第5話 生きていた同級生、水原鏡花
「ここが水原さんの家…?」
「泊まってる場所ね。…一人部屋だから狭いけれど、どうせ今日中にはここを立つ予定だったからいいでしょう。」
どうも隼人です。なんやかんやあってドラゴンから逃げるための囮り役になって死にかけて現在生きてます。
まあこの場には僕と水原さん以外誰もいないし、誰に話しかけてるわけでもないけど‥なんかこう、憧れてたんだよね。
それこそ転生系の主人公とかの独白ってやつ?せっかく異世界にきたんだし、一度だけやってみたいなぁ〜なんて。
……はぁ。
表向きも心の中でも明るく振る舞っているものの、正直にいって隼人は少し‥いや、だいぶ落ち込んでいた。
死にかけたのももちろんだけど、そもそも誰も彼もが僕を殺すのに賛成していたようなもんだ。落ち込むなんてどころじゃ…待てよ?
そうだ、僕はあのドラゴンに肩を引き裂かれたはずだよな?痛いとかそんな言葉じゃ表せられないほどひどい痛みがあったのに、今は全くそれがない。
それに、手当てをしたわけでもないから出血死なんてのもあり得るはず…でも僕はいまだに生きてる?どうして…
「み、水原さん!」
「何?今荷物の準備をしてる途中なんだけれど。」
「僕、あのドラゴンの洞窟でひどい怪我をしてたよね?!」
「怪我?」
「思いっきり左肩を切り裂かれたんだよ!ほんとに肉がえぐられたんじゃないかって思う程度には痛かったんだ!」
「…私があなたを助けたときには、服は血塗れだったけれど重症には見えなかったわ。」
「え……」
そんなはずはない…だって、あんなに大量の血が吹き出していたんだ!
それなのに、重症じゃなさそう…?
「で、でもほんとに!」
「そうね…これでも飲んで落ち着いたらどう?」
そう言いながら、水原さんは僕の目の前におしゃれなティーカップをおく。
確かに一旦落ち着いたほうがいいかも…と思いながら、僕は勧められたままにティーカップの中のお茶を一口飲んだ。
……紅茶かと思ったけど、味てきにほうじ茶かな?
火傷しない程度に暖かいほうじ茶は美味しくて、困惑していた隼人の心に少しの余裕ができる。
ほっと一息ついたところで、鏡花は至って冷静に隼人に問いただした。
「あなたが逃げる所を見ていたけれど、左肩を抑えていたし、服も血塗れだった…だから私はわざわざ変えの服を買いにいかなければいけなかったし、本来はもうここを去っていたはずなのにまだチェックアウトすら済ませていないわ。」
「ドウモアリガトウゴザイマス…。」
うぅ…確かに僕が色々迷惑をかけましたけれど…!でももう少しオブラートに包んで言って!!
鏡花からズケズケと遠慮なく言われる言葉が、今の隼人にはとても痛かった。
グサグサ、グサグサと、もはや黒髭危機一髪でもやってるのか?なんて思うくらいに簡単に言葉のナイフが刺さって、そんなに言うならなんで君は僕を拾ったのさ!とちょっと言いたくなった。
「服が血塗れで使い物にならなくなるほどの大怪我を負ったのにあなたが生き残れている理由は…考えられるのは2つ。」
「ふ、二つ?」
「えぇ、一つは見た目の割に傷が浅かった可能性。そしてもう一つは…」
「もう一つは…?」
「そうね、あなたの能力かしら。」
「僕の能力…でも、僕は能力を持ってないみたいなんだよ。だから僕の能力のおかげなんてことは…」
『お前だよお前!無能の柊木隼人!!』
あの時、神崎くんから言われた言葉を思い出す…あの時は本当に、心臓に氷の針でも刺されたみたいで、今だからこそ言うけど立ってるのもやっとだった。
周りのみんなから向けられる『お前が死ね』とでも言うかのような冷え冷えとした目線…一気に身体中の体温が抜けていく感覚がして、歯がカチカチと小刻みに音を立てて…今思うと、あの時の僕は病人みたいな顔色だったんじゃないだろうか。
なんて、考えていると…
「能力がないなんて、誰が言ったの?」
「実は…」
水原さんが首を傾げながら、不思議そうに尋ねてきた。
彼女は身体強化系だって、水原さん地震が言っていし、能力がある人からすれば僕みたいな存在はありえないんだろうな…なんて、ちょっと悲しくなりながらも、隼人は自分の身に起こったことについて彼女に説明する。
そうして最後にこう言った。
「僕みたいないじめられっ子、能力があるわけもなかったのかもね。もう諦めるしか…」
「…出てって頂戴。」
「え?と、突然何を…」
諦めの気持ちしかなかった。
僕はこれと言った特技もないし、ここは現実なんだ。
漫画の世界みたいにうまくことが運んで、チート系勇者になんかなれるはずもないと、周りのみんなが能力を支えている中、僕だけが能力を発現できなかった。
その時から、僕は諦めていたのかもしれない。
主役になんてなれないよ…なんて。
だけど、そんな気持ちを僕が吐露すると…水原さんの目つきが変わった。
先ほどまではめんどくさそうな半開きの目で、時々こちらを見る程度だったのに…突然、まるで獲物を見つめる狩人のように鋭い目つきで、彼女はジッとこちらを見つめてくる。
獲物を見つめるような〜なんて、まるで小説の語り文句みたいなことを現実で言うとは思わなかったけど、実際その言葉が一番似合うような目つきや視線だったのだから仕方がない。
その目に見つめられた瞬間、ヒュッ…と喉の奥から変な音が出たのがわかった。
裏切りにあってから怯えてばかりだな‥これからあと何回怯えれば僕は平和な人生送れるのかな…なんて馬鹿みたいに考える間も無く、水原さんは先ほどまでよりもワントーン低い声で、囁くような、それでも聞こえないわけではなくはっきりと耳に届くような大きさで言う。
「気が変わったのよ。あなたの様に最初から諦めている人間を手元に置いておいたら、私まで弱くなりそうで嫌だわ。」
「そ、そこまで言わなくても!」
「何?事実でしょう?あなたは自分で自分に枷をつけて、最初から自分はか弱い人物だと吹聴して回ってるの。自分は弱いから悪くない、強い人が…いじめている人々が悪なんだってね。」
「そんなこと言ってない!」
「言ってないだけの間違いじゃないの?どちらにせよ、諦めているだけの人間を助けてあげるほど、私は暇人じゃないし聖人君主でもないの。」
「……。」
「何も言い返せない?まぁ、それもそうかもしれないわね。長年張り付いた固定概念を拭うのには時間がかかるもの。」
呆れの感情を含んだ表情はこちらを見ようともしない。
何がそこまで水原さんの機嫌を悪くしたのか、正直に言って僕は訳がわからなかった。
確かに弱音を吐いてる人が近くにいるのは嫌かもしれないけど、追い出すくらい僕の発言が嫌だったのだろうか?
でも…でも僕だって、最初からこんなわけじゃなかった。それに…
「僕だって…僕だって、諦めたいわけじゃないよ…。」
5年間いじめられ続けた。その間ずっと押し込められていた本当の気持ちが、ポロポロとこぼれ落ちる。
別に同情して欲しかったわけじゃ…いや、流石にそれは嘘だ。
本当は誰でもいいから同情くらいして欲しかった。
「見捨てられたのだって、本当はすっごい悔しいし…正直、僕を率先して見捨てた奴らを殺したいくらいには恨んでる。でも!でも…無理なんだよ…。」
「無理?」
「そうだよ…僕には何の力もない…漫画の主人公みたいなことなんてできっこないよ…。」
「そうやって決めつけているから、いつまで経っても弱者のままなんじゃないの?少なくとも、変わろうと行動を起こせば、今よりはもっとマシな結果になっていたんじゃない?」
変わろうとしろ。行動を起こせ…そんな事、中学生の頃も聞いた。
いじめを相談するたびに、教師の先生はため息を吐きながらめんどくさそうに僕に言ったんだ。
『お前がいじめられる原因を作ってるからだろ?ちゃんと周りと馴染めるように努力しろ。行動を起こせよ。』
なんて…今思い出してもひどい態度の先生だ。
あれ以来、僕は努力という言葉が大嫌いになった。
努力をしたところでどうしようもない問題だってあるだろうし、実際中学生の頃にいじめられていた理由だって『なんとなく気に食わないから』そんなしょうもない理由。
今みたいにいじめられている子を庇って巻き込まれたわけでもないし、相手の逆鱗に触れるような事をしたわけでもない。
そんなことがあったとは言え…さすがに高校受験の時は努力もしたし、自分の行動で変えられる部分はちゃんと努力して変えて行こうとは思ってる。
でも、いじめはどう頑張っても…
「君はいじめられた事がないからそんな事が言えるんだよ…毎日学校に行くのが辛くて仕方がない、なんて生活送ったこともないだろ?だから、偉そうに上から…!」
「…あるわ。」
「…え?」
「関わりもない女の子の彼氏を取っただなんて…そんなくだらない言いがかりをつけられて、3年間はいじめられたのよ。学年内でのカーストが上位の女の子だったから取り巻きも多くて、面倒で仕方がなかったわ。…ものを捨てられたこともあった。上から泥水をかけられたこともあった。…でも、だからなんだって言うの?」
「……。」
唖然とした。まさか、水原さんもいじめられていた過去があるだなんて思っていなかったし…それに、そこまでひどい扱いを受けていたなんて、もっと信じられなかった。
「私はその子たち全員を黙らせた。それもこれも、彼女たちを黙らせるために対策を考えて、それを実際に行動に移したから。…だけど、今のあなたはどう?何の行動も起こそうとせず、今の現状に甘えてるんじゃない?」
「それでも、僕にはそんな力なんて…」
「力がないならつければいい。対策が立てれないなら経験者に知恵を借りるのでもいいし、頼れる人と考えればいいじゃない。」
「……僕、本当に復讐なんてできるのかな…。」
「出来る出来ないじゃない。やるの。まずは行動しなきゃ、成し遂げられることもできなくなるわ。」
「…そっか。なら、少しくらいがんばってみようかな…なんて…。」
「そう、勝手にしたらいいんじゃない。…どうしても行き詰まったら言いなさい。少しくらいは手伝ってあげれるかもしれないから。」
それだけ言って、水原さんは荷造りを始めた。
さっきまであれほど僕の事を呆れたような目で見ていたのに、その一瞬だけ、水原さんは試合のこもった表情を浮かべたのを、僕は見逃さなかった。
そして、考えるより先に僕の口は動いて…
「…!み、水原さん!」
「何?」
荷造りの手を止めることもなく、声だけかける水原さん。
でも、それでもいい。
彼女が本当は優しい人間なんだって、ほんの少しの間話しただけだけど、僕はそれを知ったから。
少なくとも僕にとっては優しい人間だったから。
ただ一言だけ。
「ありがとう。君のおかげで、ちょっと元気が出たよ。」
「……そう。」
すごく素っ気ない返事しか帰ってこなかったが、隼人は鏡花のことをいい人だと思っているため、特にこれといって不快な気持ちにはならなかった。
それから二人は一言も会話することなく、荷造りを終えると3つ隣の町へと渡って行ったのだった。