EP80 その指の向こうへ
勢いよく飛び出すフィエール。彼女に与えられた力とかは分からない。というか、そもそも彼女のことを知っているものの、性格や価値観を理解している訳ではない。彼女のことはよく分からないのだ。
それでも、彼女が居ると、自然とできるような感じがした。
フィエールやユズたちと一緒に暮らしていたい。
そのためには、目の前の龍を殺し、この終焉に幕を閉じなければならない。
それにはきっと、俺の記憶を取り戻す事も重要だろう。
俺は構えた。本気モードだ。
俺は左利きであるものの、幼少期の軽い事故によって左半身が動きにくくなっている。それ以来、生活に支障はあまりなかったが、本気は出せなかった。
ある程度は動くから問題ないが、あまり感覚もないために、誰かが当たっても何も感じないのだ。
だから、あまり左半身を使わないような動きを....
崩れて一部は完全に消滅した市街地で、あの母船からの援助がなくとも、龍を殺さなくてはならない。
それはそうと、異変を感じた。
あの龍の一部、背中にある魚で言う背びれの少し下、胴体側面。綺麗な鱗から枝分かれしたかのように突起ができている。それも全五体。
何かがおかしい。明らかに何かか起きる。
「和人....何ぼーっとしている!」
目の前に立つフィエール。
若干の息切れをしている。
「あれ、見えるか?龍の胴体側面部にできた突起だ」
「あれがどうしたと言うのだ。私にはただのたんこぶにしか見えん」
何言ってんだこいつ。と思ったが何故かフィエールも同じ顔をしている。
「あれ、前は無かったんだよ。明らかにおかしい」
「なるほど。理解した。気に留めておく、とりあえず今は戦え。できるだけ時間を稼ぐのだ」
フィエールのその指の向こう。一体の少し離れたおとなしい龍。
動きもそれほど激しくない。しかし、その分、突起は大きかった。
「あいつ....?」
「彼奴を殺るのが最初だ」
分かったと頷いて、俺とフィエールは、戦闘体制に入った。
日が傾いている。
ユズは大丈夫だろうか。
結愛は大丈夫だろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
エールとエリアはどうだ....あの二人なら大丈夫か....
どうすれば、終焉の力を操れるのか。
何も分からない。けどだから楽しい。
目の前には龍の瞳。
たった数キロ。
この隙をつけば....!
たった一瞬。
たった数キロ。
それは龍からしたらさらに短い。
高く飛んだフィエール。目で追うと、傾いた日より高くて美しい。
しかし、その腹に一本の柱が命中する。
鎧は砕け、血は吹き出し、どちらもキラキラと舞って消えていった。
「フィエール!!」
返事はない。
神社を正面から見て右。大通りの分岐点にフィエールは叩きつけられた。
辺りが赤く染まっている。
致命傷は避けられない。
フィエールの方に向かおうにも、龍はすでに俺を狙っている。今行けば、フィエール守れないかもしれない。けど、今行かなくては、失血死するかもしれない。
意識は若干あるようで、地味に魔力を感じる。回復魔法か何かを使っている証拠だ。
あの龍のせいか、魔力が薄い。聖力は変わらず。
あのたんこぶのような突起に、魔力が集まっている。
それは、魔力を吸収して、何かを起こすことを確実にした。
「さて....どうしたものか」
ぼそっと呟きながら龍を睨んだ。
黄色い瞳の龍がこちらに迫る。
刀を左手に持ち替える。
動きにくさなど、考えていなかった。
考える間も与えず、龍の顔面に向かい、気づけば、尻尾を超えていた。
終焉の力。
それを上手く使えたのは今回が初めてだ。
我に帰り、辺りを見渡すと、邪力と呼ばれる、終焉の力の一部。最も基本的な力があたりに染み出していた。
紫色に踊るその邪力は、ウヨウヨと彷徨い、金色の粉となって消えていく。
残り四体。
———だったらよかった。
あの突起。勢いよく飛び出し、龍の形へ変化した。
単細胞生物が分裂でもしたかのように、龍は四体から八体へと、倍の数になった。
魔力も濃くなり、砂埃が舞う。
龍の叫びと共に二体。こちらへ向かう。
「フィエール、無事でいてくれ....」
また終焉の力を使おうとしたそのとき。
脳に、全身に痛みが走った。
耐え難い苦痛が俺の体を蝕み、呼吸すら不可能になった。
過呼吸になって、ゲロ吐いて。
もう最悪だ。
龍はすぐそこに居るのに、何もできず、攻撃を無防備のまま浴びた。
ガラス片が幾つも刺さるような痛みがさらに体を走る。
目も開けれず、呼吸できない苦しみなど、可愛いように思える。
あの龍を殺さなくてはならないのに、俺は倒れた。
フィエールも同じく。きっとどこかで苦しんでいる。