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変態の話  作者: 後悔の亡霊
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ピグマリオンコンプレックスの話

友人が言った。


「この美しい曲線美、それでいて変形のしない質感。丸く大きな瞳は俺だけを見ていて、手放さない限り決して誰かのものにはならない。こんなにも可憐で誠実で変わることの無い美しい存在は、人間じゃ決して真似出来ないね」


そう聞き彼の作品を見た時、僕は「啓蒙」という言葉の意味を真に理解した気がした。

見たことの無い世界が開き、そこに新たな喜びがある。それを教えてくれた友人はなにものにも替え難く、彼の背に神の威光すら感じられた。


今の僕から見れば、つい数刻前の僕が蒙昧で無知な存在に思えて仕方がなかった。


感激。感動。感嘆。これ程までに突き動かされたのは、初恋の時以来ではないか。



僕の友人は人形職人である。この時代、そんな仕事が残っていた事にも驚きではあるが、彼の求める人形はいわゆる「キャラクターフィギュア」や「リアルな人間」などではなく、古風な人形なのである。

服を脱がせば球体関節が見え、くるみ割り人形のように唇の両端から下に向かって真っ直ぐ線が入っている。髪は人毛を使っているらしく、生々しい生命感を感じられた。

幼さを残す体型と顔つきをしているが、不思議と今まで見たどんな女性よりも魅力的に見えた。


彼女はくったりと机の上に置かれた椅子に腰掛けており、目が閉じていたら疲れて眠ってしまった妖精かと見紛う気すらした。

開かれた瞳は私と店内を映し出す、ヘマタイトのようであった。


「あげないよ」と友人は笑ったが、家に帰っても彼女の瞳が、指が、顔つきが、滑らかに伸びるその四肢が、僕の胸を締め付けた。


高校時代、密かに思いを寄せていた女子が僕に蔑みの言葉を投げ、しかも彼氏がいたことを思い出した。

あの人形ならば、そういったこともない。まさに理想的じゃないか。


翌日、友人の店に足を運んだ。棚に並べられた人形のうち、昨日の人形に1番似ているものを購入した。

その時は友人は出かけており、バイトの若い子が袋に人形を入れてくれた。

この際だから知らない顔をして、透明なケースの中に入っているあの人形を指さした。


「あれは、売ってはくれないのかね」


バイトの子は一瞬怪訝な顔をしたが、何かを思い出したように少しはにかんで答えた。


「あぁ、あれは店長のお気に入りでしてね。売ることは出来ないんです。申し訳ありません。ただの人形なのに店長、ご執心なんですよ」


「あれはただの人形なんかじゃない、あれは――」


つい口をついて口調が強くなってしまい、一瞬遅れて恥ずかしさが込み上げてきた。


「すまない。驚かせたね。忘れてくれ」


店を出ると一直線に帰宅し、可愛らしい箱から丁寧に結ばれた紐を外した。

中では妖精のような少女が眠いっていた。


それを部屋のよく見える台の上に乗せて、辺りをこれでもかというほど綺麗に整えた。

彼女が目に入る度、僕は酷く落ち着いた気分になり、恍惚とした幸福感でいっぱいになるのだ。

ともすれば話しかけ、口角がつり上がっていくのを感じて少し恥ずかしい気持ちになった。


また別の日、彼の腕を褒めようと店に訪れた。

すると、怒声のような悲しげな声が聞こえてきた。何事かと思い、店の奥に向かうとこないだのバイトが泣いてた。その前に友人が立ちすくんでおり、困ったように首を振った。


「何があったのかね」


僕は尋ねた。


「この子に、告白された」友人はケースに入った人形を見て言った「しかしながら、俺はあの子が好きだ。だから出来ないと断った」


バイトの女は、友人を睨みつけて店を駆け出ていった。


静寂が訪れ、僕は言った。


「全く、君は阿呆だなぁ」


先程の事実を反芻しながら友人が返した。


「俺は、自分の変な感情を貫かずに彼女の申し出を受け入れるべきだったろうか」


少し考えてから、僕は笑った。


「どうだろね。僕にはわからんね。だが、君のそういう信念の通ったところ、ブレないところは素晴らしいと思う。やはり、君は良い人形職人なのだろうさ」


我々は手を握り会い、気色の悪い笑みを浮かべた。我々を理解出来る人がやって来た時が、その時なのだ。

あるいは、絶対的に揺らがない愛こそが、存在するならば僕達は変わるかもしれない。

しかしながら、我々は変わろうとは思わないのだ。

今ある幸せこそが全てで、その形が壊れるのが怖い。彼女も、その上で友人に打ち明けるべきだったのではないだろうかと、5分の非難と5分の哀れみを覚えた。



店から帰る道、先程の女とすれ違った。駆け足で道を戻っていく彼女の顔は、涙が乾き、なにか吹っ切れたような爽やかな笑顔をしていた。


人形には決して出来ない表情であり、不思議と心の奥が揺らいだ気がした。


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