弟子の日常
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次の日から、ティーナは屋根裏に住み、ルシアーノの仕事を見せてもらうことになった。
ティーナが昨日一日かけて掃除をしたおかげで、屋根裏はなんとか人が住めるくらいの綺麗さに回復することができた。
屋根裏の固いベッドで寝ていたティーナは、起きると体がかちこちに固まってしまっていたが、それとは裏返って気持ちはわくわくとしていた。
「おはようございます!」
「あぁ、起きたか」
ティーナが良いあいさつをして階下に降りていく。
ルシアーノは小さいテーブルの上に置かれたガスバーナーで、朝早くから小さな置物づくりをしていた。
「朝早くからお疲れ様です。何を作ってるんですか?」
「ウサギだ、ウサギ」
「へぇ、見てもいいですか?」
丸いガラスの玉をガスバーナーで熱して、小さい棒で、溶けたガラスをくっつける。
くっつけた部分のガラスをくるくると回してハサミで伸ばすと、見事なウサギの耳ができた。
「わぁ、きれい!」
「…近いぞ。火傷する」
「あっ、ごめんなさい。すごいですね!ガラスがこんな風に生き物の形になるなんて。まるで本物みたい」
「いちいち驚くことか?」
ティーナはルシアーノに憎まれ口をたたかれながらも瞳をきらきらとさせている。
ルシアーノは、ひとつウサギを作り終えると、先に作っていたもうひとつのウサギを、柔らかなタオルの上に載せた。
「ロゼ、ここに花のエレメントを足してくれ、紫と白の小花を散らすように」
「わかったわ」
ロゼッタはひらひらとウサギの上を回転するように舞う。
すると、鱗粉のような輝く粉が辺りを舞い、
ガラスのウサギの中に小さな草原が閉じ込められた。
透明なウサギの中に小さな紫と白の花が揺れ、さわさわと草原の緑が揺れている。
不思議な神聖さもあり、生命力を感じる作品だ。
「わぁきれい…!これって、ルシアーノさんにしか作れないものなんですか?」
「私は、信頼してる人間にしか力を貸さないのよ。だから、妖精の力を借りたガラス細工なんてルシアーノにしかできないわね。…ティーナにはまだ力を貸すのは早いわね」
「そうなんだね。…ほんとに、すごくきれい…」
ティーナがまぶしいものを見つめるような顔をする。
それを見て、ルシアーノは静かになると、憂いをおびた顔をした。
「…お前は、気味が悪いとは思わないのか」
「え?」
「なんでもない」
ティーナは聞き返そうとしたが、ルシアーノが険しい顔つきになっているのを見て、なにも言うことができなかった。
ルシアーノはいつもの表情に戻ると、続ける。
「お前もやってみろ。ロゼが力を貸すことはできないが、ガラス細工の技術を身に付けないと、職人にはなれないからな」
「はいっ」
ルシアーノはそう言うと、軍手と熱したガラス玉のついた棒をティーナに渡した。
ティーナはガラス玉をくるくるとガスバーナーの上で熱する。
溶けたガラス玉を慎重にくっつけるが、うまく耳の形が作れず、どろどろのチーズのような形になってしまう。
「へたくそ、作業が遅すぎだ」
「ひ、ひぃ…!」
「お前才能ないぞ?」
「ひ、ひどい!!」
ティーナが泣きそうな顔をする。だが、ルシアーノは顔色を変えない。
「ルシアーノはほんとあまのじゃくねぇ」
と、ロゼッタがけらけらと笑った。
ルシアーノはそう言われてむすっとした顔をする。時計に目をやると、
「朝飯にするか。なにもないから町に買いにいくぞ。ついてこい」
ルシアーノはティーナのガラス細工を冷却箱に入れて冷やしてやる。
そしてガスバーナーを止め、さっさと玄関の方へ向かった。
「あ、待ってください!」
ティーナは軍手を外して、急いでルシアーノの後を追いかけた。