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第2話  地獄に届く、救いの手


「た、助けてくれぇぇ!」


「キヒヒヒ…!」


「キャァァァ!!」



そこら中から悲鳴と嗚咽の声が聞こえてくる。早くこの場から逃げなきゃ…殺される!


でもどこに逃げる?周りはゴブリン達の群れに囲まれて、抜け穴なんて一つもない…!


どうすればいい?どうすれば僕は助かる?どうすれば…どうすればみんなを助けれる?!



「やぁぁぁ!!」



僕の視界の隅っこ、ギリギリ見える範囲で、黄色い閃光がゴブリン目掛けて一直線に放たれたのが見えた。


早瀬くんは自分自身の持てる力を全て使って、ゴブリン1匹1匹を確実に倒していた。しかし…



「チッ!次から次にうじゃうじゃわいて来やがる!」


ゴブリンは一向に減らない…それどころか、増えてすらいる様に感じる。


このままじゃ…みんな死んでしまう‥。僕がもっと強ければ…みんなを救う事ができるくらい力があれば…!


そんな風に、自分の無力さに嘆き、かと言って現状が変わるわけでもない…残酷な現実で悲嘆に暮れていた時だった。


馬の高らかな鳴き声とともに、芯の通った力強い…僕が聞いたことのない、誰かの声がこの場に響き渡った。



「標的はゴブリン!全軍突撃せよ!」


「おぉ!!」



鎧を見に纏い、太陽の光に照らされキラキラと光る銀色の剣を携え馬に跨がる(またがる)多くの騎士達が、瞬く間にゴブリンの群れを殲滅しにかかった。


ゴブリン達は多くの騎士がこの場に現れ、自分たちが不利だという事を悟ったからなのか、尻尾を巻いて逃げ去ろうとしていたが‥騎士達はそれを許さない。


馬が動けなくなりそうな程重そうな装備をした騎士を乗せた馬は、とてつもなく早かった。


まるで騎士達のつけてる鎧なんてないかの様に、風の如く走り抜けていく。それはもう圧巻だった。


ゴブリン達は仕方がなく、馬に跨った騎士達を迎え撃つべく各々の武器を騎士達に向けるが…厚い鎧の前ではゴブリン達の持ってる武器なんてお粗末なものでしかない。


騎士達の肉体に刃がとおる事は愚か、鎧にすら傷1つつける事はなかった。


瞬く間に…僕たちの仲間が大勢殺されたのが嘘の様に、ゴブリン達はいともたやすく殲滅された。



「ふぅ…大丈夫ですか?勇者様方。」


「ゆう…しゃ?俺が?」


「はい。あなた様方は我々の国が召喚した勇者様方にございます。」



騎士達の総隊長の様な人…兜に赤い羽をつけ、鎧は周りの騎士達よりも豪勢な仕上がりになっている。


その人が早瀬くんの前で片膝を地面につき首を垂れて話しかけたのだ、『勇者様方』…と。


勇者…?まさか、僕たちが勇者だって?



あまりにも突然の事に、僕はついていけなかった。それに…


どうして…どうして僕らが勇者だって言うなら、なんでもっと早くに助けに来てくれなかったんだ?!だってもう!ほとんどの人が…死んじゃった…のに。


今更助けに来られたって…もう、遅いっていうのに…なんで、どうして‥。


いっそこの場で泣き腫らしてしまいたかった。


確かに、学校ではあまりいい思い出はなかったし、酷い事をして来た人だって死んでしまった人達の中にはいたけれど…それでも、死んでしまうだなんて‥。


友達だっていた!僕を助けてくれた人だっていた!…僕に無関心な人だっていた。でも…


そんなの、あんまりじゃないか。



「今更…今更来られたって遅いんだよ!!もう仲間が何人も死んじまった!」



僕の気持ちを代弁するかの様に、早瀬くんは自分の足元に跪く騎士に向かって怒鳴りつけた。悲しみや苛立ち、虚しさを言葉に込めた。


ポタポタと涙を流し、歯を食いしばって悲嘆に暮れそうになるのを抑えながら、今にも騎士に殴りかかりそうな自身の拳をもう片方で必死に押さえつけて、叫ぶ。



「なんでだ!どうしてもっと早く来なかった?!」



今にも喉が彼つきてしまいそうなほど、大声で叫んだ。



「お前達が召喚したんだろう?!なんでもっと早くに迎えに来なかった?!そしたらみんな…!」



死ななくてよかったかもしれないのに…


掠れがかった声で、紙にでもすがるかの様に小声で吐き出されたその言葉は、とても重かった。


少しでも早く、こいつらがついていればよかったのに…自分たちが強かったら…そうすれば‥。


自責の念が積もる。助けたかった!生きていて欲しかった!


でも…そんな事言ったって、もうどうしようもない‥。



「っ…誠に申し訳ない。」


「は…?」


「我々の勝手で貴方様方を呼び出したにもかかわらず、この様な辺境の地に召喚してしまい挙句、お仲間を死なせてしまった事…我々の到着がもっと早ければ…!」


「もう…いい。もうそれ以上、話さないでくれ。」



早瀬くんは顔を真っ青にし、わなわなと震える手や唇を隠す様にそっぽを向いた。


彼の後ろ姿には哀愁がこもっていて…あぁ、きっと友達を大切にしていたからこそ、悲しさや自分の無力さに打ちひしがれているんだと、彼が何も言わずとも感じ取れた。



「…お悔やみ申し上げます。しかし、あなた様方はこの様な場所で挫けていてはいけません!」


「挫けるななんて言われたって…。」



死んでいった人たちが帰ってくる事はない…それはわかっている。


このままずっと悲しみに暮れてたって無駄に時間を浪費するだけだと言われて仕舞えば、反論のしようがない事だってわかってる。…わかってはいるけど。


それでも割り切れないものがある。…でも、立ち止まってはいられない。



「今この世界は危機に瀕して(ひんして)いるのです!…魔王の軍勢により、多くの罪なき人々の命が…あなた様方のお仲間が、嬲り殺しにされてしまったのです‥。どうか、死んでいったもののためにも、世界のためにも、魔王討伐をしていただけないでしょうか?」


「…仲間のため…敵討ちをしろって?」


「はい…もししていただけるのであれば、魔王討伐のための支援は元より、あなた様方を元の世界に返すと約束いたしましょう。」


「…あぁ。いいだろう。」



早瀬くんは覚悟を決めた様に、ゆっくりと深呼吸をした後、一つ一つの言葉を相手に言い聞かせる様に言葉をはいた。



「王国に連れてってくれ。…死んだ奴らの無念は俺が晴らす。」



ーーーーーー

ーーーーーー

ーーーーーー



騎士達…彼らは王国騎士兵で、僕らを探すために何部隊にも分かれて各地を探していたそうだ。


そして…あの惨劇の最中、|自分たちの召喚した勇者《僕たち》を見つけ出した…そんな説明はどこ吹く風か、僕の耳には全く入ってこなかった。…ただただ、これから自分はどうなるんだろうと思うと、気が気でなかったから‥。


そんな不安を抱えながらも、僕らは国王の待ち受ける城…謁見の間についた。



「王よ、彼らがあなたの待ち望んでいた勇者様方にございます。」


「うむ…騎士団長、よくぞ連れ帰ってくれた。」


「勿体なき御言葉…感謝します。」



王と騎士団長は、それはもういっその事芸術的なまでに美しいやりとりだった。


歴史の授業で聞いていた王と騎士の関係と比べてしまえば、もはや胡散臭ささえ感じてしまうのだが…きっと、この世界ではこれが普通なのだろう。


王は絶対的存在で、騎士は主君を裏切る事は絶対にしない…それが当たり前の形…なのかな。



「勇者達よ。」



王様は厳かな口調で、今や30人程度にまで減ってしまった僕らを見渡して、見ているこっちまで辛くなってしまう様な、そんな悲痛差のこもった目で僕らに語りかける。



「此度の事、誠に申し訳ない。我々の落ち度だ‥。」


「王自らその様な謝罪を…!」


「我々騎士団が早期に発見出来なかったせいで…!」



王様が僕らに謝罪の言葉を投げかけるとともに、僕たちと共に謁見の間に来ていた騎士団の人たちが感激した様な、悲痛さをひた隠しにする様な、なんとも言えない複雑な感情をその声色に乗せた声を次々に上げていく。


しかし、王様はそれすら気にする事はなく、僕たちに真摯な態度で接してくる。…もしかしたら、この国は僕が思っているよりもはるかに危機に瀕しているのかもしれない。


まさか王様自らが僕たちに謝罪をしたり、説明をしてくれたり…これは普通じゃない。なんとなくだけど、そう思った。



「今、この国は市の瀬戸際に立たされている。…今までも数多くの冒険者達が魔王の軍勢に挑んできたが…結果は惨敗、今まで誰一人として帰ってきたものがいません…。」


「王よ…この先のことは私めが話しましょう。…どうかご自愛なさいませ。」


「すまぬ…勇者様方の前で、この国のトップである私が弱みを見せてはならぬと強情になってた‥。」


「ご勘弁くださいませ、勇者様方。…我らが王は今、散って逝った数多くの冒険者たちの事で心を痛ませておいでなのです。」


「そうか…この国でも、俺らみたいに仲間を失った人たちが…。」


「はい…今もなお、この国は…いえ、この世界は悲しみ歳の匂いに満ち溢れているのです。」



騎士団長は努めて冷静に話を行おうとしていたが…どうしても、自分たちが守れなかった人々の事や、愛する者が目の前で殺された事、それらを思い出してしまって…憎しみの心が声色に乗ってしまった。


喉から絞り出す様に告げられるこの世界の状況は、それはもうひどい有様だった。…『ひどい』という安直な言葉しか浮かばなくなるほどに‥。



「勇者様方にはこれからは我が白で用意しました部屋をお使いいただければと思っています。…今日はごゆっくりお休みくださいませ。お疲れでしょうし…精神的ショックも大きいでしょう。それに明日、我らが国王陛下から直々に命を下すとの事ですので。」




僕ら30人はそれぞれ王宮に用意された部屋に案内してもらったのだが…



重ね重ね(かさねがさね)申し訳ないのですが…生憎部屋の空きが15部屋しかないもので…二人部屋になってしまうのですが‥。」


「ああ、いや…部屋を用意してもらえるだけでありがたい。」


「左様ですか…勇者様方の寛大なお心に感謝します。」



その夜、僕は中々寝付けなかった。


目を閉じるごとに蘇る…あのおぞましい光景。


肉が引き裂かれ、嬲り殺しにされ…叫んでも、助けてくれと訴えても…容赦無しに笑われ、さらに痛めつけてくるゴブリンの群れ…。


このまま眠ってしまったら…あの惨劇の夢を見てしまうのではないかとも思った。それに…


もしかしたら、今夜ここにあのゴブリンの群れが襲ってきて、明日を迎える事もできなくなるのではないかと思ってしまって…気が気じゃなかった。


しかし…かと言って起きていれば安心できる、なんて事はなかった。


むしろ…起きている方が、あの時と同じ光景を見てしまうのではないかと正気を保てそうにない。


嫌だ…もうあんな惨劇を見るのは嫌だ…!


まるで自分に言い聞かせるかの如く、その言葉を心の中で繰り返している内に…いつの間にか、僕は眠っていた。



ーーーーーー

ーーーーーー

ーーーーーー



「騎士団長、あの者らは現在どうしている?」


「勇者様方…いえ、あのガキどもはこの世の恐ろしさなんて知らないかの様に眠りこけてますよ。まぁ…夕食に睡眠薬を盛ったので、大方それが原因でしょうが‥。」


「ふん!お主は騎士の風情にもおけぬ小狡いネズミよなぁ。」



時刻は真夜中、壁掛けの燭台に照らされた光のみがこの王の間を照らす唯一の光。


まるで生き物全てが死の眠りについたかの様に静寂さだけが広がるこの空間で、王と騎士団長は会話に花を咲かせていた。


ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、昼間は『勇者様方などと敬っていた』相手を、今やガキと呼び見下している。…人間とは恐ろしい生き物なのだと、彼らが証明している様なものだ。


「して…明日あの者らに出す課題の件だが…わかっているな?」


「勿論、心得ています。」


「なら良いのだ。…早急に魔王を倒さねばならん。」



王は床まで届くほど長く、真紅の様に赤いマントを翻して(ひるがえして)、闇の中へと消えていった。


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