戦場のクリスマスの戦場
「ようし、よく聞けファッキンガイズ!」
キャットウォークからダミ声がかかる。
「今からこの工場は臨戦体制に入る。何故かわかるな!」
作業機械の前に並ぶ赤い帽子の小人達が一斉に答える。
「クリスマスだからです、サー!」
「その通りだファッキンレッズ!」
キャットウォーク上の男が更に声を張り上げる。
「貴様達は子供を愛しているか! 仕事を愛しているか! 玩具が大好きか!」
「ハッピー! メリー! クリスマスッ!」
「よし、ゲッセマニ(愛を込めて作業開始)!」
「サー! イエッサ!」
ここは世界のどこかにあると言われる、サンタクロース基地。
基地は十二月二十四日を目前に控え、殺気立っていた。
「プレゼントの準備はどうかね?」
豊満な身体に赤い服を着た老人が、キャットウォークから叫び続ける男に尋ねた。
「はっ、順調であります司令官殿!」
二人の目の前で小人達が一生懸命に、赤やら青やら迷彩やらのプレゼントを、軍用ナップザックに突っ込んでいた。
中には梱包された自分まで詰め込もうとしている小人までいた。
「敵前逃亡は銃殺だぞ、ファッキンリクルート(新兵)!」
しかし直ぐに男に捕まり、仲間の小人にリンチされてしまった。
リンチといっても、パラソルチョコで突かれるだけなのだが。なんだか嬉しそうだ。
老人は笑いながら頷くと、次の場所へ視察に行った。
「おい、リストの2258から2263がないぞ!」
「それ、トミーがコピーしてたぞ」
「シット! トミーは何処だ?」
「拾い食いして腹壊したとか言ってたな」
「逃げやがったな! 戻ってきたら自分の糞を喰らわせてやる」
場所は変わっても、忙しいのは何処も同じだった。
ここ作戦指令部でも、良い子と悪い子の選別や。飛行ルート、部隊分けの準備でごったかえしていた。
「101飛行中隊から、補給が来てないと苦情が来てます」
「あいつらは最後で良い! それよりプレゼントはどうなっている!」
「101空挺から随時配備していってます」
「ようし……作戦時間までもう幾らもないぞ。子供達にプレゼントを渡せるも渡せないのも俺達にかかっている……ここが正念場だ! 最後まで気合い抜くなよ!」
「応っ!!」
指令室の全員が雄叫びをあげた。
壁にかけられた液晶モニターは、作戦時間までをカウントダウンしていた。
基地は不眠不休で動き続け、ついに十二月二十四日を迎えた。
彼等の最も長い一日が始まる。
「諸君、聴いてくれ」
格納庫で基地指令が全隊員に向けて、作戦前のスピーチをしていた。
「諸君のおかげで今年も子供達にプレゼントを渡す事が出来るだろう。だがこれからが本番である。諸君の中には傷つき倒れ、帰れない者もでるだろう。だが恐れないで欲しい。倒れた者の勇気と希望は、戦友が引き継ぐ」
司令官はそこで一旦スピーチを止め、隊員を見渡した。
どの顔にも恐怖と興奮が。そして誇りがあった。
「私たちはサンタクロースだ! 子供達に夢を、希望を、未来を渡すサンタクロースだっ! 世界中の子供達にメリークリスマス!!」
「メリークリスマス!!」
「作戦開始せよっ!」
隊員達が拳を突き上げ、クリスマスと唱和するなか、ついに作戦は開始された。
「こちらトナカイリーダー。聞こえるか管制塔」
『こちら管制塔、感度良好』
「油圧OK、エンジン順調。オールグリーン。いつでもいけるぞ」
『今日はホワイトクリスマスだ。視界が悪い、気をつけろ。……滑走路よし、トナカイリーダー発進せよ』
「サンキュー、管制塔。トナカイリーダー発進する」
サンタクロース基地から多数の魔法の橇が飛び立った。
それはC-130ハーキュリーズ輸送機そっくりな橇だった。
橇はその体内に多数のサンタクロースと、子供達へのプレゼントを飲み込んで世界中の空へ飛び立っていった。
『メーデーメーデ! こちらトナカイ3助けてくれ! 捕まった!』
ロシア方面へ飛び立った橇が悲鳴を乗せた魔法電波を叫んだ。
国境守備に就いている戦闘機に狙われたからだ。
ロシア機に所属を聞かれたが、答えるわけにはいかない。
サンタクロースはファンタジーな存在でないといけないからだ。子供達の夢を壊すわけにはいかない。
『誰かコイツラを追っ払ってくれ!』
ロシア機が真後ろについた。撃墜する気だと、トナカイ3は顔から血の気が引く音を聞いた。
『待たせたなトナカイ3。あとは任せろ』
魔法無線から若い女の声が流れた次の瞬間、直上より魔法橇による急降下射撃によってロシア機は退避行動に移った。
その魔法橇は、ノーズコーンのみ赤く塗った砂漠迷彩のSu-47ベルクートそっくりの戦闘魔法橇だった。
『赤鼻かっ!』
『戦闘機はこっちに任せな』
『助かった! 恩に着る』
『赤鼻リーダーより各機、ドンガメを一機たりとて落とさせるんじゃないよ』
『了解! 子供達へのプレゼントは私達が護ります!』
赤鼻のタックネームを持つ、女性だけで編成された412航空小隊が次々にロシア機に襲いかかった。
その隙にトナカイ3は作戦領域へと全力で突き進んでいった。
作戦領域に着いた魔法橇は高度を下げ、腹をあけて飲み込んでいた兵士を吐き出そうとしていた。
『出番だぞ、くそったれの英雄ども!』
カーゴ内にトナカイ3のパイロットの声が響く。
「ようし! 257魔法空挺部隊の勇気をみせる時がきたぞ! Go! Go! Go!」
隊長の命令で、隊員達が次々に「メリークリスマス!」と降下していく。
真っ暗闇の空、雪とともに最も勇敢な男達が子供達へのプレゼントを持って地上へと舞い降りていった。
魔法空挺部隊はそれぞれに降りた場所で、それぞれが戦っていた。
308魔法空挺部隊が降り立った場所は、地獄の激戦地だった。
「畜生! ケツにあたった!」
「アパム、弾を持ってこい!」
「メディークッ!」
その地獄を飾るのは色とりどりのLEDライトではなく、絶え間無く吐き出される銃火だった。
「畜生! 奴ら戦車まで出してきやがった!」
「魔法RPG持ってこい!」
「こんな事なら、ジャパンエリアを希望しときゃよかったぜ」
魔法対戦車ロケットを準備しながら、愚痴るサンタクロース。
「アフリカエリアも良さそうだな……今だ撃てっ!」
魔法対戦車ロケットは見事命中し、戦車の砲塔を吹っ飛ばした。
「よっしゃ! 勲章いただきっ」
あちらこちらで歓声があがる。
彼等の志気は高かった。
何故ならば、彼等は誇り高い子供達のサンタクロースなのだから。こんなところで時間をとられるわけにはいかないのだ。
「一気に突破するぞ! 朝までにプレゼントを渡すんだ!」
「おぉーっ!!」
「ここ……何処だよ」
見渡すかぎりの平原に立つサンタクロースは途方にくれていた。
魔法GPSがあることにはあるが、意味をなしていなかった。
何故なら五十キロ四方の何処にも民家などなかったからだ。
とりあえず歩くしかないと諦めた彼は、十分後にライオンに襲われてしまった。
アフリカエリアもそれなりに苦労しているようだ。
ジャパンエリアでは、まったく別模様の戦いが繰り広げられていた。
他のサンタクロース達と違って、ジャパンエリアのサンタクロースはスーツ姿だった。
スリーマンセル(三人一組)を基本とし、酔っ払いを演じながら住宅街を歩いていた。
目的の家につくとそれとなく周囲を確認し、素早く塀を越えた。
ジャパンエリアのサンタクロースは、全て忍者の末裔で構成されていた。
そこからは一切の声を出さず、全て手話で意思をやり取りする。
家の気配を読み、家人が寝ている事を確認すると、魔法硝子切りを取り出し窓を開けた。
魔法硝子切りで切られた硝子は、嵌め直すだけで修復されるので、世界中のサンタクロースが愛用する逸品だ。
気配を殺したスーツ姿のサンタクロースは、こっそりと子供の枕元にプレゼントを置いた。
その一瞬だけは、鋭い目は優しく微笑んだ。
世界中の子供がいるあらゆる場所で、サンタクロースはプレゼントを配り、戦った。
「メリークリスマス」とプレゼントを渡そうとしたら「Freeze!」と逆に銃弾プレゼントされたアメリカのサンタクロースもいたが、魔法防弾チョッキのお陰で助かった。
今年は幸運にも一人の脱落もなく作戦を終え、朝を迎えられた。
基地指令管は白い髭を撫でながら呟いた。
「作戦終了。みんなよくやった……ありがとう」
作戦指令室に歓声と書類が舞った。
どの顔にも疲労がこびりついていたが、皆心から笑いあった。
「世界中にメリークリスマス!」
一人のサンタクロースが叫ぶと、皆が叫んだ。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!!」
「最高のメリークリスマスだっ!」
彼等サンタクロースへのプレゼントは、死者0という奇跡が渡されたのだった。
明けて十二月二十五日の朝、子供達は枕元のプレゼントに喜んだ。
「今時ゲームボーイかよ」
「まだいいじゃん。俺んチは恐竜キングのカードだぜ」
「せめてアドバンスじゃね?」
子供達はサンタクロースの苦労を一つも理解していなかった。
それでもサンタクロース達は、子供達の為に戦い続ける。
それが彼等サンタクロースなのだから。
でも、プレゼントはもう少し考えた方が良いと思う。
実験的に書いた作品です。
感想お待ちしております。