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二ヶ月後、お母様はアルフォード家に嫁いだ。
花嫁姿のお母様はとても美しかった。王都の大聖堂で挙げた結婚式。王都でも名高いデザイナーのウエディングドレス、きめ細かく編まれたレースで作られたヴェール。宝飾品はイヤリングだけだったけれど、透明で粒の大きなダイヤモンドを使いながら品良く耳元を飾る。そのどれもがお母様の実家レンフィールド商会が扱う逸品。レンフィールド商会をご贔屓にしている王妃からの祝辞は、読み上げたのは代理だったけれど家格からすればありえないことで、王都でも指折りの商家の娘と子爵家の婚姻はしばらく王都を賑わせていた。
比較的王都に近いとは言え、王都から馬車で三日はかかる領地。
ここからの収益で暮らしながら、父は滅多に足を向けず、滞在してもほんのわずかな間。それでも領の経営は成り立っているから、そんなものなのだと思っていた。
お母様は領の家で暮らし、お父様は一緒に領に向かったものの、一週間ほどで王都の家に戻った。お母様を誘うこともなく、
「王都に仕事を残していてね。忙しいから戻るよ」
それだけだった。
【何が忙しいんだか…。】
「私がいない間に領のことで何かあれば、君の好きなようにしていいよ」
「ありがとうございます。ですが、領民が私が勝手をしてると思うかもしれません。委任状をいただいてもいいでしょうか」
お母様の言葉に、お父様はさらりと委任状を書き、お母様に渡した。
そこには、お母様に領主代行を任せる、と書いてあった。
【ふふふ。本当に好きなようにしていいのね】
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
遠ざかる馬車に手を振りながら、
【まあ、いない方が気楽だわ】
笑顔で見送るお母様の本音は厳しかった。
お母様は持ってきた宝石を全て自室の金庫に入れていた。ドレッサーの件もあり、この家を信用していなかったのだけど、それは当たっていて、何度か金庫を探られた形跡があった。しかし簡単には開けることはできなかったみたいだった。
ある日、急に王都に呼ばれ、急いで宝飾品を取り出し施錠を忘れてしまった。帰ってきて宝石をしまおうとしたら、鍵は掛かっていたもののいつもと掛け方が違っていた。中の宝石の並びは変わり、ネックレスが一つとブローチ、それに結婚式でつけたダイヤのイヤリングがなくなっていた。
後日、お母様の実家からイヤリングが加工に出されていたと手紙が来た。
あれだけの石をリメイクに出せば、加工職人に伝手のあるレンフィールド家でその情報を掴めない訳がなかった。しかし、その依頼主を聞き、お母様は溜息と共に諦めた。
依頼主はお祖母様だった。
お母様が留守の間に、昔からいた侍女の一人がお母様の部屋の掃除を買って出たそうだ。その間に盗まれたと思われたが、何せ証拠がない。
侍女は一緒に盗んだブローチを売りに出したことで足がつき、警備隊に捕らえられた。残りの宝石やお祖母様のことは知らないで通し、ブローチ以上の罰金を取られ、鞭打ちの後、領から追放された。お祖母様は最後まで知らんぷりをしていた。
【この程度の嫌がらせは許されるかしら】
お母様は貴族の知り合いの中でも特に噂話が大好きなとある夫人に、あの結婚式でつけた大粒のダイヤをなくした話をした。
「どうも家の中でなくしたみたいで…」
その一言に夫人は好奇心をかき立てられたようだ。水面下で噂は広がっていった。
お祖母様は伯爵家の夜会に呼ばれ、自慢げにデザインを変えたダイヤのイヤリングをつけて行った。それを夜会を主催した伯爵夫人は見逃さなかった。
「あら、それは先日キャサリン様がなくされた石ですわね。見つかって良かったですわ」
一目でわかるほどの特別な石だ。その場にいた誰もがひそひそと噂し、耳に光るダイヤを見つめていた。
その場は何やらごまかしたものの、その後お祖母様がその石を身につけているのを見ることはなかった。