ティーナの弟子入り
◆
次の日も、その次の日も…。
ティーナは何度も足しげく、ルシアーノの元へ通った。
ルシアーノはそのたびにティーナをはねつけるが、ティーナは腐ることなくルシアーノに話しかけ、辛抱強く通い詰めた。
そして、1ヶ月が過ぎた。
工房でルシアーノが棒の先につけたガラスの玉を熱していると、またティーナが挨拶をしてくる。
「こんにちは、今日もお仕事されてるんですね」
「…」
ルシアーノはいつも通り返事をしない。
だが、ティーナはもう慣れたのか話をつづけた。
「わぁ、きれいなお皿。形も美しいけど、厚さも薄くてすごいですね」
ティーナは床の上に冷やしてあるお皿を見て、感嘆する。
ルシアーノはそんなティーナの様子を見て、こう言った。
「お前、なんでそんなに俺のところにこだわるんだ?」
「え?」
「俺以外にも美しいガラス細工をつくる職人はいるだろう。なぜ俺なんだ?」
ルシアーノが初めて会話に応じてくれたので、ティーナは驚いたが、ぱっと顔を輝かせた。
「わ、私、小さいころに星空の天馬の置物を母にもらったんです」
「あぁ、それはおそらく『夜空を駆けて』だな。俺が20才のときに作った作品だ」
「そうなんです!その作品をもらって、私、すごく嬉しくて…星空が本当に閉じ込められているなんて、ロマンティックだし、ガラスもとっても繊細で美しくて…。ルシアーノさんの作品は見てると癒されて、幸せな気持ちになるんです」
「あなた、わかってるわねぇ」
と、ロゼッタが口をはさむ。
「幸せね…」
とルシアーノはぽつりと呟いた。
「俺はそんな気持ちで作品を作ったことはない。ただ、この世にひとつでも多く美しいものを作りたかっただけだ。俺のために」
冷たく言い放つルシアーノの言葉に、ティーナの胸が痛む。
拒絶されてしまったのだろうか、とティーナは不安になった。
「…仕事が見たいなら勝手に見ていろ。お前のしつこさには、俺もいいかげん諦めたよ」
ルシアーノはティーナの顔を見ることはしなかったが、観念したといったように呟いた。
ティーナはその言葉を聞いて、驚きのあまり呼吸が止まった。そしてすぐに喜びできらきらと瞳を輝かせる。
「あ、ありがとうございます!」
「よかったわねぇ」
とロゼッタがティーナの周りをくるくると回る。その様子にティーナもくすぐったい気分になった。
「ありがとう、ロゼッタ」
ロゼッタが微笑んだ後、ルシアーノに言った。
「それじゃあ、ティーナはこれからここに住むってことでいいのかしら?」
「は?住む?おい、俺は仕事を見るのがいいと言っただけで…」
「何ケチくさいこと言ってるのよ。もう弟子みたいなものじゃない。いつまでも宿に泊めさせたら、お金もかかるし。ほら、屋根裏なんか空いてるし、丁度いいわね」
「ロゼ、勝手に決めるな…!」
「いいんですか?!」
ティーナに瞳をうるうるさせながら詰めよってこられると、ルシアーノもそれ以上なにも言えなくなった。
「…狭くて汚いけどな。それでもいいならそこに住め」
「はい!ありがとうございます」
◆
ティーナはルシアーノとロゼッタに連れられ、母屋に向かった。
部屋の中は漆喰の壁で囲まれていて、食卓と別に奥の方に作業台がある。
壁に沿うように大きな棚が置いてあり、そこにはいままでルシアーノが作って来たガラス細工が飾られていた。
青空が閉じ込められたガラスのティーポットや、本物のようにみずみずしい一輪のバラの飾り物など、色鮮やかで気品のある作品がずらりと並んでいる。
ティーナはいつまでも眺めていたい気分でそれらを見渡した。
「わぁ…すごい…!!」
「ここに並んでるのは、売り物ではなく、練習用に作ったものだけだ」
「え!?練習!?どれもすごいクオリティですよ!」
「ルシアーノはガラス細工が大好きだから、食事も忘れて没頭しちゃうのよね。気づいたらこんな腕前になってたの」
と、ロゼッタがからかうように言うと、ルシアーノが押し黙る。
「お前の部屋は上だ」
と言ってルシアーノが階段を昇った。
屋根裏部屋は使われていないガラス細工の道具が箱に押し込められ、そうした箱がいくつも置いてある。埃っぽくて蜘蛛の巣まで張っていて、部屋の隅には固そうなシングルベッドがひとつおいてあった。
どうみても荷物置き場だ。
「本当にいいのか?」
「はい、掃除をすれば綺麗になると思いますし」
ティーナは部屋が汚いとかそういうことではなく、これからルシアーノの下で働けるということに喜びを隠し切れなかった。
ルシアーノはやれやれ、とため息をつく。
「それじゃ、明日から仕事を見学しろ」
と言って、ルシアーノは部屋を降りていった。