第一話
「さようなら。今までありがとう」
いつも、いつも夢に見る。
落ちていくあなたの姿。ああ待って、違う。そんなつもりじゃ、なかったのに。
私はあなたのことが大好きだった。
大好きだったから、いじめた。愛していたから、振り向いてほしいから。
なのに、こんな結末って……。
私の婚約者だった人が死んだ。
彼はとある貴族の子息だった。私の母の幼馴染の息子で、仲が良かったから、私がおねだりして婚約者にしてもらったの。
彼は綺麗な人で、陽光を思わせる金髪に目が覚めるような青の瞳を持っていた。
私はその瞳にずっと恋をしていたの。ずっと、ずっと……。
なのに私はいつもあなたに嫌なことばかり言っていた。
時には扇子で叩くことだって。毎日怒鳴り声を上げては、「あなたのような人、私の婚約者に相応しくないわ!」だなんて。
本当はそんなこと少しも思っていない。あなたの少し困ったような顔が大好きで、それが見たいだけだった。
あなたの気持ちなんて考えもせずに。
私の愛は歪んでいた。だからもう、取り戻せない。
私のことが嫌になって、でも身分が低かったから婚約解消を申し込めなかったあなたは、自分の命を捨てることを決めてしまった。
あの青い海に落ちるあなたの姿を思い出すと涙が止まらなくなる。
さようならなんてしたくなかった。どうして。どうしてあなたは死んでしまったの。
悪いのは全部私。
わかっているけれど、いくら後悔してもあなたは二度と戻って来ない。
あの日あの時、あなたの消えた海を前に、私は今日も涙を流す。
***
私の名前はイザベル・デュ・フォーガー。
フォーガー公爵家の長女。本当なら王子の婚約者になってもおかしくないほどの美貌と才能がありながら私は、まるで買い手がつかなかった。
それは私の性格にあったのだろう。
振り返ってみれば私はひどい人間だった。
世界の中心と思い込んだ女王様気取り。かなり多くの人を蹴散らしながら生きて来たと思う。しかも敗者を見てほくそ笑んでいたのだ。
そんな私に唯一できた心を許せる相手。それがあなた。
私は寂しかった。
母は亡く、父には甘やかされて育った。でもそれじゃ足りない。父からの愛はただの憐れみだった。幼くして母を失った、私への……。
あなたと初めて出会った時、あなたは私に「可愛い」と言ってくれたの。
その瞬間に私はあなたの虜になった。それからずっと、あなたのことが大好き。なのに、なのに――――。
あなたは死んでしまった。もうこの世のどこにもいない。
父は許してくれた。彼は心が弱かったんだと言って、私は悪くないと。
でもそんなはずがない。私のせいであなたは死んだのだから。
私は何日も泣いて過ごした。
心が収まることはなかった。でも涙はすぐに枯れてしまって、抜け殻のような気持ちになる。
でも抜け殻でいてはいけない。だから立ち上がり、あなたの生家へ足を運んだ。
もはやあなたを愛する資格を持たぬ私が、あなたに許しを乞うことが傲慢なのだとしても。