市場にて②
「おーい、きちがいのガラス職人だ」
ルシアーノがレタスを見つめていると、飲み屋の方から冷やかしの声が聞こえてきた。
ティーナはすぐに後ろを振り向いた。
下卑た笑い声をあげて、ビールをあおっている中年男性の3人組が、ルシアーノの方を見て大声を上げている。
「また『妖精』とおしゃべりしてんのか?今日は女連れとはなー」
「お嬢ちゃん、悪いこといわないから、そいつと関わらないほうがいいぞ」
「そいつは見えないものが見えるとかいう痛いやつなんだよ」
「これをもらおう」
ルシアーノは顔色一つ変えず、ほっかむりをした女性にレタスの代金を支払う。
「ひどい…」
「ふん。なにもできない駄犬がきゃんきゃん吠えているだけだ」
「なんだと!聞こえてんだよ、お高くとまりやがって!」
中年男性のひとりが、飲んでいたビールをルシアーノにぶっかける。
ルシアーノは頭からビールを被り、ずぶぬれになった。
「ルシアーノさん!大丈夫ですか⁉」
ティーナは持っていたタオルで額からビールを垂らすルシアーノの体を拭き始める。
「ちょっと、ちょっと、あんたら。ルーシーにつっかかるのはやめてくれよ」
と、店からウードが出てきて、その場をとりなしてくれる。
中年男性たちは「しらけちまった」「飲み直すか」と言って、店を出て行った。
「ルーシー。お前、口には注意したほうがいいぞ」
ウードがため息交じりに呟く。
「うるさいな。俺は喧嘩をふっかけたつもりはない。ただ、あいつらに対して思ったことをいったまでだ」
「あの男の人たちの言い方はひどいですよ。ルシアーノさんのこと、何も知らないのに」
と、ティーナが憤慨する。
ルシアーノはタオルで顔や体を拭きながら、黙っている。
「ティーナはやさしいな。…とにかく、喧嘩なんかもうするなよ。お前の評判にも関わるんだからな。お前は学生じゃなくてもう一人前の職人なんだから…」
「わかってるよ。おい、お前、行くぞ。卵を買いに行く」
「ルシアーノさん、体、大丈夫ですか?」
「歩いてるうちに乾くだろ。ほら、来い」
ルシアーノは卵を買いに市場の奥の方へ向かった。ティーナも慌てて歩き始めた。