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執務室にて

 朝の鍛錬(といっても軽い運動みたいなものです)を終え、朝食を済ませたわたくしは執務室の前におりました。


 スライムはどうやら足が遅いようなので、基本的にわたくしが抱えて移動することにしました。とても軽いので、たいした苦労もありません。


 この子はとても大人しく、どうやら気分が良いようでその思考がスライムから流れてきます。


 執務室のドアをノックしますと、許可が下ります。


「失礼します」

「座りなさい」

「はい」


 中にはお父様とお母様、そして下のお兄様とお父様の従者がおられます。


「この者らも同席するが良いか」

「はい、構いません」


 執務室に一角に設けられたソファに座ります。スライムも側に下ろします。


 対面にはお父様たち。


 席に座ってもなお、山のような存在感を放つお父様。エドガー・イスフィールド。『人語を喋るオーガ』と親しみを込めて呼ばれたりします。鋼のような筋肉、厳ついお顔で口元に蓄えたおひげがチャームポイントです。剣がすぐに折れ曲がるのが最近のお悩み。


 その側に座る、緩やかな銀髪のお美しい女性がお母様である、クラウディア・イスフィールド。一つ一つの所作が美しく、そして冷たい。氷の魔法を好み、その完成された美しさとあまりにも変わらない表情から『氷の薔薇』と呼ばれているとか。


 その反対側には、下のお兄様であるヘニング・イスフィールド。わたくしの二つ上で、剣の強さ、勉学の習熟の早さから皆より期待されております。その期待に楽々と応えてみせる有能さもまた、見せ始めているとか。特に言葉は交わしませんが。わたくしとしては、どうお声がけして良いのかわからないのです。もしやもすると、向こうからもそう思われているのかもしれません。少なくとも無視をされているとか、敵意を持たれているといったことは感じたこともありません。


 お父様たちの後ろに控えるのが、お父様の従者のアントン・ケーラー。お父様の補佐を十全にこなすお付きの中のお付き。戦場にもついていき、戦闘時は弓にてお父様のサポートをするそうです。水晶でできたモノクルが大変凜々しい、細身のナイスミドルです。


 紅茶とクルミのクッキーが出され、メイドが下がります。


 スライムがクッキーに興味を持っています。……食べたいのでしょうか。


「あの、スライムにクッキーを与えてもよろしいでしょうか」

「む? 構わん」

「ありがとう存じます」


 クッキー1つをとっても、イスフィールド家の財産です。


 わたくしが頂くならまだしも、新たに家の末席へと参加した新参者へ下げ渡すなら、長への許可が必要です。


 クッキーを1つ取り、側に座る……座る? スライムにぶっさします。


「ピェェエエエイ!!!」


 頭? にクッキーを生やして喜ぶスライム。


 もはやプルプルではなく、ぶるぶるといった塩梅。ご機嫌なビートを刻んでいます。


「……スライムは鳴くのだな」

「鳴くようですね」

「まぁ、よい。話とは?」

「はい。わたくしの職能のことです」


 お父様はゆっくりと頷かれます。


「続けよ」

「はい。わたくしは職能神さまより<スライム使い>を貰い受けました。昨日はその事に大変取り乱してしまいました。聞いたこともない職能で混乱してしまったのです。お教え下さった神父さまへのお礼もせず、お父様のお言葉も聞き流してしまう始末。どうみても褒められた態度ではありませんでした。申し訳ありませんでした」

「……よい。お前が<スライム使い>と言われた時、我もまた混乱の渦にいた。辛うじて寄付を渡し礼を言えたのも、多少の年を重ね場数を踏んだからに過ぎぬ。我が幼き頃にその職能を得たらどういう対応を取ったのか、とんと想像できぬ。お前らはどうだ?」


 お父様がお母様とお兄様を見ます。


「気が済むまで周りのものを氷付けにして回ったかも知れませんね」

「……一ヶ月ほど部屋に閉じこもったかもしれません」

「然り。我なら騎士団を潰すまで殴り暴れ回っていたかもしれぬ」


 ええ、この方たちならそうなるでしょう。


 わたくしもチヨ様がいなければ、きっと似たようなものだったでしょう。


「それで、コゼットよ。どうするつもりだ」

「知ろうと存じます」

「知る……」

「はい。わたくしは<スライム使い>について何も知りません。これで何ができるのか。スライムとはなんなのか。知ろうかと」

「しかし、スライムだぞ」


 お父様から圧がかかります。


 わたくしは背筋を伸ばし、お父様の圧を正面から受けます。


 わたくしは今、試されているのです。どういう言葉を紡ぐのか、どういう考えに達したのかを。


 イスフィールド家の子としての答えを。


「わたくしは職能神さまより、ありがたくも<スライム使い>という職能を授かりました。これが無駄な事だと断じるのは、あまりにも職能神さまへの失礼にあたると思うのです」

「む……」

「スライムはどこにでもいる魔物です。そして何でも食べるというのは、わたくしでも知っています。この活用法について、過去にどうにか利用しようとした実験や試行の記録があると思うのです。何かわかることがあるかもしれません。職能についても、色々試してからでも、遅いということはないと思うのです」

「ふむ……アントン、どうか?」

「私が記憶してるだけで、二回ほど我が領でも提案と実験が行われています。王都や学園に問い合わせれば他にも資料があるでしょう」

「もしスライムの制御不能が原因で試験が失敗に終わったのなら、わたくしのスライムであればその試みに成功する可能性があると思うのです」


 わたくしの手に合わせてスライムが屈伸します。クッキー生やしてブルブルしながら頭……頭? を振るスライム。


「ピィェエエエエイ!!」

「……ふむ。道理である。アントン、どう思うか」

「は! 同意にございます。スライムと意思が疎通できるのであれば、何かしらの利用法はあるかと」

「わかった。コゼットがスライムを活用し、領に貢献したいと思うのであれば、その援助はできるだけしてやろう」

「では!!」


 わたくしは、はしたなくも、思わず立ち上がってしまいます。


「待て。我らはコゼットがこれまで努力したことを知っている。鍛錬も一日とて欠かさず、稽古の覚えも良く、勉学にも励んでいると聞いている。成果を聞くたびに、流石は我が子と嬉しくなる限りだ」

「……ありがとう存じます」


 お父様がここまでわたくしのことを良く思っていらしたなんて!!


 口角が上がろうとするのを必死に抑えます。


「しかし、外の奴らはお前の努力と成果を知らぬ。もうすぐお披露目もあるが、お前は間違いなく好奇の目にさらされるであろう。そして結果が伴わなければ、イスフィールド家の領に貢献できないだけでなく、外へ嫁ぐ事もままならず、味方もなく、口だけの猿どもがここぞとばかりに群がり、お前をおもちゃのように振り回すであろう」

「覚悟しております。もしも役に立たないのであれば、ただのコゼットとして、冒険者にでもなりましょう」

「貴族が自由民として生きるなど、自死するようなものだぞ?」

「生半可なことではないというのは承知しております。徐々に慣れていけばよろしいでしょう。床で寝る覚悟も、糞尿を垂らしながら穴に潜る覚悟も、人を殺すことも。最悪、己の腕を喰らう覚悟もできております」


 ゆっくりとカーテシーをします。


「二言はないな?」

「ありません」


 お父様はゆっくりと頷かれます。


「……よくぞ言った。お前はまさしくイスフィールド家の娘である」

「ありがとう存じます」


 どうやら満足頂けたようです。


「しかし、取るに足らぬ奴らだとしても、やはりお前と、そしてイスフィールド家の名が面白おかしく話の種になるのは我慢ならぬ。奴らは犬よりも他人の火だねに鼻がきく。我々がゴブリンの悪臭に苛まれながら魔石を集めているその後ろで、奴らは毒にも薬にもならぬ事をしゃべくりながら菓子を食べて紅茶を飲み干し、それらを醜くでかい腹に収めるのに一生懸命だ。まだ生きるために必死なゴブリンの方が清い生き物である。そんな奴らの臭い口から、コゼット。お前の名が、イスフィールドの名が鳴き声として紡がれるのに我慢がならぬ」

「言わせておけば良いのです。わたくしは気にしません」


 お父様のプレッシャーが膨れ上がります。


「我が我慢できぬのだ!」


 あまりの激情に、お父様の後ろの景色が歪み始めます。


「旦那様、お控え下さい」

「む」


 圧が霧散します。お母様とアントンはなんともないようですが、わたくしにはまだ少し辛いです。


 そっと息を吐くと、お兄様も同じでした。


 小さく微笑むと、向こうからもそっと微笑みが返されました。


「そんな人たちには、お土産にゴブリンの頭で作ったトロフィーでも配れば良いのです。よろしければわたくしが作って見せましょう。あとでその方々のお名前をお教え下さい。名札を1つ1つ丁寧につけましょう。タイトルはそうですね。『鏡』などはいかがでしょうか」


 にっこり笑って見せます。

 

「ふは! なかなかに面白い事を」


 様を想像したのか、お父様がクツクツ笑います。


「しかし止めておけ、薬剤の無駄である。時間も手間も何もかも無駄だ。何よりトロフィーを運ぶ馬車がもったいない」

「確かに。もったいないですね」


 無駄遣いはいけません。

 

「そしてやはり、奴らを無駄に喜ばせることもない。不愉快である。我が家を軽く侮るくらいなら捨て置くが、我が子を指さし笑うのは我慢ならぬ。コゼット。お前を病気であることにし、学園に入学するまで隠すことにする。『コゼット』として外に出すこともない。出入りの商人の見習いであるとでもする。何か名前を考えよ」

「はい。お父様の判断に従います」


 わたくしはゆっくりと頷きます。お父様も満足そうに頷きます。確かに「コゼット」という身分は領内ならまだしも、外では邪魔なことも多いでしょう。


 わたくしを別の人間にしたてあげるのは、とても都合が良いように思えます。


「他になにかあるか?」

「テイムを使う方からお話を聞きたく存じます。また、実際に魔の森によく入る人からスライムのお話も。領民からも、スライムについて面白い話があるならそれも」

「ふむ、騎士と冒険者を募ろう。領民からについてはメイドや執事に指示を出そう。他には?」

「ううん……これ以上は思いつきません」

「で、あるか。お前たちは何かあるか?」

「わたくしから一言だけ」

「うむ」


 お母様の氷のように透き通った水色の瞳が、わたくしを貫きます。


「コゼット。良く決断しました。それに報いる働きを期待します」


 小さく、本当に小さくお母様が微笑まれます。


「はい。がんばります」


 わたくしはなんとも嬉しい気持ちになり、胸を張ります。


「他にないか? ――よし。コゼット。お前に課題を出す。学園に入学するまでに、その職能を使い千人力となる結果を果たせ。イスフィールド家に連なる者として恥じぬ働きを見せよ。それを土産とし、王都へとイスフィールドの威を示すのだ」

「謹んでお受けいたします」

「うむ。下がってよい」

「はい。失礼いたします」


 未だぶるぶるしているスライムを抱き上げ、退出します。


 お父様はわたくしに最大限の配慮を下さったのです。――いっそう頑張らねばなりません。

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[気になる点] >朝の鍛錬(といっても軽い運動みたいなものです)を終え、朝食を済ませたわたくしは執務室の前におりました。 あのパパ上が『訓練』と呼ぶナニカを軽い運動扱いである。 >お父様たちの…
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