表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/5

第三話

 自分の屋敷に戻った私は、手渡された手紙を開いた。

 これは一体誰からだろう。オランからの恨み言だろうか。双子の弟を死なせた女への……。


 そう思って読み始めた私は――すぐに後悔する。

 だってそれは恨み言でも何でもなかった。むしろその方が何倍も良かったくらい。

 そこに書かれていたのは、あなたの遺書だったのだから。




『イザベルへ


 これは僕の最後の手紙だ。

 こんなものを残してしまって本当に悪いと思う。君と向かい合って話す勇気が持てなかった僕を責めてほしい。

 僕はこれから死のうと思っている。君がこれを読んでいる時、僕はもうこの世にはいないだろう。


 僕が死ぬのは、君の幸せを思ってのことなんだ。

 もちろん君に迷惑がかかることはわかっている。それでも、僕が君の隣にいてはいけないと思った。別れるつもりがなくて結局死を選ぶなんて、僕はなんて愚かなんだろう。


 僕は君を愛していたよ。でも君はそうじゃなかった。

 僕が近づくから、僕が君の傍にいるから――君は嫌な顔をするんだよね。


 僕が鬱陶しい奴なんだってわかってる。

 そりゃそうだよね。こんな無能、君には必要ない。君と僕との婚約も僕が望んでいたからで、君は嬉しくなかった。

 長い間苦しい思いをさせたと思う。本当にごめん。


 君といて、君が憎々しげな目で僕を見ているのを見て――思ったんだよ。

 ああ、僕は君にとって邪魔者だったんだ。君は僕といても幸せになれないって。


 だから僕は死ぬ。

 死を二人が別つまでって結婚式では誓うだろう? だから僕は、自分が死ぬことによって君との縁を切ろうと思っているんだ。

 どこまでも勝手だよね。最後の最後の瞬間まで君といたいだけだなんて――。


 このことは両親にも言っていない。双子の兄さんにも。

 だから彼らは君のことを責めるかも知れない。でも気にしないで。これは全部僕が決めたことなんだから。


 君は新しい人を見つけて、新しい人生を生きるんだ。

 僕のことをもしも今も覚えてくれているとしたら、忘れてほしい。僕と君は出会うべきじゃなかったんだから。


 さようなら。君を愛していました。

 君は愛していなかっただろうけれど。


 愛を込めて オラン』




 ……そんなつもりじゃなかったのに。

 私もあなたのことが大好きだったのよ。


 ごめんなさい。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 謝らないで。悪いのは全部私。私なのに。


 いっそのこと、嫌いだから、私といたくないから、死んだのであれば良かったのに。

 今までずっとそう思っていた。だから私は、私を責めることができた。


 なのにあなたが私を愛していてくれたのだとしたら。

 私のこの気持ちはどこへやればいいというの?


 あなたが海へ身を投げたあの日。

 せっかくあなたからもらった綺麗な赤い薔薇を、「汚いわ」と言って投げ捨ててしまったあの日を思い出す。


 あの日、私は、私を愛してくれた人を、失ってしまったのだ。

 両片想いだった。いいや、私は彼の想いに気づいていたはずだ。なのに、見て見ぬふりをした。


 だからこんなことになってしまった。

 もしも私が一度でも、あなたに微笑んでいれば。

 あの日、あの薔薇を……綺麗だったあの薔薇を受け取って、「ありがとう」と言っていれば。


 あなたは死ぬことをやめてくれたのだろうか。



***



 アランはこの手紙を読んだのだろうか、とふと思った。


 あなたの手紙には、『兄さんにも知らせていない』と書いていた。

 しかしこれを手渡して来たのはアランなのだ。つまり彼は、あなたが隠していた遺書を見つけ出し、目を通したに違いなかった。


 確かによく見てみれば一度開封された跡がある。


「彼はどう思ったのかしら」


 双子の弟の死の原因を知ったアランは、私を恨んでいるのだろうか?

 いいや。そんな風には見えなかった。だってあれは、彼の瞳に宿っていたあの感情は――。


 オランが私へ向けていたのそれだったから。


 あれがあなただと言ってもきっと信じてしまうくらい、彼が私へ向ける目はあなたのものとそっくりだった。

 私はずっと、あなたの浮かべていた表情を『嫌悪を押し殺した笑み』だと思っていた。しかしあれが本当の微笑み、そして愛だったのであれば。


 アランもまた、私を。


 その考えに至った私は、いてもたってもいられなくなった。

 だってそんなこと、考えられない。私はあなたを死に追いやった張本人。そんな女に対し、あなたの半身だったアランが好意を抱くはずがない。恨まれて、殺意を抱かれて当然で。


 だから彼がどうしてあんな目を向けていたのかが気になったのだ。


 でも伯爵家には先ほど伺ったばかりだし、それに、二度と門を通してくれないだろう。

 伯爵は私のことを嫌っている。夫人は『息子が愛した人だから』と言っていたが――本当はきっと憎く思っているはずだ。


 だからアランとは会えない。

 もしも会えるとしたら、それは。


「次の夜会……か」


 私は公爵家の娘である。

 いくら婚約者を失って悲しみの中にいるとは言え、夜会などには当然のように出席する。そこで彼に会えるかも知れないと思ったのだ。というか、その時しかない。


 私は覚悟を決めた。




 彼を見たら、胸が疼くの。

 まるで彼があなたのように思えて。あなたがもうこの世のどこにもいないことは理解しているはずなのに。


 ……あぁ、オラン。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ