もう、いいかい?
それは、小学生三年生の時の話である。
夏休みは両親と、田舎のおばあちゃん家に遊びに行くのが恒例で、一週間も何も無い田舎で過ごす。
母はつまらないと言っていたが、僕はおじいちゃんと田んぼに行ったり、カブト虫を取りに行ったり、楽しい時間を過ごしていた。
ただ三日も経てば、祭りの準備で誰も僕とは遊んでくれなくなる。
それがつまらなくて、僕は近くの神社の境内で、ボールを蹴って遊んでいた。
ふと、鳥居の下に女の子が立っていて、「遊ぼう」と僕を誘ってくれた。
この辺りに仲のいい友達はあんまりいなかったから、僕は嬉しくて「うん」と返事した。
「何がしたい? サッカー? 野球?」
「かくれんぼがいいな」
「かくれんぼ? いいよ。この神社が範囲ね」
──なんて、子供らしい会話をして、僕はジャンケンをしようとした。けれど、「私がオニ」と彼女は言った。
「君が負けたら、オニ変わってね?」
「うん。いいよ」
その時僕は、深く考えていなかった。
彼女は鳥居に手をついて、顔を隠す。「いーち、にーぃ、さーん」と数える声を聞いて、僕は隠れ場所を探した。
どこがいいだろう。あの茂みかな? お社の下かな?
木の上に隠れてみようか。
僕が神社の奥を探していると、『こっちがいい』と声が聞こえた。僕と同じくらいの、子供の声だった。
僕は一瞬、びっくりしたけど、その声のした方に行ってみると、ちょうど子供一人入れそうな空の祠があった。
僕はそこに隠れて、彼女が見つけるのを、くすくす笑って待った。
「もーいーかい?」
子供の無邪気な声がして、僕を探す声が聞こえてくる。
「ここかな? いなかった。あっちかな? ちぇっ、違うや」
彼女はあちこち歩いて僕を探した。
僕はバレないように、手で口を塞いで、息を潜めた。
──一体、どのくらい時間が経っただろう。
カラスの鳴き声がして、風がひんやりと冷たくなる。けれど、彼女は今だに僕を見つけられない。
「どこ! どこにいるの! どこに、どこにぃ!!」
女の子の声は荒くなり、怒りと焦りが垣間見える。
喉が張り裂けそうなくらい叫び、髪もかき乱して神社を徘徊する。
僕は怖くて、声を出さないように口を強く塞いでいた。
「出てこい! 出てこい!! お前が、オニになれ!」
僕はもうボロボロ泣きながら、手を震わせて扉を開けようとした。
けれど、扉はどんなに力を入れても開かなくて、僕は扉をガンガン叩いて「開けてよ」と叫んだ。
「お願い開けて! ここから出たい! 怖いよ!」
なのに、扉は全然開かなかった。
『日が暮れるまで』
「もう降参する! もう終わり!」
『見つからないように』
「お願い! 帰りたいの! 帰りたいよぅ!」
『鬼に捕まらないように』
子供の声は、悲しそうだけど優しくて、僕に何度もそう囁いた。
僕はそんな声を聞いていられる余裕もなく、ズボンをぐっしょり濡らすくらい泣いていた。
外ではずっと、ずぅっと女の子が金切り声で叫んでいる。
「でぇぇぇてぇぇぇこぉおぉおおぉぉぉい!」
もう、子供の声ですらなくて、獣のような低い唸り声で僕を探している。
怖くて怖くて、僕は体を縮こませて彼女に見つからないことを祈っていた。
太陽の、オレンジ色の光が弱まって、ついに外から光が消えた。その途端、女の子は泣き叫ぶ。
遠くにいるはずなのに耳元で叫ばれているような、大きな声で。
何を言っているのかは聞こえなかった。けれど、これだけがはっきりと聞こえた。
「また私が、鬼なのね」
そして、女の子の声はぱたりと聞こえなくなった。
僕はようやく、祠から出ることが出来た。
外は真っ暗になっていて、冷たい風が喉を撫でた。
僕は持ってきたボールの事も忘れて、逃げるように家に帰った。
「おかえり。遅かったわね」
母は呑気にそう言って、「風呂に入っといで」と夕飯の準備をする。
僕はそのまま、いつも通りの生活に戻った。
けれど寝る時、ふと思い出したのだ。
もしも、僕があの時見つかっていたら、『オニ』になっていたのだろうか、と。
そうしたら、僕は眠れなくなった。
祠の中で、僕にずっと話しかけてくれた子供のお陰だ。
だけど、あの子はどうして、僕の前に姿を見せなかったのだろう?