表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
変態の話  作者: 後悔の亡霊
3/4

Mの話

人は常に支配を求めるものである。これは、皇帝を失った民が、それに代わるものとしてヒトラーを崇めたのと同じ話である。

何か自分を導いてくれる指標が欲しくて、自分一人では何も出来ない。だから、いざ「自由」を突きつけられるとどうすれば良いか分からなくなり支配を求めるようになるのである。


しかしながら、支配されている人間が良いと言えるだろうか?私は思うのだ。

支配されること、ではなく誰に支配されるのか、が大事なのではないかと。


実際に会ったことの無い国のトップに、変な憲法で拘束されるよりも心を許した相手にそうされる方がよっぽど後腐れがないと思わないだろうか?


尤も、私には現状そういう相手はいないが。


さて、この程度のことなら誰だって思うことだとは思う。

子供の頃手を引いてくれた男友達。彼は自分を導いてくれる存在であり、受動的な私に確かな安堵をくれた。

そんなことくらい、誰でもあるだろう。


私が他人とズレていることくらい百も承知である。

小さい頃、なにをしてそうなったかは覚えていないが、母を酷く心配させて怒らせたことがあった。その時、母は私の頬を手のひらで叩いたのだ。

その時私は恐怖よりも「ちゃんと私を愛してくれているのだ」という幸福感が頭の中を埋めつくした。痛みはあった。しかしながら、不思議と嫌ではなかった。

恐らくそれは起点だったであろう。


少し飛躍するが私の考えを簡単にまとめると、痛みに愛を感じたのである。


先生に怒らた時、彼氏に浮気を疑われ殴られた時、犬に噛まれた時、道行く人に「邪魔」と突き飛ばされた時。

そういった時、私常に相手に意識されているのだ。認識されているのだ。そう考えると、酷く喜ばしい感情が湧き上がった。


一時期は痛みこそが幸福に直結するのかと腕を切ってみたりもしたが、酷く独りよがりで寂しく、惨めな痛みだった。


しかしながらやはり、誰かに傷つけられるのはえも言われぬ満足感があった。


異常性癖、なのだろう。社会一般的に変だと思われるのは知っているので、私はそれをひた隠して生きてきた。


ある日、彼氏と別れた。よくあることなのだろうが、恋下手な私には由々しき事態だった。


誰も私を見てくれていないような、そんな空虚な暗闇に飲み込まれそうになった。

福祉やら道徳やらが優しく変化していき、マナーとして誰も他人に悪口や傷つくようなことをしなくなった。

ネット社会では未だそういった陰口が蔓延っているのは知っていたが、互いに知らない相手からの暴言はただ腹が立つだけであった。


それは置いておくとして、社会が善く変化すると同時に悪事は減り、途端に誰も私を見ていないような気がしてきた。


彼氏と別れてから、そういった疑念が色を濃くしていき、数ヶ月もしたらそれは私の腹を塗りつぶした。


もう何も求めず、手の届く範囲で一般的な幸福を見つける事だけを考えなくてはいけないのだろう。そして、それに必死になろうとするのもなんとも無様で、私はこれを潔しとしなかった。


私の心の底のように陰鬱な夜道を、等間隔に並ぶ街灯だけが慰めてくれた。


ふと、頭に強い衝撃を受けて斜め前へよろめき倒れた。

頭に切り傷が出来たようで、久しぶりにあの熱い感覚が広がってきた。


振り向くと、昔リストラした部下が切れかけた街灯に照らし出されていた。

手に握られた黒色のゴムハンマーは何かで濡れているようで、光をぬらぬらと反射している。


肩を上下に揺らしながら、憤るような声で部下が言った。

「あんた、いつも無理な事ばかり言いやがって!人に勝手に当たり散らしやがつて、そのくせ俺に全てを押し付けて。あんたのせいで人生無茶苦茶になったんだよ、クソが!」


それだけじゃねぇ、それだけじゃねぇんだと怒鳴り散らしながら、仰向けに寝転がる私の上に馬乗りになった。そうして、朦朧としている私の首を手で覆った。

彼の目から迸る激情に、私は身震いをした。

力強く私の首を締め付ける彼の手は大きく暖かく、ゴツゴツしていた。

頭から血が流れ、回らなくなり、もうまともに思考するのもやっとではあるものの、彼の手の包容力と久しぶりに感じた人の直接的な感情が途方もない幸福感をもたらしてくれた。


「そうか、私も、考えが回らなかった。すまなかったよ」


自分では申し訳なさそうな顔をするつもりであったが、口角が上がってしまうのを感じる。


「ふざけんな!そんなに俺が滑稽か!」


首に食い込む圧力がいっそう強くなり、私は意識を手放した。




街灯のヒューズが飛んで、暗闇の奥からは男の荒い息遣いだけが漂っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ