕事を見学している。
ルシアーノは軍手をはめ、ガラス玉を黒ずんだ布巾で撫でながら、棒を転がしてガラス玉を40センチほどの楕円形に伸ばしていく。
ある程度形ができたところで、ガラスをハサミで伸ばして、筋を描く。そして、聖母像のローブのひだの部分を作った。
まるで本物の布のように質感があり、ほどよくくたびれた雰囲気までも表現されている。
ティーナは思わず食い入るようにしてルシアーノの手つきを見た。
「こんなに素早く、ガラスが加工できるなんてすごいですね。それにとても美しいです」
「俺はこの仕事を始めて20年になる。ガラス加工の技術は誰にも負けないつもりだ」
その言葉には、ルシアーノの長年の職人人生への誇りが詰まっている。
「ルシアーノは朝から晩まで、ガラスを加工する練習をしてたのよ」
「へぇ…」
ルシアーノはもう一本、ガラスの玉がついた棒を持ってくると、ガラス玉の部分を小さなハサミでつまんだり、押しつぶしたりしながら、聖母像の顔を作った。
全ての信奉者を救うかのような、人々を導く荘厳な雰囲気を持った表情だ。
ルシアーノは熱さにも耐え、複雑な表情を作るという繊細な作業も、やすやすとやってのけてしまう。
だが、こうした技術を身に付けるには、相当の苦労があったのだろう。
ただ、妖精の力だけで作品が評価されているのではないんだろうな、とティーナは感じた。
今朝の自分のガラス細工の腕前を思い出し、ティーナはルシアーノの今までの修行に想いを馳せた。
「ルシアーノさんは、どんな修行をしてきたんですか?」
「ひたすらガラスを熱したり、丸いグラスをいくつも作ったり、地味な事ばかりだよ。だけど、ひたすらそんなことを反復した」
「おい、そっちを持て」
ティーナは聖母像の頭のついた棒を持つ。
ルシアーノは、聖母像の体のついた棒を持ち、首の部分をバーナーで熱する。
そして慎重に胴体と頭をくっつけた。
「わあ…!」
できあがった聖母像は、表情と言い、ローブの翻り具合といい、生きているかのような生々しさと、神聖さをたたえている。微笑んだ聖母像は格式のある雰囲気で、豪奢なつくりの聖堂に飾ってあっても遜色がない立派さだ。
「すごいですね!」
「あとは冷やしておけばいい」
完成した聖母像を見て、ルシアーノが少し微笑んだ。
その顔を見て、ティーナのほほが緩む。
「あ…ルシアーノさん、いま笑いました?」
「?、そうか?」
「はい、満足のいくものになったんですね」
「…俺の作品の合格水準を満たしていたからな。だからおそらく笑っただけだ」
ティーナは、ルシアーノの自分への厳しさを感じると同時に、自身の技術をストイックに高め、ガラス工芸にここまで情熱を傾けられることに尊敬の念を抱いた。
「すごいですね。ルシアーノさんがここまで情熱を注げるのは、きっとたくさんの人々に美しいものをみてもらいたい、っていう想いがそうさせるんでしょうね!」
と、ティーナが瞳をきらめかせて大声を出す。
それを聞いたルシアーノはロゼッタと顔を見合わせ、思い切りティーナの頭にチョップを入れた。
「痛い!」
「どういうお人よしの解釈なんだ、それは。俺は俺のために作品を作るだけだと言ったはずだ」
「すみません…」
「あら、ルシアーノ、耳が赤いわよ」
とロゼッタがひらひらと舞いながら、ルシアーノの側へやって来た。
ティーナがルシアーノの耳を見ると、確かに耳輪のところがうっすらと赤くなっている。
「くすくす、照れちゃってるのね、ルシアーノったら」
「て、照れてない!余計なこと言うな、ロゼ!」
ルシアーノは慌てて両耳を手で隠すと、
「お前も感心してないで、さっさと作品づくりに取り掛かれ。じゃないと、一生売れる作品なんて作れないぞ」
と言って、ティーナに背中を向けた。
ティーナは嬉しくなって、顔が緩むのを抑えきれずに、
「はいっ!」
といい返事をした。