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どうやら階段から落ちて気絶してしまっていたみたい。気が付くととそこは…。
家の玄関。だけど…、何かが変。
ここは、さっきまでいた王都の家じゃない。領の家だわ。
ずいぶんくたびれたカーペット。玄関にあんな変な置物、あったかしら?
「お待たせしました」
出迎えたのは、…執事のノーマン? 若いし、髪がふさふさだけど。
「キャサリン・レンフィールド様ですね。ようこそお越しくださいました」
キャサリン? 私の名前はメアリよ。キャサリンは母の名前…。
レンフィールドって、お母様の旧姓じゃない。
「今日はライリー様はご都合が悪いと伺っているわ。部屋に案内していただける?」
ノーマンに先導されて家の中へ。階段を上り、進んだ先はお母様の部屋だった。
壁紙も、カーテンも絨毯も新品。家具は新品ではなさそうだけど良い物なのはわかる。今も領の家にある物と同じ。
部屋をじっと見渡すと、お母様の名を名乗った女性が言った。
「このドレッサー、私が持ってきたものと違うわ」
他の家具に比べて、少し安っぽいドレッサー。誰かの使い古しのようで、汚れもついている。タンスの引き出しを開けると、
「中の服も足りないようね。リタ、数を確認して」
「はい、お嬢様」
お母様の侍女、リタが若い!
リタは目録を出すと、他の侍女と共にタンスにしまい込まれた服を目録に照らし合わせて数え始めた。
少し顔色の悪いノーマン。
「ドレスが八着、下着が十セット、靴が七足不足しています。靴下などの小物は概ね半分はございません」
「おかしいわねぇ。まだ届いていない荷物があるのかしら」
ノーマンの引きつった表情。どうも事情を知っているよう。
「すぐに探しなさい。そして報告を。家具も荷物も、そちらが運び入れるとおっしゃったのよ。ドレッサーはお母様の形見、サリンジャー侯爵家の紋が入っているわ。サリンジャー家縁の品よ。なくした、じゃ言い訳できないわよ」
「は、はい、申し訳ありません」
窓に近づき、桟を指ですっと撫でると、文字が書けるほどほこりが積もっている。
「お掃除も人手が足りていないようね。我が家の使用人を連れて来るわ」
「いえ、そのような」
「私が許せないのよ、こんな状態」
ああ。お母様だ。この人は間違いなくお母様。
私はお母様、それも若い頃のお母様を見てるの? 信じられない。
その後も順番に家の中を、本邸だけでなくキッチンや洗濯場、物置や使用人用の建物まで見て回り、不足をチェックして手配すべき物を確認すると、帰りの馬車に乗り込んだ。
「…お母様のドレッサーに目をつけるなんて。見る目は確かだけど、いい根性してるわね。結婚前からけんか売ってくるなんて」
「そもそもこの婚姻がけんかを売るようなものです。貴族の名をひけらかしてお嬢様との婚姻をごり押しして、ありがたく思え、なんて。貧乏子爵家の何がありがたいもんですか。持参金を要求しながら支度金は出さないし。図々しいったりゃありゃしない」
ふふふ、と笑っているのはお母様だ。でもイライラしているのを感じる。まるで自分がそう思っているかのように。
【図々しい? そんななまっちろい言葉…】
心の声?
「お嬢様、お笑いになってる場合じゃないですよ! この先のお嬢様のご苦労を思うと…」
「リタが私の代わりに怒ってくれるから笑えるのよ。ありがとう、リタ。でも確かに、笑ってる場合じゃないわね。事前にお宅を拝見できて良かったわ」
バサリと扇を広げ、バサバサと自身に向けて強めに仰ぎながら、窓の向こう、遠ざかる子爵家を睨んでいた。
「そのうち飽きて解放されないかしら。…領に同行もしない。掃除さえも手抜き。結婚相手に敬意さえない。わかり合うなんて、期待は持てそうにないわね」