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第3話  ドラゴンの眠る洞窟


翌日


大きくて頑丈な窓ガラス越しに、溢れてしまうのではないかとすら思わせる程降り注いでくる太陽の光は、キラキラと室内全体を照らし、ベッドで眠っていた僕の事を優しく起こしてくれた。


まさに理想的な朝、素晴らしい1日の始まり…でも、やっぱり僕は不安でたまらなかった。


…朝からネガティブな妄想ばかりしてちゃ何もできない!


パン…!と、両手で自分の頬を挟み込む様に叩いて気合いを入れる。‥ちょっと強く叩き過ぎたせいか、頬がピリピリと痛む。


ベッドのすぐ近くにある姿見で自分の頬を確認す ると…幸い、赤く膨れ上がっていたり、叩いた痕が残っていたりはしなかった。


よかった…さすがに王様の前でほっぺを腫らした状態で出て行ったら、「不敬者!」とか言われそうだしなぁ…。


今日は王様直々に命令が下さると昨日騎士の方が言っていたし…早めに身支度をしておこう。


昨日王宮に使えるメイドの方から貸してもらった寝間着(ねまき)を、チャチャっと脱いで畳んでおく。


いつの間にか洗濯されていた自分の服から香る、嗅ぎ慣れない香りが鼻を掠めた。


…この世界の花か何かなのかな?街並み的には中世ヨーロッパっぽいし‥多分、化学とかはあんまり発展してなさそう。


なんて、ちょっとした考察じみたものをしながら服を着ると、すぐさま姿見で変な所はないか、裏表とかは間違ってないかなどを簡単にチェックしてから、僕は部屋を出た。



ーーーーーー

ーーーーーー

ーーーーーー



「其方らのためにも、近隣に住む村人たちのためにも、死の洞窟に巣食うドラゴンを討伐してきて欲しいのだ。」


「ドラゴン…?」



それは唐突に告げられた。


いつの間にか生き残った僕らのリーダー的存在になった早瀬くんが、王様に向かって問いかける。


王様は神妙な面持ちで、その先の言葉を言おうか言うまいかひどくしぶっていたが…「これも我が国のため」と一言呟いてから、王様は威厳の篭った声色で説明し始めた。



「魔王の軍勢が押し寄せてきてから、あの洞窟には凶悪な黒いドラゴンが住み着く様になったのだ。あれは…あのバケモノは、村に降りてきては人々を食い散らかし、村人たちは怯えて…王国騎士団達にすら警戒する始末‥。」


「私も個人的にあの村に訪れ、なんとか説得しようとしましたが…残念ながら…。」


「彼らを安心させるため、勇者方には早急に北にある村へと赴いてもらいたい…。」


「…わかった。困ってる奴らがいるなら、それを見過ごすわけにも行かないしな‥。」



早瀬くんは一言そう呟いて…覚悟のこもった目を王様に向ける。


王様は早瀬くんの覚悟を悟ったのか、しっかりと余すことなく早瀬くんの瞳を見つめてから、王様らしく威厳のこもった声色で高らかに告げた。



「勇者一行にドラゴン退治を依頼する!我が国のため、世界のため、悪しき邪竜を討ち滅ぼすのだ!」



その日、僕らの勇者としての日々が幕を開けた。


これから遅いくる魔王軍に対しての切り札…国民達の希望の象徴として立ち続けるであろう人生が…



ーーーーーー

ーーーーーー

ーーーーーー



「ここが…ドラゴンの出た村…?」


「全くそうは見えないけれど…復興作業?っていうのでもしたんじゃないかしら?」


「いや、王様の話だとここが破壊されてから1ヶ月も経ってないはずだろ?」



瑞々しい深緑の葉を惜しげなくつけた木々が連なる森を抜けたその先では、これまた襲撃を受けたとは思えないのどかなな村が広がっていた。



決して豪華な装飾が施されているわけでもなく、(わら)と木材だけで構成された家。


貧相な家々が並んではいるが…どこか温かみのある、この村に住む村人達の努力が窺えるような美しさがあった。



「うーん…まあとりあえず村人達に聞いてみないか?」


「確かにな!流石早瀬、やっぱ頭いいな〜。」


「うんうん!早瀬君がついててくれるととっても心強いよ!」



はぁ…また早瀬早瀬言って…よく飽きないもんだよ。正直うるさいし…自分たちじゃそんな事も考えつかないの…?



どんどん気持ちが落ち込んでくる。ネガティブな考えばかりが浮かんでは消えて…また浮かんで。


ひねくれた自分の心が浮き彫りになる。


しかし、周りはそんな隼人の事など気にも留めないで、早瀬を先頭に一人の村人に話しかけに行った。



「すみません、一つお聞きしたいことがあるのですが。」


「ん?何だぁ…?」


「ここの村がドラゴンに襲われたと聞いて、そのドラゴンを退治しに参った勇者なのですが…」



早瀬のその言葉を聞いた瞬間、村人はサッと顔色を真っ青にしたかと思えば、頬を真っ赤に染め、早瀬に殴りかかりそうな勢いで、矢継ぎ早に言葉を投げつけた。



「帰ってくれ!もう2度とこの村にくるな!!」


「ちょっ?!そ、そう声を荒げないで!俺はただこの村をドラゴンから解放したいだけで…」


「んだよくわからん事を言いやがって!さてはあのクソ王の部下とか言うやつだろう!」



村人が大きな声で「王の部下」と口に出した瞬間、その近くにいた村人…いや、村にいた村人全員が僕らを取り囲み、大声ではやし立てる



「なに!?あのクソ野郎の部下だって?!」


「追い出せ!」


「さっさとこの村から出てけよ!」



罵声罵倒の嵐、小さな子供からお年寄りの方まで、村一丸となって僕らを村から叩き出そうと大声で怒鳴りつけてくる。



「う、うるさ…!」


「おいおい、どう言うことだよ?」


「…!とにかく撤退だ!」



早瀬くんの迅速な指示のもと、僕らは尻尾を巻いて逃げ去るかのように村から出て行った。



ーーーーーー

ーーーーーー

ーーーーーー



「ハァハァ…一体なんなんだ?」


「と、突然…突然怒りだすだなんて!」



ぼ、僕らはただドラゴンとかに着いて聞こうとしただけなのに…どうしてあんなに怒ってるんだ?


わからない…むしろ村人たちにとって僕たちは、村を襲った害悪なドラゴンを討伐してくれるありがたい存在のはずだ。


あれではまるで…



「ドラゴンを守ってるみたい…。」



ポツリ…とこぼれた僕の疑問は、誰の耳に届くこともなく、仲間達の村人を批難する騒がしい声に掻き消された。



「まあまあみんな落ち着いて!」



ガヤガヤと騒ぎ立て、ブツクサ文句ばかり垂れ流している場の空気に、早瀬くんの声が朗々と響き渡った。


彼の一言だけで、それまでうるさかったのが嘘みたいに、みんなはシーンと静まり返り、早瀬くんの次の言葉を聞き逃さないとばかりに耳を傾けた。



「きっと村人たちも困惑しているんだ!それに…あの村は多分王様が直してくれたに違いない!」



そんなに簡単な話じゃないと思うんだけど…。


僕は心の中だけで、綺麗事をなんの恥ずかし気もなく声に出す早瀬くんに文句を言った。


村を立て直すにしても、どうしてわざわざ藁で屋根を作ったりあんなボロっちい木材で壁を作ったりするんだ?


なるべく壊れないようにもっと頑丈な家にするべきだろう…普通。まあ…村人たちがそうして欲しいって頼んだんだったらわからなくもないけど…。



だめだ…よくわかんないことが多すぎて言葉がまとまらない…。


でも、本当にどうして村人たちはあんなにも必死に僕たちを追い払ったんだろうか…。



「とにかくドラゴンを倒すのが先だ。いち早く、あの村に悪影響を及ぼしてるドラゴンを討伐しないと、彼らも安心できないだろうからな…。」


「そ、そうね…。」


「早瀬の言う通りだ!」



みんなが口々に、「早瀬くんの言う通りだ!」とか、「早く倒しに行こう!」とか、全員が一気に早瀬くんの言った言葉を復唱し始める。


なんか…もはや一種の宗教みたいに見えるな…。


多分みんな、異世界に来て自分たちが死ぬかもしれないって思ってるから、引っ張ってくれる人が欲しいんだろうな…。


かく言う僕もその1人だ。自分はリーダー気質とかじゃないし…なにより怖い。


前に立って導いてくれる人が欲しい。


そんなことを考えながら、僕は死の洞窟へと足を向ける仲間たちの列の最後尾をとぼとぼと歩いた。



ーーーーーー

ーーーーーー

ーーーーーー



「ここが死の洞窟…まさにって感じだな。」


「は、早く先に進もうよ!」


「この先暗いし、誰か焔の魔法使ってよ!」



さっきまで真っ暗だった洞窟に、一筋の光が照らされた。…ちょっとは明るくなったけど、それでも暗いし…なにより怖いな…。


みんなが少なからず狼狽えている中、早瀬くんが先陣を切ってズンズンと洞窟の奥へと歩いていく。


うぅ…本当はこんなとこ行きたくないのに…。


僕だけここで引き返すって言うのも…みんなに揶揄われそうで嫌だ。


仕方がないか…と腹を括って、隼人は列の最後尾をビクビクと怯えながら歩いた。



ーーーーーー

ーーーーーー

ーーーーーー



「…ん?」



コツコツ…と、僕らの歩く音だけが反響している。誰も何も喋らなかったが…突然先頭にいた早瀬くんが立ち止まった。


一体どうしたんだろう?と不思議に思っていると…。



「あ…あ…。」



誰かの情けない声が洞窟中に静かに伝わった瞬間だった。



ギャオォォォ!!!と、鼓膜を破るかのように発された”何か”の雄叫び。


続いて聞こえてきたのは…



「ば、化物だ!」


「あ、あんなのがドラゴンだって…?!」


「もういや!おうちに返してぇ…。」



「みんな狼狽えるな!王様が俺たちを信じてここに送り出してくれたんだ、こいつを討伐しなきゃ!」



前にいた人たちが目を見開いて怯えているその元凶が、ようやく隼人にも見えた。


体長5メートルは悠に超えるだろう大きさ、でこぼこな鱗からは毒々しい緑色の気体が漏れ出ているようにも見える。


岩壁と同じ色の鱗は一部が溶け出していて…ドラゴンというには恐ろしく、僕が想像していた物よりも遥かに醜悪な見た目の怪物、それが目に映った瞬間、僕は体の震えが止まらなかった。



ギャオォォ!グォォ!と、ドラゴンは僕たちに向かって咆哮を浴びせつつ、その大きな翼で前にいた人たちをなぎ払った。



「キャッ!」


「うわぁ!」


「殺されるぅ!」



「クソッ…思っていたよりも強いな……みんな!このドラゴンは強いけど、俺たちが力を合わせれば勝てない相手じゃないはずだ!」



「で、でも…」


「そんな事言ったってよぉ…。」


「あんなのに叶うわけないじゃない!」



「やってみなきゃわからないだろ!ほら、みんな勇気を出すんだ!」



しかし…早瀬くん以外のみんなはすっかり怯えきってしまっていて、誰も動こうとしなかった。


縮こまってる間にも、ドラゴンは凶暴性を増していき…



ギャオォォ!!



ドン!!ガラガラ…!


ドラゴンがその大きな翼をバサバサと羽ばたかせると同時に、洞窟内の壁を破壊し、瓦礫が次から次にガラガラと落ちてくる。


キャー!!と瓦礫から逃げ回りながら悲鳴をあげる女子生徒に、それを助けようと誘導している男子生徒。


誰もドラゴンに攻撃を仕掛けようとしないし、みんなへっぴり越しになって今にも逃げ出したいと言った感じだ。


早瀬くんはこの現状に苦虫を噛み潰したみたいな渋い顔をしながら大声で言う。



「…っ!退却だ!みんな入り口のほうに逃げろ!」



「う、うわぁぁ!!」


「助けてぇ!」


「おい邪魔だよ!!」



「お、おい隼人!俺らも逃げなきゃやべーよ!」


「え…」


「っ!ほら行くぞ!」



正直に言って、僕は現状を理解できていなかった。


だから悠に手を引かれるまで呆然とその場に立ち尽くしていて、動こうともしていなかったんだ。


ようやく僕が動いた次の瞬間…



ガシャン!と何かが気ずれ落ちたような音が響き、驚いて後ろを振りかえると…


僕がさっきまで立っていた場所は瓦礫が山みたいに積もってて、後もう少しでも動くのが遅れていたら…もし悠が僕の手を引いてくれなかったらと想像すると震えが止まらない。


サーッと血の気がひいていくのがよくわかる。



「止まってる場合じゃねえ!早く逃げなきゃあれに潰されてぺしゃんこだぞ!!」


「あ…あ…。」



声にならない声を上げながら、僕は悠に連れられてなんとかその場から脱出することに成功したのだった。



ーーーーーー

ーーーーーー

ーーーーーー



「はぁ…とりあえずここまで逃げてくれば大丈夫だろう。」



今も洞窟の奥の方から落石だったりドラゴンの雄叫びが聞こえる中、僕たちは奇跡的に誰1人かける事なく洞窟の中腹ら辺まで逃げ込んだ。


一応今は安全だが…このままだとドラゴンが僕たちを追って外に出てきて……この先はあんまり考えたくない。



「…みんな聞いてくれ。」



早瀬くんのよく通る声が洞窟内に静かに響き渡り、みんなが彼の方を見る。


彼はとても深刻そうな、まるで苦渋の決断でもする人みたいな渋い顔つきで語り出した。



「このままじゃ俺たちはみんなまとめておしまいだ。……あのドラゴンをどうにかする方法を考えなきゃなんだよ。」



「どうにかって言っても…」


「そんなの急に考えつけないわよ!」


「もうとにかく走り回ればいいじゃねえか!」



「…すまない。急にこんな事を言っても困惑するよな。…ちょっと遠くで考えてみるよ。」



早瀬くんは随分と落ち込んだ様子で、ズーン…と重い空気を纏いながら少し離れた場所へと去っていった。


多分頭を冷やしたいとか、冷静になって考えたいとか、そんな気持ちで僕たちの元から離れたんだろうけど…



「…早瀬はああ言ってるけどよ、実際誰かをドラゴンのとこに放り込んで…足止め役にしたほうが良くねえか?」



誰が言ったのかはわからなかったが、静かな洞窟内にポツリと響いたその一言…僕はそんな言葉が聞こえてきた瞬間ギョッと目を見開いて、声が聞こえた方を凝視していた。


流石に、僕以外の人もその言葉は見逃せなかったのか…



「それって…つまり誰かをあいつの餌にするってこと?!」


「そ、そんなのできるわけねえよ!お前…頭おかしいんじゃねえか?!」



「むしろ俺は賛成だけどな。」



「か、神崎…」


「だって、どうせこのままじゃみんな死ぬんだろ?」


「た、確かにそうかもしれないけど…」



まとめ役の早瀬くんがいなくなった瞬間に、みんなの意見がバラバラになる。


神崎くんはなんでもないような顔をしてひどい事を言うし…それに、そんな神崎くんの意見に賛成する人が意外なことに多かった。



「まあ…ここで全員死ぬくらいだったら誰か一人を生贄にした方が…」


「いいんじゃない?私以外のやつだったら誰でもいいし〜。」


「そ、そんな適当な…!」



「じゃあ、お前が死ぬか?」


「そ、それは…」



正義感の強い誰かは頑張って神崎くんのことを止めようとしていたけれど、誰も彼の意見に賛成してくれない…それどころか、当たり前なことを言ったはずの彼がドラゴンの餌として生かされそうになっている。



「……いや、お前は確か結構強い能力持ちだったよな……いいか?俺が追放しようと思ってんのは無能力の穀潰しだよ。…そう、お前だよお前!無能の柊木隼人!!」



みんなが一斉にこっちをみる。


まるで、僕が邪魔者みたいな…入らない存在なんだと糾弾するみたいな怖い目つきで、僕を見つめる。



「ぼ、僕?!」


「そうだよ能無し!お前、みんなが能力を披露してる時に一人だけ発表しなかっただろ?」


「そ、そんな…言いがかりだよ!僕はちゃんと…」


「おっと、僕はちゃんと披露してました。みんなが見てなかっただけですぅ〜とか、そんな言い訳は通用しねえぜ?」



嫌だ、流石にそんな…せっかく異世界ライフが始まった瞬間に、まるで生贄みたいな感じで僕が死ななきゃならないなんて、そんなの嫌だ!


学校にいた時からまるでいない存在みたいに扱われてきてたけど…でも、今この時だけはそんな扱いだった僕自身に感謝した。….していたけど…。


でも、神崎くんはなんとか言い訳をしようとした僕の言葉に割って入って、残酷にも告げる。



「自分がいじめられて惨めだから、誰も自分の事になんて気がつかない…とでも思ったんだろ?まあ確かにその通りだが…お前は今まで一度も能力を使ってねえんだよ。それこそ敵と戦う時もな。」



しまった…まさか自分が道端のスライムと戦っている瞬間を見られてただなんて思ってなかったのだ。


そう、僕は結局自分の能力が分からなくて、学校の掃除ロッカーに入っていた長い(ほうき)で戦っていた。


たまたまそれを悠に見られたけど、彼には言わないでくれと言った。現に今も悠はその約束を守ってくれてるし、それ以前に…彼以外は周りに誰もいなかったはずだ。


なのに…どうして知っているんだ?



「ご丁寧にそっちのお友達に口止めまでしてな。…なあみんな、ただ俺たちについてまわる穀潰しなんていらないよな?」



「た、確かに…そうかもしれない。」


「あ、あたしは元からあんなやつ、いなくなってほしいって思ってたわ!」


「別にいてもいなくても変わらないから…それにこのままじゃ俺らが死んじまうし‥。」



「み、みんな…ちょっと待ってよ!ぼ、僕にだってちゃんとあるよ!あるんだって…きっと…」


「ピーチクパーチク言っても無駄だ、お前が穀潰しの無能なのに変わり無いし、何よりみんな同調圧力に負けて意見できないんだよ。お前は大人しく死んどけ。」


「…?!や、やめてよ!ぼ、僕だって死にたく無い!」


「さっさと連れてっちゃって。あぁ…戻ろうとしても無駄だよ。お前を抑えてるそいつ、土を自由自在に操れる能力持ってるからさ。お前がドラゴンのいるほうに放り込まれた後壁を作るから逃げられねえよ。」


「お願いだから!な、なんでもする…!だからそんな事言わないで…考え直してよ!」


「なんでも?そうだな…じゃあ………俺たちのために囮り(おとり)になってくれ。」



にっこりと、いっそ清々しいまでに綺麗な笑顔でそう吐き捨てられて…僕は目の前が真っ暗になっていくのを感じた。


周りからの「早く連れてけよ!」「そいつが囮りになれば私たちは助かるんだから!」と、そんな僕を生贄に使うのを産生するような声が聞こえてきた気もしたけど、そんなのも聞こえないくらい…僕は今の現状に絶望していた。


多分、側から見たら死人みたいだと思われそうなほど顔を真っ青に染めて、力なく引きずられていく。


みんなとの間に壁を建てられる前、最後に目にしたのは……僕の事を助けようと人の波をかき分けてる悠だった。



ーーーーーー

ーーーーーー

ーーーーーー



土の壁が築かれてから5分間くらいの間、僕は動けないでいた。


それはもう、ドラゴンがこの奥にいるのに無防備すぎると自分でも思うくらいには呆然としていて、なんなら地べたに女の子座りしていたくらいには無防備だった。


でも、そうやって感傷に浸っていられるのもほんの少しの間だけだったんだ…




ドスン…ドスンと響いてくる何かの足音。


その音が近づいてくるにつれて、チャリ…チャリ…と何か鉄製のものが地面に擦れているみたいな音…考えるまでもない、きっと……



グオォォォ!!!



少し前まで聞こえてた恐ろしい声…いや、雄叫びと表現した方が正しいのかもしれない。


あの半身が腐り切った悍ましい見た目のドラゴンが、僕の元にやってきたんだ。



「ヒッ…!あ、あぁ…。」



恐怖で全身が石像みたいに固まって動けなくなった。


いくら自分の足に動け!と念じても動いてくれない。


僕の体のはずなのに、まるで僕の体じゃないみたいだ…なんて、よくある漫画とかで主人公が思っていそうな事を考えるなんて、人生は小説よりも奇なりとはよく言ったもんだ。


…なんて、普段だったら考えるだろうが、あいにく命の危機に瀕してまでそんな呑気な事を考えている余裕なんてない。



じっとこちらを見つめてくるドラゴンが、僕に向かって前足を一歩進ませる。


それに応じるみたいに、さっきまで動かなかった僕の足は三歩くらい後ろに後ずさるのだ。


またドラゴンが一歩進んでくる。さっきと同じように僕は後ずさろうとして……先ほど築かれた土の壁に背中が当たった。


もう、これ以上後ろに下がることもできないし、前はドラゴンの巨体で防がれている。…完全に、逃げ道を無くしたんだ。


僕は絶望すると共に、さっきまで動かなかった体が突然スルスルと動くにびっくりすると共に、人間生き死にの状態だと考えるより先に足が動くんだなと、呆れるほどこの馬に不釣り合いなことを考えつく。


諦めるしか、ないんだろうか…逃げ道なんてどこにもない。


まるでヒーローみたいに僕を助けてくれる人なんて現れやしない。


あっけない人生だったな…なんて思いながら、僕は目を瞑って、何もかもを受け入れるみたいに安らかな顔をした。




















…‥…なんて、そんなわけないだろ!!


先ほどまで死を受け入れていたはずの隼人はカッと目を見開いて、脱兎のごとく逃げ出した。


もちろん後ろは土の壁で塞がっている。掘り返そうにもそんな事をしているうちに自分はお陀仏だ。


…だから、隼人は普段の自分ならしないような危ない賭けに走った。


ドラゴンが堂々とした姿で立ち塞がっている方に全速力で突っ走っていく。



ドラゴンが目の前の人間の突飛な行動に驚いて固まる…なんて都合のいいことはもちろん起きなくて、その大きくて鋭い爪が襲い掛かる。


誇れることじゃないが…僕は根っからの引きこもりだ。


それに転生してきたみんなが持ってるような能力だってまだ発言していない。


襲いかかってくる爪をなんとか避けようとしたけど…ダメだった。


ザクリと盛大に左肩を切り裂かれて、それこそバトル漫画なんかでしか見たことないような大量の血が、傷口から噴き出してくる。



「…?……あ、あ“ぁ“ぁ“ぁ“…‼︎」



痛い…痛い痛い痛い!


切り裂かれた左肩が焼けたように痛い!突然の痛みに脳の処理が追いつけなくって、数秒遅れてようやく痛みが僕の脳に伝わり、絶叫とも取れるような呻き声を上げながら、僕は痙攣でうまく動かせない手をなんとか左肩に添える。


止血がしたいというわけではなく、今にも死にそうなほどのひどい痛みのする場所を無意識に抑えていた。


そもそも、肩の肉がえぐれるほど深く傷つけられているのだ、手で押さえた所で止血などできるはずもない。



「う“ぁ…はぁ…っ…!」



でも…それでも、どれだけ酷い痛みだろうと今更止まれない。


だって、僕は生きていたい!まだ死にたくない!


今日だって僕のことを心配しながら送り出してくれた優しい両親に、もう一度会いたいんだ!



たったそれだけの気持ちが、僕を突き動かしていた。


崩れ落ちそうになった足を思いっきり踏ん張って、僕はドラゴンの足の間を全速力で通り抜ける。


走れ!走らなきゃ!とにかくドラゴンが入れないような場所まで…!


何度も何度も躓き(つまずき)そうになりながらも足を動かし続ける。


止まるだとか、諦めるだとか、そんな考えは逃げ回る最中で一切思い浮かばない。


深傷を負いながら持てる力を振り絞って、洞窟の奥へ、さらに奥へと逃げ惑う。



「はぁ…はぁ…!」



ギャオォォ!!



ドラゴンの咆哮。


動物の言葉なんて何一つとしてわからないけど、なんだか怒っているような気がした。


でもそんなことはどうだっていい…とにかくもっと奥深く、こいつがもっと動きずらい方に向かわなきゃ…!


幸いな事に、この洞窟は僕を追いかけてくるドラゴンが動き回るには小さくて、50m走が9秒台の僕でもぎりぎり逃げ切れる。


もっと狭くて小さな場所に行けば、もしかしたら僕は生き残れるかもしれないと思うと、鉛みたいに重い足を動かし続けられた。


クソッ…!こんな事なら運動部にでも入ってればよかった!今更後悔するなんて…!



まあ、まさか自分が異世界転移なんて事を体験するとは一ミリも思ってなかったし、そもそも現実にそれが起こるなんて誰も予想してないだろう。


仕方ない事だけど…昔の自分を恨まずにはいられない。



「はぁ…はぁ…。」



ドスドスと重苦しい足音がすぐ後ろに聞こえてくる。


まずい…たった3分程度走っただけなのにもう体力が底をつきそうだ…。


高校ではよく15分マラソンとかをやらされていたから、もっと長い時間走れるはず…なんて隼人は思っていたが、そもそも今彼は深い傷を置いながら走っているのだ。


体力消耗が半端(はんぱ)ないし、精神的にも限界が近い。


スピードも段々と落ちてきて、ドラゴンの巨大な足が真後ろに迫っていた。


このままだと踏み潰される…なんとか、なんとかできないのか?!



「あぁもう!止まってくれよ!!」



RPGとかで人の言葉を理解できたりするドラゴンだけど、人ここはRPGの世界じゃなくて現実…僕の声を聞き届けてドラゴンが止まってくれる、なんて奇跡なんかおきるわけもなかった。


僕、何やってるんだろう…あぁ、もしかして本当に死ぬのかなぁ…なんて考えて、どれだけ疲れても動かすのをやめなかった足を、僕はついに止めた。



願わくば来世で、今よりももっといい生活が送れますように…なんて思いながら。








肉が潰れるような、引き裂かれるような…そんな音が洞窟に響いた。



もしよろしければ感想やブックマーク、Twitterのフォローの方などしていただけたら嬉しくて飛び上がります。


チート系とか書くの初めてだから割と感覚掴めてない感じはするけど、実際描いてみると楽しいね、これ。

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