コゼットが行った後で
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「むーん」
コゼットがいなくなった後で、チヨはテレビの画面を見て唸る。
「やっぱおかしいよなあ」
チヨはコゼット達が出ていたアニメ作品を見返していた。勿論、アニメでは描ききれない細かい設定などもパソコンを駆使して学習済である。
「私はどこから”コゼット”の身の上を知った?」
ここで言う「コゼット」はアニメの中のコゼットである。
今回改めてアニメを見ていてチヨが気づいたのは、「コゼットの描写の少なさ」だった。もちろん、コゼットは敵役として立ち塞がる以上、派手に振る舞ってはいる。
しかし、その裏。彼女がどういう成り立ちで今に至ったか、は省かれている。
それはそうだ。コゼットはただの敵役。主人公を邪魔し、気持ちよくやられてもらう役どころである。
わざわざそこに尺を取るくらいなら、ヒーローとのイチャイチャに尺を割く。
色々と情報を漁ってみても、コゼットの情報は特に出てこない。
原作の小説や、ゲームの方には描写されていたかもしれない。
が、チヨはミーハーである。そして活字が苦手でもある。
アニメで満足して、そこまで追いかけているわけでもなかった。
だが、チヨは知っている。コゼットの身の上、本人しか知り得ぬであろう独りよがりの孤独。
今までは、そういったチヨが抱く”アニメのコゼットへの感情”は、どこかで得た情報を元に、勝手にチヨが組み上げた推測だろうと自身は考えていた。
だからこそ、この白い部屋で観察することになった、小さなコゼットへ少し過剰な介入をしたのである。
他人の人生をどうこうしていいのか、という迷いはチヨにはない。そもそも、そういう考えに至れるほど出来た人間でもない。
コゼットの中にいる以上、コゼットには幸せになってもらわないとチヨも困るのだ。
「あの子も執事くんだよね」
そして、今までもどこかもやもやしていた思いが、完全な違和感となって現れたのが、コゼットの助けた少年だった。
幼いが、確かにアニメでコゼットに付き従っていた執事であった。
それを見た時、確かにチヨは思ったのである。
懐かしい、と。
アニメを見返していたのは、コゼットの魔法の件もあったが、あの少年のこともあったから。
アニメのどこかで少年姿の彼を見て、そう思ったに違いないと考えたのだ。
が、それは裏切られることになる。
アニメには彼が成長した姿しか描かれていないのである。それなのに、チヨはあの少年の事を知っている。
「これはコゼットの記憶……?」
一人首を捻る。
おぼろげで歯切れであるが、確かに少年が成長する、その課程が記憶として”ある”。
自分の記憶を漁っていると、ふとチヨはゆっくりと口を開いた。
「私はチヨ。姓は……」
出てこない。
「お父さんは……」
顔を思い出せない。
「むむっ」
近所の風景、学校であったこと、些細な失敗、好きな芸人。
チヨ自身の過去にあった、様々な事柄は確かに思い出せる。
同時に、確実に欠落しているであろう記憶も見つかる。
そして、代わりに差し込まれる未知の記憶。
大きな爆発、涙を流す兵隊、白衣を着た自分、薄汚い路地、豪華なカーペットが敷かれた廊下、ドレスを纏った自分……。
あまりにも自然に思えるそれら。
「コゼットの記憶」だけではない。明らかに何人もの記憶がチヨのものとして収まっている。
いつから?
コツコツと、机を指で叩きながら、ステータスを出す。
だんだんと情報が少なくなっていく、これら。
「私が削られている?」
とりあえずの、答えとしてはそれだった。
何かが原因で、チヨをチヨたらしめる”何か”が削られている。
だから、チヨ自身の能力であるステータスの表記も少なくなっている。
「もしかして、スライム?」
「ヌレギヌ!!」
試しにスライムを見てみると、スライムはブルブル震えて否定する。
まあ、それはそうかと思考を変える。
スライムがなにかをしたとして、何故そこで「コゼットの記憶」が入ってくるかわからない。そしてさらに、彼女のものでもないような記憶まである始末。
これはとても不思議な事だ。
「……」
そこからのチヨの行動は早かった。
パソコンを開き、ひとまずお気に入りの漫画を閲覧。ひとしきり笑う。うん。どうやら価値観や倫理感は、チヨ自身が知るチヨのものだった。
とりあえず、好みじゃないものも見てみるが、変わらずノットフォーミー。ごめんね、ぐっばい。
次に一通りの情報を検索して問題無く閲覧できることを確認する。
最後にテレビのチャンネルを一通り回す。
問題なし。
◇
ひとまず一通り色々と試して見た結果、記憶がなくなると、新しい記憶が差し込まれる。
今のところ不都合なのは、ステータスが見れなくなってきている事。
「なら、良いかなぁ?」
うんうんと、チヨは頷いた。
問題の棚上げである。
そもそも対処法がわからないのだ。なるようにしかならない。
「~♪」
チヨは既に自分の人生を終えていると思っている。そして同時に、彼女は底抜けの楽天家でもある。
残りの人生は、できるだけコゼットのために。その芯が揺らぐことは無い。
とりあえずの不安はあるが、今のところ、チヨの中に湧き出た「コゼットの記憶」がどうこうするわけでもなさそうだ。
のぞき見ても、それは過去の経験として処理されている。それがチヨへと影響するようにも感じられない。
――もしかしたら、これが”消える”という事なのかもしれない。
私が私でいられるのはいつまで?
答えがでるはずもない。
で、あれば保留である。
なんとかなるさ。
「案ずるより産むが易し」
昔の人はなんと良い事を言うんだろう。
「うん、座右の銘にしよう」
まったくもって、いつもと変わらない様子で、テレビのチャンネルを回す。
手にはせんべい。
今までそうしてきたように、今日を過ごす。
そんなチヨの独り言を、スライムだけが聞いていた。




