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政略結婚だった、と聞いたことはあった。それでもお父様とお母様はそれなりにうまくやっていると思っていた。
「他の貴族家からも申し込みはあったんだがね。レンフィールド家から持参金をはずむから是非にと言われて、おまえ達の母と結婚することにしたんだ」
お父様はそう言っていた。
アルフォード子爵として領を経営しながら一年の大半は王都で過ごすお父様。お父様はいつでもお母様のやりたいことに反対せず、朗らかに笑っている大人な紳士。市井生まれのお母様を「少々貴族としては品に欠けるが、それなりに頑張ってるよ。小うるさいのは困ったものだが」と言って、はっはっはと笑っているような人だ。
かつては私たち姉弟とお母様はこの領の家に住んでいた。お母様はしょっちゅう家を空けて、私たちの子育ては乳母や侍女に任せっきり。貴族には良くあることだけど、寂しかったのを覚えている。
王都の家には年に何度か連れて行ってもらえた。お祖母様はとてもおしゃれな人で、いつもきれいなドレスを身にまとい、美しさを崩すことはなかった。あまり子供が好きではなく、うるさくしていると叱られたけれど、病気の時にそばにいてくれたのはお祖母様だ。
そのお祖母様も亡くなり、王都の学園に行くようになって私も弟も王都の家で暮らすようになったけれど、会えば何かと口うるさいお母様に比べ、お父様と暮らす生活は気楽で楽しい。
アルフォード領から戻って数日後、お母様は、王都の子爵家を訪ね、お父様とお祖母様に挨拶をした。
「ごきげんよう。早速ですが、先日領のお宅に伺わせていただきました際、荷物が幾分かなくなっており、調査をお願いしています」
挨拶もそこそこにいきなり本題に入るお母様に、お父様は目を丸くし、お祖母様は顔を険しくした。明らかに敵視している。
「あ、ああ。報告は受けてるよ。君に任せるから、好きにしてくれ」
お父様の言い方は、人の荷物を預かりながら関心がなく、無責任に聞こえた。
【言質は取った。】
お母様の心の声が聞こえた気がした。
「ありがとうございます。新しく使用人も雇いましたので、お屋敷に慣れるよう、先んじて連れて行ってもよろしいでしょうか」
「ああ、領のことは好きにしていいよ」
領に対しても無関心? お父様、それでいいの?
【こいつ、領の家のこと、なーんにも考えてないのね。】
…お母様?
「ありがとうございます。では」
用件を伝え終えると、すぐさま子爵家から去ったお母様。お茶さえ楽しむ時間を持たず、時を惜しむようにいなくなったお母様に、
「…全く、これだから平民は。がさつで礼儀もわきまえてないのね」
「そういうものですよ、母上。彼らは金で爵位を買ったのですから」
お父様からそんな言葉を聞くなんて。お母様はこの家に入りたくなさそうなのに。
「古いドレッサーを交換してあげたというのに、まるで泥棒扱い。何て子かしら」
お祖母様! あなたが勝手に入れ替えたんですか! それはそっちが泥棒でしょ!!
それなのにお父様も笑ってるだけ。
「子爵家に嫁に来るのよ。持ってきた物は全て子爵家のものだわ」
「ドレッサーは元に戻してください。侯爵家がからんでくると面倒ですので」
「…母親が侯爵家の出だろうと、平民は平民よ。少しも品を感じないわ」
母方のお祖母様は侯爵家の出だったのね。そんなことも知らなかった。お祖母様は私が生まれる前に亡くなっていたし、お母様もあまりお話にならなかったから。
自分のことを棚に上げて、お母様の悪口ばかり言うお祖母様。いつもきれいに着飾り、凜とした姿は憧れだったのに。お祖母様の仮面がはがれていくのを感じた。
一ヶ月後、再び訪れた「我が家」のお母様の部屋には目録通りの持参物があった。そしてドレッサーは少し古いけれどとても上品な、いつもお母様が使っているのものになっていた。
この日も領の家にはお父様もお祖母様もいなかった。
【どうやら未来の妻のために王都から戻ってくる気もないようね。】
お母様は短く溜息をつきながらも気持ちの切り替えは早かった。
【ま、好きにしていいと言質は取ってあるし、念押しにもらった手紙も残しているから、好きにさせていただくわ】
「それでは皆様、よろしくね」
お母様は元々いる使用人と新しい使用人の顔合わせをし、仕事の引き継ぎを命じた。
この一ヶ月の間に邸宅は磨かれ、玄関や廊下のカーペットも一新されていた。使用人用の建物もきれいに改装され、元からいた使用人も喜んでいる。
領のみんながお母様びいきなのは、こうしたお母様も采配もあったのね。