話を聞いてみます2
「殺すことについて?」
いつもの執務室で、お父様にもお話を聞いてみます。
「はい」
「ふーむ」
考え込んでいるようで、眉間に皺がよっております。
「わからぬ」
「はぁ」
「正直な話、そのような事、考えたことすらない」
「そうなのですね」
まあ、お父様ならそうかもしれないなとは思ったことはありますが。
「ああ」
「……」
「……」
どうしましょう。話が終わってしまいました。
「エドガー様は、小さな頃より、どういう教育を受けられたのですか?」
横で聞いていたお父様の従僕のアントンが話を繋いで下さいます。
助かりました。
「む? そうだな。――思えば、ずっと戦闘についての訓練をしていた気がする。我が男だからかもしれないが……」
「初陣はどうでしたか?」
話が切れそうになるちょうど良いタイミングで、アントンが次の質問をします。
「ふむ。沢山の魔物を殺したな。流石に大物ではないし、護衛も沢山おったが、よく興奮したのを覚えておる」
「その時に、魔物の赤子などは倒しましたか?」
「そうだな」
「どう思われましたか?」
「……特には。あそこは、正しく戦場であった。戦場では目的以外の事を考えた者から死ぬと教えられた。なので何も考えはしなかった」
お父様は目を閉じ、その時の事を思い出しているようでした。
笑みすら浮かべていらっしゃいます。
きっと楽しい思い出なのでしょう。
「では、わたくしのこの迷いのようなものは、いけない事なのでしょうか」
このような迷いを持ったままでは、足下をすくわれそうだと自分でもわかります。
「ふむ。どうであろうか。コゼットは”戦い”の中に身を置くつもりなのか?」
言われて、少し考えてみます。
「わかりません。そういう考えも特にありません」
別段、わたくしは戦いが好きというわけではありません。
戦えた方が良いと言われて、訓練しているだけで。
「で、あるか」
「はい」
「赤子であろうと、害ある魔物は滅さなければならない。それは理解できるか?」
「はい」
「また、そうしたものを斬る時に、再び斬るという選択ができるか?」
「できる、と思います」
いえ、できるでしょう。
そうしなければいけないと理解しているからです。
それでも抵抗を感じるからこその、悩みなのです。
「で、あればよい」
「……良いのですか?」
思わずお父様を見ます。
お父様はじっとわたくしを見ていました。
「コゼット。我はお前の持つ悩みがわからぬ。我は目の前にいるのが敵であるならば、斬る。それ以外に無いのだ。我にはそれしか無いゆえに」
お父様はその大きな拳を掲げます。
「我がやらなければ、誰かが傷つく。で、あれば悩まない。倒さなければ領土が、民、家族が傷つくのであれば、我は誰が敵であろうとこの腕を振るおう。それが領主としての我の務めである」
圧。
それはまさしく、人々の上に立つものが見せる覚悟、そのものの圧でありました。
なるほど、悩まない。
それもまた答えであるのですね。
「で、あるが若い時は悩むものであるという。我が言えるのは、悩むなら、ひたすらに悩めということくらいだ」
「ひたすら悩む……」
「うむ」
それで良いのでしょうか?
わたくしのこの、どちらともつかない状態でも、良いと?
いえ、お父様がそういうのですから、それでも良いのかもしれません。
「そうしてみます」
「話は終わりか?」
「はい」
席を立ち、スライムを抱えて部屋を出ようとします。
扉に手をかけたところで、ふと思い立ちます。
「あの、1つだけよろしいでしょうか」
振り返って聞くと、お父様はゆっくりと頷かれました。
「お父様は何に悩まれたのでしょうか」
「ふむ……、最初に剣を習うか、弓を習うかで一ヶ月悩んだな」
「はぁ……」
それからしばらく、お父様は剣と弓についてのそれぞれの利点を話されました。剣ももちろん良いが、弓もまた捨てがたいと。楽しそうでらっしゃるので、水を差すのも悪いと思い、ふむふむとうなずいておきます。
では同時に習われて良かったのでは? と思わなくもないですが、もう過去のことですし、そこは詮無きことでしょう。
「結果、どうなさったのですか?」
「どちらもすぐ壊れて、父上に泣き付かれたので格闘術にした」
「それは……残念でございますね」
剣はまだしも、弓はそうポンポン壊しては経費に響きそうですからね……。
「ああ。どこかに我の力に耐えられる武器はないものか」
お父様は本当に無念そうにそう呟かれました。
悩みというのは、色々あるのですね……。
問題は違えど、お父様も一ヶ月悩んだのです。
わたくしも、もう少し悩んでいても良いのかもしれません。
◆
「――あれでよかったのであろうか?」
エドガーが心配そうにコゼットが出ていった扉を見る。
「大変よろしかったかと」
「で、あればよい」
アントンに言われて機嫌が良くなったエドガーは、常時の2倍の速度で仕事に励んだ。
◆
屋敷を移動しつつ、わたくしが昨日助けた子供たちについて状態を聞きます。
女の子の方はとりあえず一命は取り留めました。問題がないわけではないですが、ひとまず安心です。
少年の方は健康状態に特に問題ありませんが、消耗が激しいようで寝ていると。
起きるまで今しばらくかかりますか。
歩きつつ、手持ち無沙汰でスライムをむにむに揉みます。
そういえばお前、昨日で色々変わりましたよね?
「ピェイ」
白い部屋で確認、忘れてましたね。
「ピェッペェプププ」
暴れないで下さい。あなたの存在を忘れていたわけではありません。
ブルブルしないでください。落としてしまいそうになるじゃないですか。
「ピェップ?」
ええ、はい。あなたは頼りになりますからね。
そもそも最近はスライム自身のことはスライムにまかせて、すてーたすも見ていませんでしたからね。
今日就寝したら、最初に確認しましょう。
◇
お父様に聞いたのですから、次はお母様です。
部屋に伺うと、茶会の準備がされていましたので、席について紅茶を飲みます。
なんとなく人心地ついてしまい、しばらく黙って過ごしてしまいます。
お母様も特に何かを話すことはなく、時間だけが過ぎます。
……。
流石にいけないと思い、お母様にお聞きします。
「魔物を殺すことについて、ですか」
「はい」
意外な質問だったのでしょう、めずらしくお母様の表情が崩れます。
お母様はしばらく考えを巡らせているようでした。
「特に、なんとも思いません」
「そうですか」
まあ、そうですよね。
お母様は特に貴族の淑女らしい方でありますし。魔物について、どうこう今更考えることもないでしょう。
「魔物は明確に敵で、そこに子がいようとも、わたくし達は相容れないのです。で、あれば許すわけにはいきません」
「そう、ですね」
「……話は終わりですか」
「……はい」
そこで会話が完全に途切れてしまいます。
お父様の時のようにアントンのような存在がいるわけでもなく。
わたくしに上手く会話を繋げるような話術があるはずもなく。
そもそも、お母様は普段から物静かな方です。
結局、そのあとは特に会話もなく、茶会は終わり、わたくしはお母様の部屋を辞したのでした。
もう少し話のしようもあったと思いますが、なんとなくお母様と飲む紅茶がおいしく感じ、言葉が出てきませんでした。
次はもう少し、お話できると良いのですが。
◆
「うう……失敗したかしら」
コゼットが出ていった扉を見ながら、母であるクラウディアは小さく呟いた。
珍しくコゼットが訪ねてきたと、嬉しくなり茶会の用意までしたのに。
持ち前の無口が遺憾なく発揮されてしまった。
聞きたいことは沢山あったはずである。最近はどうかとか、お仕事は上手くいっているかとか、スライムってどんな感触なのとか、もっと頻繁に会いに来ていいのよとか。本当にいろいろである。
コゼットの質問には答えたが、あれでよかったのか。いや良かったはずである。
魔物は敵であり、滅ぼさなければならない。
いや、しかしそれはコゼットにもわかるはず。ではなぜあんな質問を?
答えた後、特にコゼットも反応を見せなかった。
あれは正解だったのか、間違いであったのか。
わからない、わからない。
「何か言われましたか?」
ぐるぐると思考の渦に沈んでいると、控えていたメイドが聞いてきた。
「いいえ」
クラウディアはすまし顔で返事をして、紅茶に口をつけた。
そしてまたぐるぐると考えてしまうのである。
子が親を気にして色々考えてしまうように、親もまた子について色々考えてしまうようである。




