ルシアーノとの出会い①
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「ここが、ルシアーノさんの工房かぁ」
18才になったティーナは、山奥の中にある、ガラス職人のルシアーノのもとへと向かっていた。
海に囲まれたこの国、ドミニノで山場に住んでいるというのは珍しい。
よほど、人目を避けたい理由があるのだろう。
高校を卒業したら、ルシアーノの元で働きたいとずっと心に決めていたティーナは、学校を卒業した春に、すぐルシアーノの元へ向かった。
山奥の集落からも外れたところに、一軒の煉瓦づくりの小屋がある。
小屋の周囲には庭園があり、ラベンダーや、白薔薇などが咲いている。蝶がひらひらと舞う様子は、まるで絵本の中から抜け出てきたようなロマンティックな場所だ。
隣には、ドーム型のガラス工房の建物が立っていて、炎が燃える音が聴こえている。
ティーナは、工房の方へ歩きだそうとした。
「きれいな庭ね」
途中、小屋の脇に植えられた白薔薇に見とれていると、蝶に混ざってなにかが飛んでいるのが見える。
それはよく見ると、羽の生えた小さな小人のような、巻き毛の少女だった。
ティーナは目を疑った。
少女には天使の翼のような羽が生えている。
親指くらいのサイズで、ひらひらと楽しげに花の回りを廻っている。
フリルが胸にあしらわれたワンピースを着ていて、大きさは小さいが、貴族の娘のような品のある雰囲気のある少女だ。
「なに、この子…?」
ティーナは驚いて目を見張った。
「あら、ルシアーノにお客さん?あなた、私が『見える』のね?めずらしい子だわ」
親指くらいの小さな少女は、鈴が鳴るような可愛らしい声で、ティーナに問いかけた。
喋り方も上品で、少し自信家な気配を感じるので、ティーナはつい引き込まれてしまう。
ティーナはおっかなびっくり、少女に返事をする。
「ええ。私、ルシアーノさんのところに弟子入りしに来たの」
「なら、ルシアーノに伝えなくちゃ。お客さんが来たわよって」
「あの…あなたは?」
「見てわからない?妖精よ。私の名前はロゼッタ。いい名前でしょ?この名前はルシアーノがつけてくれたのよ」
ロゼッタはにっこりと微笑むと、ふわりとワンピースを翻して工房の方へ向かって飛んでいく。
「ルシアーノに会いたいなら、私についてきて!」
蜂のように小さなロゼッタは、あっというまに点になってしまう。
ティーナは見失わないように慌てて後を追いかけた。
◆
短い金髪の隙間から覗く額に、汗が染み出ている。
ルシアーノは、繊細な手つきでペンチを片手に熱されたガラスのついた棒を長方形の台の上でくるくると回す。
回転させながら、ガラスに開いた口をペンチで押し広げ、ガラスがついた棒をさらに回すとガラスに開いた口がだんだんと広がっていき、ひらべったい皿の形になる。
「ルシアーノ、お客さんよ?」
「客ぅ?」
ルシアーノはめんどくさそうな、けれども威圧感のある声で呟いた。
その声を聞き、ティーナが委縮する。
ティーナは振り返ったルシアーノを見て、息を飲んだ。
クルーネックのシャツを着たルシアーノは短い金髪で、長身、体つきは細いが、腕や足に筋肉がついていて、たくましいと言える方だ。年は30才くらいだろう。
瞳は朝焼けのような薄紫に輝き、引き込まれてしまいそうな不思議な煌めきをしている。
だが、ルシアーノの眉毛は八の字になっていて、不機嫌そうな印象だ。
ティーナは、意外にもルシアーノが無骨そうな男性だったので、作品のイメージとちぐはぐさを感じる。
だが、ずっと憧れていたルシアーノが目の前にいて、ティーナは緊張で目が回りそうになった。その上、ルシアーノはすこし怖そうだ。