EP82 等身大の化け物
この戦争で、たくさんの人が苦しんだことなんてたかが知れてる。
俺が生まれる前も後も、世界中で戦争はあった。
その度に苦しみを味わい、死にたくないのに生きたくない人生を送る人々が絶えず、やがて狂ったように朽ちて行く。
どっかの誰かさんが世界を滅ぼさなければ、世界中で苦しむ人は増えていたのかも知れない。
でも、どっかの誰かさんが世界を滅ぼすから、幾つもの世界が消え去った。
戦争がなければ俺らは出会わず、戦争があれば世界が滅ぶ。
「......こんなのって......」
溢れた言葉も、哀しみに溢れている。
気づけば涙が。一粒二粒。頬を伝って、地面に吸収される。
姫咲は目を隠してこの現実から目を背ける。
そして、俺は涙で掠れた現実を睨んだ。
上空に何かが存在するのだ。
その何かは、じっとこちらを見つめる。
涙のせいで何も見えないが、それが人間であることは確かだ。
赤く染まった雨がポツポツと、弱く頬を伝って行く。
泣きながら、辺りをもう一度見渡す。
輪郭を消した建物、道とは言えない道路、炎に包まれる等身大の化け物、どこからともなく、世界中に響くうめき声。
そこに、ここに、生命なんて感じれない。
ここがどこで、いつの時期なのかも分からぬまま、消えて行った少女と、残酷な世界を思い出して泣き続ける。
血に溺れて、姫咲はもう声すら発さない。
目の前の"何か"を掴もうとして手を伸ばしては転んで、泣いて、我々は、何度世界を憎めば良いのかも知らず、世界は爪を立てる。夢を抉る。
見ず知らずの少女がそこを歩いても、もうそこは泥沼で、抜け出すことはできない。
しかし、その少女も、抜け出そうとしない。
たった一人、この世界を受け止めて。
空に浮かぶ何かは、瞬く間に消え去った。
彗星のように美しい。
しかし、その裏に、何が隠されているのか。
誰も知らない。知り得ない。知りたくない。
「もう......いいだろ......」
哀しみに包まれ、この穢土を眺め、小さく泣いた。
誰も応答しない。
クソみたいな世界だ。
どうして大人は動かない。
もう大人になってしまうけど、なぜ何もしない。
どうして俺らが戦争へ?
もっといるだろう。
「なんで十二歳以上十五歳以下全員対象なんだよ!」
空を殴る。
どうしようもない怒りが、全身に巡る。
膝から崩れ落ち、この幻想を何度も打ち付ける。
星が見えてくる。1日が終わりだす。
また今日が終わって、何もない明日がくる。
「先輩落ち着いて!」
掠れた叫び声。
「どうして......どうしてだよ......なあ......」
穢れている。
「先輩だから落ち着いてってば!」
何度も掠れながら叫ぶ。
「人間! 人間! 全員死んじまえ!」
信じれば、また裏切る。信じなければ、何故?と泣く。
ゴミみたいな種族。
人間が。
人間がいなければ。
「全員居なくなれば......全て解決するって思った。でもどうして、お前らは記憶でも続けるんだ! どうして争い続けるんだ!」
「先輩......だから......」
「っんだよ!」
強く返事をした。
「夢を抉るのは先輩もだよ! お願いだから落ち着いてよ!」
掠れて。掠れて。声というか音というか、訳のわからない言葉を発して。
静かに、彼女は泣いた。
音はないのに、俺の中ではうるさかった。
「......」
何も言えない、言い返せない。
こんな俺が言い返していいはずがない。
俺は知りたかった。正解が何かを。
たったそれだけ、ただ優しい人間になりたくて、誰かに認められたくて――
「姫咲......どうして......」
背後から抱きしめる姫咲の温もりは、どことなくユズの温もりに似ていた。
本当は、冷たいままなのに。
立ち上がって、もう一度目の前を見る。
答えがあるものばかりじゃない。
それは感情如きじゃどうにもできない。
涙を拭う。
「先輩....私....」
何かを言いかけて、姫咲は倒れた。
鼓動もない。呼吸もない。
でもまだ、暖かい。
はずだった。
もう冷たいのだ。
まるであの時のように、冷たいのだ。
そう、彼女はもう戻らない。
決して戻らない。
明日が来れば今日は来ないように、姫咲はもう二度と戻らない。
それは、揺るぎない事実で、現実だ。
俺にも、世界にも、神でさえもどうもできない。
それが、生命に与えられた、変えられないシステムなのだから。
俺は泣くことはしなかった。
悲しむこともしなかった。
どうせすぐ、現世に戻る。どうせ、こいつも偽物だと、知っているから。知ってしまったから。




