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母と一緒に王都の家に行った時、「私」は熱を出した。翌日大事な打ち合わせがあるのにお母様は一晩中ずっとついていてくださった。
朝になり、「私」の熱が引いたのを確認して、お母様は安心して予定を変えず出かけることにした。
「喉が痛むようだから、オレンジは控えてリンゴを用意してね」
お母様は侍女にそう伝えると、眠っている「私」の額にキスをして出かけていった。
馬車の中で仮眠を取って打ち合わせに参加。その日戻ってきたのは、「私」が夕食を終えた後だった。
この日のことは覚えている。
目が覚めるとお祖母様がいて、
「あら、起きたのね」
そう言って笑いかけてくれた。お祖母様は本当は部屋に来たばかりだったけれど、「私」はずっとついていてくれたのはお祖母様だと思って、お母様じゃなくてがっかりしていた。
絞ったオレンジをスプーンで口に運んでくれたけど、喉が痛くてむせてしまうと、別に用意してあったすりおろしたリンゴを手に取り、口に入れてくれた。とても甘いリンゴだった。
「ほんと、あなたのお母様ったら気が利かないわね」
そばにいた侍女が変な顔をしたのにも気が付かなかった。「私」はオレンジを用意したのはお母様だと思い込み、リンゴを選んでくれたお祖母様の優しさに感謝した。
「こんな日まであなたより仕事を選ぶなんて、何て冷たいんでしょう。女性の身で働きたがるなんて、所詮は平民ね。あんな人が母親だなんて、可哀想な子」
お祖母様は私の頭を撫でて、部屋を出ていった。
可哀想な子。それは悲しい響きだった。お母様が帰ってくるのをずっと待っていたのに、その日もお母様が戻ってくるのは遅くて、部屋に来てくれたお母様に寝たふりをしてご挨拶もしなかった。
あのリンゴは、お母様が用意してくださったものだったのに。
季節によりぜんそくを起こすことがある私に、お母様は薬を出す度に
「薬草が手に入るようになって良かったわ」
と言って笑っていた。
咳の薬になる薬草がうちの領で取れるようになると、伯父様の商会だけではなく薬草の噂を聞いた薬師が訪れるようになり、そのうち領に長く滞在するようになって、うちの領では咳に限らず様々な薬が手に入るようになった。それが特別なことだとは思っていなかった。
冷夏から二年が過ぎ、領の収益は以前と代わらない程度になっていた。
お母様は収支報告書の額から「借金」分を減額し、王都の家に渡した。これにはお父様は不平を漏らしながらも反対はできなかった。
そしてアルフォード家の家計が赤字になる原因を絶つため、お母様はお祖母様にかかる経費を分けた。お父様はそれを直接お祖母様に渡した。
まとまったお金を得て喜んだお祖母様はすぐさまドレスを新調し、宝飾品も買い求めた。すぐにお金を使い果たすと、途端に不満を口にした。
「あんな金額では足りないわ」
お父様もさすがに一気に使ってしまうとは思わなかったようで、お母様に借金分の目減りを何とかできないかと言ってきたけれど、お母様は
「返済を引き延ばすなら、利息もいただくことになりますが、よろしいですね?」
と答えた。お父様は借金をなかったことにしてもらえると期待していたけれど、期待が外れても返済を引き延ばす提案は選ばなかった。来年こそいつも通りの金額が欲しかったのだ。お祖母様はヒステリックに騒いでいたけれど、少し不足していた支払いを肩代わりし、ドレス一枚には足りない程度の金額を追加でお祖母様に渡した。
「これで我慢してください」
「夫がいた頃よりもずっと自由がないわ。夜会に同じドレスを着るなんて子爵家としてはずかしいことよ。何とかなさい!」
お祖母様はそう言っていたけれど、自由にできるお金をもらって、自由に散財したのに自由がないなんて。
本当に考えてお金を使うことができない人だったのだ。




