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私のお母様  作者: 河辺 螢
本編
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13/17

13

 弟が王立学校に入学し、「私」が四年生になる頃、私のクラスの雰囲気はあまり良くなかった。

 表向きは仲良く振る舞っていたけれど、グループのリーダー的存在、フィリス・アボット伯爵令嬢は自分より格下の家を貶めるところがあって、私や私の家が標的になることもあった。

「この前、あなたの私服を見たけれど、…選んだのはお母様?」

「ええ」

「ちょっと懐かしいって言うか、古めかしいって言うか…。お母様は平民だったかしら? やはりどうつくろっても生まれは出るわね」

 お母様のことを悪く言われるのは本当は嫌だった。だけど仲間はずれになるのが怖かったし、お父様もお祖母様もずっとおっしゃっていた。お母様は平民だから、と。平民だから至らない。平民だから仕方ない。そのせいで、何かあれば「平民」を理由にしてしまえば「仕方ない」で済ませられると、そう思っていた。

「今度、一緒に服を選びに行きましょう。私が選んで差し上げるわ。それを着て、みんなで街で遊びましょうよ。あなたの好きなジョージ様も呼んであげるわ」

 新しいクラスになってすぐ、話をする機会のあったジョージ様のことを「素敵な人ね」と口にしてしまったせいで、いつもこうやって話題に出される。その後すぐ、少しぶつかった相手に一方的に謝罪を求める姿を見てからはもうときめくこともないのだけど、今更違うとも言えず、話題作りとして気になるフリを続けていた。


 フィリス様達と一緒に街に行き、案内された店はお母様と一緒に行く店と名前は似ているのに中はずいぶん違っていた。採寸もなく、店内に置いてある物からサイズのあったものを自分で探さなければいけない。

 今王都でよく見かけるデザインだけど、生地が薄く、あまり肌触りもよくない。

 試しに着た物は、なんとも言えないピンク色。襟ぐりも広くてそんなに似合っているようには思えなかったけれど、

「素敵!」

「似合ってるわ」

「私もこういうの持ってるわよ」

「一着くらい、お母様が選んだものでないものがあってもいいのではなくて?」

 そんな言葉に押され、「私」はお小遣いで初めて自分で選んだ服を買った。もう一人、男爵令嬢のエリス・コレット様も勧められるまま服を買っていた。

 友人達はそれを着て帰るように勧めたけれど、さすがに勇気が出ず、元の服に着替え、新しい服は袋の中に隠した。エリス様はその服で帰ることにしたみたい。気に入ったのかしら。着てきた服はお店に引き取られ、その分少しだけ割引されていた。

 その週の日曜に男の子達も誘って街に行く約束をし、その時に買った服を着ていくことになった。

「お母様からの卒業よ。今着ている服も持ってきて、さよならの儀式をしましょ。そんなダサい服との決別よ!」

 言われるほどひどい服じゃない。そう思っているのに、私は頷いた。

 私は変わりたかった。いつまでもお母様の選んだ物ばかり着ていないで、自分で選んだ、軽くて自由な服を着て…。




 その週末、お母様は家に帰る途中、道端でうずくまって泣いている女の子を見つけた。

 【メアリと同じくらいの年の娘さんね。どうしたのかしら】

 そばにいる侍女もうろたえている様子に、お母様は馬車を止めると、その子の元に駆け寄った。

「どうしたの?」

 見上げたその顔は、同じクラスのエリス様だった。

「ふ、服が、…」

 手で押さえている下、脇の部分が大きく裂けていた。

「糸くずだと思ってお取りしようとしたのですが、軽く引っ張っただけで縫い目が簡単にほどけてしまい…」

 お母様は反対側の脇腹からも出ている糸を不審に思い、

「少し触るわね」

 糸を軽く引っ張ると、こちらも簡単にほどけた。普通の縫い目ではなく、あちこちに飛び出ている糸を引くと、服はバラバラになってしまいそうだった。

 お母様は自分の馬車にエリス様を強引に乗せ、エリス様の侍女にメモを書いたカードを渡した。

「お店に着いたらこのカードを見せて。悪いようにはしないわ。アレックス、フローレンスに行ってちょうだい」

 馭者は頷き、馬の手綱を打った。

 「フローレンス」は伯父様の商会が運営しているお店の一つで、伝統的な「お堅い」服を扱っている高級服飾店。私の服も大半がそこで仕立てられている。お母様は服飾店を手伝っていたこともあり、縫製には厳しい目を持っていた。

 【布も安物でずいぶん縫製もひどいけれど…。簡単にほどけるように細工した縫い目、あれはあの子を陥れようとしていたのかしら。いたずらにしてはずいぶん悪質ね】

 

 その場所は家からさほど離れていなかったので、お母様は馬車を待たず歩いて家に帰ってきた。

 そして玄関に入るなり、入れ違いで出かけようとしていた「私」が着ていたのは、エリス様とよく似た服だった。

「何なの、そのはしたない服は! そんなに胸元が広がって、体にサイズが合ってないじゃない。生地もいかにも安物。そんな服を着て出かけるなんて、子爵家の娘として恥ずかしいと思わないの?」

 帰ってくるなり叱られて、せっかく選んだ服を否定された「私」はお母様に言い返した。

「いいじゃない、初めて自分で選んだ服なのよ」

「そんな格好で外出するなんて許しません。着替えてらっしゃい」

「この服で行くってみんなと約束してるのよ。お母様の趣味は古くさくって、みんなに馬鹿にされてるんだから!」

「その程度の服で満足している方が恥ずかしいのよ」

「知らない! お母様のバカッ!」

 ここで「私」は自分の部屋に戻ろうと階段を駆け上り、段を踏み外…さなかった。

 「私」は玄関のドアに向かって走り、お母様が止めるのも聞かず、みんなが待つ広場に向かった。侍女も連れずに一人で。


 待ち合わせ場所に行くと、みんなが着ている服は、…違った。「私」が着ている服とは似ていない、いつも私が着ているような、カジュアルでも貴族らしいきっちりとした服。「私」一人、いかにも安物で平民のような格好をしていて、その場で浮いていた。

 エリス様はいない。そう、ついさっきお母様に会い、ほどけた服を替えに行ったのだから。それを「私」は知らない。

 フィリス様は「私」に近づくと、「私」が手にしていた、以前お母様に買っていただいた服の入った袋をひったくるように取り上げた。

「いらない服でしょ? これ」

 そして肩に触れて、何かを引っ張った。

「あら、肩がほつれてるわ。ずいぶん安物の服ね」

 シュッと糸が抜け、肩の縫い目がほどけ、下着のレースが見えた。慌てて手で押さえたけれど、女の子は笑い、男の子は眉をひそめ、目をそらすか呆れた顔で見るだけで、誰も助けてはくれない。

 よく見ればここにいる女の子は六人、男の子は五人。数が合っていない。私とエリス様は初めから数に入っていなかったのね。

 手を脇に伸ばされ、また服に何かされると思った「私」は、とっさに手をはじいた。

 フィリス様はにやりと笑いながら、急に顔をしかめた。

「痛いっ! 叩くなんてひどいわ」

「フィリス様、大丈夫ですか?」

「こんな失礼な人、放っておきましょう」

「さあ、皆様、行きましょ。…そんなみっともない格好でついて来ないでね」

 「私」から目を背け、去って行くみんな。

 「私」は街の広場に取り残された。

 こんな多くの人がいる所で服の縫い目をほどかれ、「私」が叩いたと悪者にされ、一緒に選んでおきながらみっともない格好だと…。

 ぽろ、ぽろ、と涙が落ちてきた。

 肩の裂け目を手で押さえたまま、うつむく「私」の肩にストールがかけられ、その手の先を見上げると、「私」の前にはお母様が立っていた。

「お、かあ、さま…?」

 お母様が手で指図すると、平民の服を着た我が家の護衛二人がこくりと頷いてあの人達を追って行った。

「さ、帰りましょう。今日の用事はキャンセルでしょう? おいしいお菓子でも食べて、家でゆっくりしましょう」

 お母様は数歩進んだところで足を止め、私が歩き出すのを待ってゆっくりと歩みを進めた。「私」のことをじろじろと見ていた周囲の人も、お母様のひと睨みで何もなかったかのように通り過ぎていった。


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